人魚姫(3)


 整形を受けた人魚姫は、ついに名乗り出た。


「私があなたを介抱しました」


「名乗り出てくれてありがとう。早速だけど、君があの時の女の子であることを証明できるかい?」


 ミシュラン三ツ星レストランのスーパーVIP個室席の、2人だけのディナーの席で。

 青年社長に問いかけられた人魚姫は、笑顔で頷くと言った。


「ハンカチに染み込んだゲロの臭いは、もう取れましたか?」


 人魚姫は2人だけしか知らない話をした。

 刑事ドラマでいうところの『犯人しか知りえない秘密』の暴露である。


 青年社長は驚きのあまり目を大きく見開くと、その直後、幼い子供のように喜びで顔をほころばせた。


「俺がゲロを吐いていた恥ずかしい事実を知っているのは、あの時介抱してくれた女性だけだ! 間違いない。君はあの時、俺を助けてくれた心優しき女性に他ならない!」


 青年社長はその場で人魚姫に交際を申し出、人魚姫もそれをオーケーした。

 こうして人魚姫と青年社長は、幸せなお付き合いを始めた。



 とある週末。

 青年社長は広大なプライベートビーチに人魚姫を連れてくると、キャンドルやランプを灯して、星空の下でのディナーを用意した。

 人魚姫は、その美しい光景に感動を隠せなかった。


「信じられません、こんなに美しい場所が東京近郊にあったなんて」

「君を驚かせたくてね。この辺り一帯を買い上げて整備したんだ」


「私のために?」

「もちろんさ。今日はここで一緒に美味しい食事を楽しみながら、眠くなるまで語り明かそうじゃないか」


 青年社長と人魚姫は満天の星空の下で、特別に呼び寄せたミシュラン三ツ星シェフの作った美味しい料理を心行くまで堪能した。


「こうして夜空に瞬く数多あまたの星々を見上げていると、日々の喧騒を忘れられるんだ」


「その気持ち、よく分かります。童心に帰るっていうんでしょうか。そうだ、私の実家は長野の田舎なんですけど、こんな風に素敵な星空が見えるんです。良かったら今度遊びに来ませんか?」


「そうだね。そろそろ人魚姫のご両親にもご挨拶をしたいし、近々一緒に行ってくれるかい?」

「もちろん喜んで」


「君と出会えたことで、俺は本当に毎日が幸せだ。これからもずっと、俺と一緒にいて欲しい。俺はもう人魚姫なしでは生きてはいられないんだ」


「私もずっとあなたと一緒にいたいです」


 青年社長は人魚姫の手を取ると、花を愛でるかのごとく優しく手の甲に口づけをする。


 2人の愛の語らいを邪魔をする者はいない。

 満天の星空だけがそっと2人を見守っていた。

 2人は星空の下で、心行くまで幸せな時間を過ごしたのだった。



 そんな、永遠に続くかと思われた幸せなラブラブカップル生活は、しかし長くは続かなかった。

 人魚姫の前に、例の美容整形外科医が現れたのだ。


「いやー、人魚姫ちゃんは本日も本当にお美しいですなぁ。ですが、あなたが本当は整形美人だということを知れば、社長は悲しむでしょうなぁ。なにせあなたの美しさは全て、作り物の美しさに過ぎないのですから」


 ニタニタと嫌らしく下卑た笑いを浮かべながら、美容整形外科医は整形前の人魚姫の写真をこれ見よがしに見せつける。

 美容整形外科医はこうやって後から脅すために、こっそり写真を保管していたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る