人魚姫(4)
「わ、私を脅すつもりですか?」
素晴らしい幸福が破壊されることを恐れた人魚姫の声は、完全に震えてしまっていた。
「いえいえ脅すなんてとんでもない。脅迫は犯罪ですからね」
「いけしゃあしゃあと、よくもまぁ!」
「勘違いしないでいただきたい。私はただ、社長が知ったらさぞや悲しむだろうなと、単なる事実を告げたまでです」
「く……っ! なにが目的ですか?」
「日本という国は、お金がものを言う資本主義国家です。後は言わなくても分かるでしょう?」
「口止め料を払えと?」
「口止め料などととんでもない。ですが『善意の寄付』を自ら進んで行っていただけるのであれば、私の口もきっと黙ったままでいられることでしょうなぁ。なにせ私の口は『善意の寄付』というものが大好物ですから」
「な、なんて卑劣な……! それが人のやることですか。恥を、恥を知りなさい!」
人を人とも思わぬ鬼畜の所業に、心優しき人魚姫は憤慨した。
心優しい人魚姫には、この不逞の輩に自分と同じ赤い血が通っているとはとても思えなかった。
「別に構わないんですよ? 寄付されるかどうかは、あなたの自由意思ですから。私は決して強制は致しません。決してね」
「ぐっ……」
「ですが払わなければ社長との結婚も、その先に待っているであろう社長夫人としての幸せな未来も、何もかも全部、泡となって消えてしまうでしょうね」
「それは……」
「暴露系ユーチューバー、センテンススプリングな週刊誌、暴露系ツイッタラー。いやー、いい時代になりましたなぁ。世の中は他人の秘密に興味津々です」
秘密の暴露をちらつかせ、脅して金をむしり取る。
品性下劣な金の亡者の考えそうなことだった。
「や、やめて……お願い……」
「それが嫌なら、私に口止め料――じゃなかった、善意の寄付を500万円ほどするんだね! イーッヒッヒッヒ!」
「500万円!?」
「嫌ならいいんだよ、嫌ならね。なんなら1000万円に増やしてしてあげようかい?」
もはや人魚姫に断る選択肢はなかった。
人魚姫は泣く泣く、『善意の寄付』という名の口止め料を払うことにした。
平凡な大学生の人魚姫はまともな資産を持っていなかったので、お年玉を必死に貯めてきた大事な貯金を全額崩すとともに、青年社長からプレゼントされた大切なバッグや服を質に入れて、なんとかお金を工面した。
「ごめんなさい、2人の大切な思い出の詰まったプレゼントを、品性下劣な脅しの支払いのためのお金に換えてしまって……」
大切な思い出とともにプレゼントを手放す人魚姫は、心が引き裂かれる思いだった。
まるで魂がレイプされたようだった。
しかしそれは悪夢の終わりではなく、始まりに過ぎなかった。
悪徳整形外科医は、さらに何度も追加で口止め料を要求してきたのだ。
人魚姫は売れるものは全てお金に換え、バイトを掛け持ちしてなんとか口止め料を払い続けたものの、
「もうすぐ結婚式だって言うのに、もう売れるものがないわ」
結婚式を目前にしていることを知った悪徳整形外科医は、ここが儲けどころとばかりに容赦なく口止め料を要求し続け、人魚姫はついにお金を払えなくなってしまった。
「もうこれ以上はお支払することはできません。どうやってもお金を作れないのです」
八方塞がりとなり、なんとか支払い勘弁してもらうように懇願する人魚姫だったが、悪徳整形外科医は笑いながら言い放ったのだ。
「払えない? だったらパパ活でも秘書活でもキャバクラでもデリヘルでも箱ヘルでもホテヘルでもファッションヘルスでもソープでもイメクラでもピンサロでもSMクラブでもいいから、その綺麗な綺麗なお顔を使ってたんまり稼いできなよ! その顔なら上客なんていくらでも摑めるだろうがよぉ!」
「ひ、酷い……」
「酷い? 酷いのは整形してイケメン青年社長を騙そうとした、ブサイクなお前さんの方じゃあないのかい? 偉そうに他人の襟もとをただす前に、まずは自分の襟元を正すんだね! イーヒッヒッヒ!」
もはやにっちもさっちもいかなくなった人魚姫は、結婚式の直前に青年社長に真実を告げざるを得なかった。
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