IKEAのサメは持っているだけで注目を集める
石月 和花
IKEAのサメは持っているだけで注目を集める
それは一目惚れだった。
TwitterのTLに流れてきたその姿を見て、私は一瞬で欲しくなっていた。
IKEAのサメのぬいぐるみ。
あのなんとも言えない愛くるしい顔を眺めて、ムギュッと思い切り抱きしめたかった。
そう、一眼見た時から私はあの子にぞっこんだったのだ。
しかし、どうやら私と同じようにこの子に魅了された人間が大勢いたようで、どうやらこの子は入手困難らしい。
なのでこの時は泣く泣くお迎えする事を諦めて、時期が来るのを待ったのだった。
そして季節は移って夏。
立川での用事が予定より早く終わった私は(そろそろサメ買えないかな?)と思いつき、予定外にIKEAまで足を伸ばす事にした。
この時点でもまだサメは供給が不安定で店頭にあったりなかったりだと知ってはいたが、それでももし、今日店頭にサメが並んでいたのならば、それはもう運命なのだから買って帰ろうと決めていたのだ。
そして、私は店頭で運命的な出会いをしたのだった。
カゴの中で、たくさんのサメが私を待っていてくれたのだ。
けれど連れて帰れるのは一匹なので、私は何匹かの顔を見比べた後、一匹をカゴから掬い上げたのだった。
君に決めた。
こうして、マイパートナーになるサメを見初めた私はそのままレジに直行して、お金の力でこの子を自宅に連れて帰る権利を手にしたのだった。
しかし、問題はここからだった。
私はここ立川まで電車で来ているのだ。
どうやってサメを持って帰るか、正直ノープランであった。
とりあえず私はIKEAに置いてあったビニールテープをサメの体に巻き付けて、緑色の手持ち部分を取り付けてみた。
これで片手に持ってサメを運べる筈だ。
うん、なんとかなりそうだ。
こうして私は取手を取り付けたサメを手提げの要領で持ちながら、立川駅に向かって歩き出したのだった。
すると、すれ違う人の視線を集めているのが良く分かった。
それもそうだろう。
何せ私はあのTwitterでバズったIKEAのサメを買ったのだから。
道ゆく人が
あの人IKEAのサメ買ってるー!
と、羨望の目で見てくるのも仕方ない。
だってサメ可愛いからね!!
こうして私は人々の注目を集めながら立川駅へと向かった。
IKEAから立川駅まで徒歩約20分。
問題もなく歩いて来れたので、この時の私はこのまま何事もなくサメを自宅に連れて帰れると油断していたと思う。
しかし、神は試練を与えるのだ。
自動改札という試練を。
サメを持ったまま、あの細い自動改札の通路を抜けれるか、問題だった。
少なくともIKEAからここまで運んできたような横持ちはダメだ。つっかえる。
私は迷った末に、体の前でサメを両手で抱きしめたのだった。
サメにバックハグだ。
こうして私は難所である自動改札も通り抜けて、無事に電車に乗ることができた。
バックハグの体勢を保ったまま、空いていた為座席に腰をかけていたが、やはり他の乗客はチラチラとこちらを気にしているようだった。
当然だよね、サメ可愛いからね!
この時の私はおそらく人生で一番知らない人からの注目を集めていただろう。
過去に、UNIQLOのMMMMMMのシールがガッツリ付いたままの服で一日過ごした事もあるけれども、その時だってこんなに注目はされなかったのだ。
やはり日本人は皆、サメが好きなんだろうと確信した。
そして、皆がチラチラ見るほどの羨望を集めているIKEAのサメが、私のものだと思うと、
自然と優越感が高まって、彼らにサメを見せびらかせながら、中央線に揺られたのだった。
その後も順調に電車を乗り継ぎ、地元駅にも到着し、帰りの自動改札も難なくクリアし、後は自宅に帰るだけだ。
徒歩7分の道のりを。
私は夜道をてくてくと歩いた。
サメを抱えながら。
最早最初に取り付けた緑の取っ手は意味をなしていなかったのだ。
抱き抱えて移動した方が早くて楽だと気付いたから。
そして、一時間半位かかってようやく私はIKEAのサメを自宅に迎え入れることが出来たのだった。
買った当初は本当にこの子を連れて帰れるか不安だったけれども、なんとかなるもんだ。
自室のベッドの上に横たわるサメを愛おしく撫でながら私はこの子を迎え入れられた喜びを噛み締めた。
そして強く思った。もう馬鹿なことはするまいと。
ずっと抱き抱えていたから、私の腕は無事死んだのだ。
アラサーOLは、筋肉痛と引き換えにIKEAのサメとの同棲を始めたのだった。
IKEAのサメは持っているだけで注目を集める 石月 和花 @FtC20220514
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます