ぬいぐるみを増やそう。
hibari19
第1話
「美羽ちゃん、おつかれ」
相変わらず気怠そうな、その声を聞いて私は振り返った。
「雛子先輩、来てくれたんですね! 嬉しっ」
「朝、サボっちゃったからね」
低血圧だという先輩は、朝が弱いらしくいつも時間ギリギリで登校しているらしい、という情報は委員会内でも有名だ。
私と先輩を繋いでいるこの委員会は、名前を「緑化委員会」と言い、花壇の水やりが主な仕事で、授業前と授業後に行うと決められている。
当番制となっていて、今日は私の大好きな雛子先輩とペアなので心待ちにしていたのだ。
「そんなの全然いいですよ、暑いですから、先輩は日陰で休んでてください」
「一応、私も当番だからさぁ」
「いいですいいです、先輩の分もやっちゃいますから」
「いいの? じゃ、帰ってもいい?」
「それはダメです」
「なんで?」
先輩の顔を見れば、ニヤニヤしてるから、これは私に言わせたいんだと分かる。
「先輩と一緒に帰りたいからですよ」
「ふぅん、どうしよっかな」
「待っててください、先輩」
「わかったから、早くやっちゃって」
「はい!」
元気よく返事をすれば、クスクスと笑ってくれたから、今日は機嫌が良さそうだ。少しでもデレてくれるかなって期待しちゃう。
雛子先輩は猫系ツンデレだ。
私の好意は知ってるクセに、意地悪なことを言ったりもする。
それでもたまに、ちょっかいを出してくるし、私が好き好きアピールすると満更でもなさそうなのだ。
ひと月ほど前に、私の思いが溢れて「好きです」と告白してしまったのだが、「美羽ちゃんの気持ちには応えられない」とハッキリ言われてしまった。
それでも、こうして先輩後輩として親しくしてくれるし、私は今でも大好きだし、おかげで学校生活が充実していると思うのだ。
「夏休みも当番あるなんてダルくない?」
ちゃんと待っていてくれたので、一緒の帰り道。並んで歩くけるだけで今日は優勝だ。
「私は夏って好き、おっきなヒマワリ見ると頑張ろーって思うし」
「相変わらず元気だねぇ」
「あ、サボらないでくださいよ、なんなら迎えに行きますからね」
「えっ、真面目か」
「夏休みなのに先輩に会えるの楽しみにしてるんだから」
「遊びで会う方が嬉しくない?」
「そりゃもちろん--って、えっ?」
この話の流れは、まさか。
「みんなで動物園行こうって話があるんだけど、行く?」
「行く行く、行きます」
即答はしたものの、みんなってどういうメンバーなんだろ。
「わかった、言っとく。あと、連絡するからID教えて」
夢じゃないかと思った。
家へ帰ってから、メッセージアプリに先輩からのスタンプを見つけた時には胸が締め付けられて、死ぬかと思った。
どうやら動物園行きのメンバーは、先輩の親しくしているグループみたいで。委員会のメンバーも入ってるから、知っている人も何人かいるけど、いいのかなぁ私なんかが行っても。
そんな心配は杞憂だった。委員会の先輩たちも気にかけてくれたし、はじめましての人たちも気さくな人ばかりで楽しかった。それに何より、雛子先輩が誘ってくれた責任感からか一緒に回ってくれて、嬉し過ぎてもう瀕死状態だよ。
紹介する時には「うちの子、可愛いでしょ」って言ってくれたり「この子は私のだからチョッカイ出さないで」なんて、冗談だって分かってても、刺さり過ぎてもう、今日の雛子先輩は私を殺しにきてる、絶対。
外は暑いので、時々エアコンの効いた休憩室で涼みながら、それぞれ好きなところを回っていた。
サル山ではボス猿当てをしてみたり、キリンは案外臭いがキツイことを知ったり、百獣の王が暑さでバテていたり。
私が一番楽しみにしていたのは、ペンギンで、長い時間眺めていた。
「可愛いよね」
雛子先輩も、ずっと隣にいてくれた。
「暑そうですね」
ヨチヨチ歩いていたと思ったら、すぐに泳ぐために飛び込んでいく。
「ちょっと狭いよね、ここ」
「確かに」
動物園の一角だから、ペンギンの数も少ないし、それほど大きな水槽ではないのだ。
「もっと大きな水槽で、スイスイ泳ぐ姿見たくない?」
「見たいです」
「今度、水族館行こうか」
「いいですねぇ」
また遊びに行く予定を提案してくれるなんて思っていなかった。
よっぽど仲の良いグループなんだなぁ、私もそこに入れてくれて、ほんとにありがとうございます。
「二人で」
「えっ、えぇぇ」
「嫌なの?」
言葉が出なくて、首をブンブン振った、振り切った。もちろん横に。
「い、い、いいんですか?」
「あ、やっぱやめようかな」
「えぇぇ」
どっち? 心臓がおかしくなりそうです、先輩!
