おかえりと言えた日

田山 凪

第1話

 ひどく冷たい雨が降る日。

 私は学校から家に帰ると、鍵を閉めて一人部屋に向かった。

 感情を逆なでするほど濡れた靴下は玄関で脱ぎ、洗濯機の横にあるかごへと入れて、ミニタオルを一枚とって頭を拭きながら部屋へ戻り、電気を付けずに椅子に座った。


 心の奥底に冷たい深淵にも似た穴が空いているような感覚。

 暖房を付ければ少しマシになるだろうか。

 いや、そんなものではないことはわかっている。

 

 昨日も、その前の日も、さらにその前の日も、私は一人で過ごしていた。

 大した理由じゃない。父親は出張で、母親は欠員がでた仕事の穴埋めで泊まり込みで働いている。兄は合宿で免許を取りにっている。

 ただ、それだけのこと。


 料理も作れる。いつも通りに過ごしている。

 むしろ、誰にも干渉されないで一人で過ごせるのは、中学生の私にとって自由時間として魅力的だった。

 なのに。


「はぁ……」


 何度目のため息だろうか。

 風が吹いて雨が窓を打つ。

 部屋には雨音と時計が時を刻む音だけが支配していた。

 まだ、少し濡れた制服のまま、私はベッドに身を預けた。


 落ちるように体をベッドに預けたから、枕元においてあった大きな熊のぬいぐるみが私のほうへと倒れてきた。

 ぎゅっと顔に触れたぬいぐるみをなぜかどかすことができない。

 重くない。でも、何かほしかったものがある。

 

 このぬいぐるみは、幼いころお父さん、お母さん、お兄ちゃんが三人で考えてプレゼントしてくれたぬいぐるみ。


 私は気づいた。

 孤独とは、自由とかけ離れている。

 自由とは、孤独でないことだと。

 私は生まれて初めて孤独に震えていた。


 いつのまにか寝ていた。


 何か物音が聞こえる。

 ねぼけたままの私は、孤独感を紛らわすためにぬいぐるみを抱いたまま一階へと降りた。

 リビングに明かりがついている。

 自然と、私の足はステップするような気分で前へ進む。

 扉を開けるとそこには。


「ただいま」


 私は言った。


「おかえり!」


 

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