「なら、こうしよう」
「はい?」
「新学期早々のテストで、何か1つでも10位以内に入ったら、二人で行こう」
「10位……」
「得意な教科に絞って頑張ればいけそうじゃない?」
「いや、先輩は余裕でしょうけども……」
「今までの最高は?」
「30前後」
「あらま……いや大丈夫でしょ、いけるいける」
「わっかりました、先輩への愛を証明してみせます」
言ってしまった。
夏休みはあと10日、私はテスト勉強に明け暮れた。
「美羽ちゃん、おつかれ」
いつもよりハリのある、その声を聞いて私は振り返った。
「雛子先輩……」
「あれ、なんか元気ない?」
「別に、そんなことないです」
私は水やりを続けた。
「待ってるから、一緒に帰ろ」
そんなことを言われたのは初めてだから嬉しいはずなのに、今日のテンションは低いままだ。
何故なら、テスト結果が出たからだった。
「テスト返ってきたよね、どうだった?」
二人で並んで歩きながら、嬉しそうにそれを聞くんだ、今日の私を見てわかってるクセに。雛子先輩はSっ気たっぷりだ。
「ダメでした」
「見せて」
ちょうど公園に差し掛かっていたので、ベンチに座って成績表を先輩に渡す。
「どれどれ……えっ」
「12位でした。悔しっ」
「美羽ちゃん、頑張ったね。ヨシヨシ」
俯いてた私の頭を撫でてくれたのは残念賞ってところなのかな。
先輩と水族館行きたかったぁ。
「いつ行く?」
「え?」
聞き間違え、じゃない?
「美羽ちゃん、学年12位なんて凄いじゃん。あ、私が言ったのはクラス順位だからね」
私は半べそ状態から驚いて、さらに喜びに変わる。先輩は、そんな私をずっと笑って見ていた。
「どっちにしても、めちゃくちゃ頑張ったんじゃん、やればできる子だね」
「先輩への愛の力です」
「ああ、それは重たいかも」
「あ、はい」
最後にツンがきたけど、水族館は約束してくれたから、今日はなんて良い日なんだぁ。
私は一週間、着ていく服を悩みに悩み当日を迎えた。待ち合わせの駅へは15分前に着いた。少ししたら先輩の姿が見えた。可愛い。
「あれ、ごめん、お待たせ」
「いえ、全然待ってないです」
あ、なんか恋人同士の会話みたいだ。
「なに赤くなってるの?」
「あ、いや、雛子先輩が可愛いなって」
「ありがと、美羽ちゃんもだよ。さ、行くよ」
入口から順路に沿ってゆっくりと進む。水槽の中で泳ぐ魚たち、それを眺める雛子先輩の横顔。はぁ、幸せだ。
今回の一番の目的のペンギンは、やはり人気者で多くの人が立ち止まり眺めていた。
「先輩、ペンギンです」
立ち止まって食い入るように見つめた。
「こっち、空いてるよ」
見やすくて空いているスペースに先輩が誘導してくれた。
その際に自然に繋がれた手を離さずに、二人並んでペンギンを見る。
無理に会話はせずとも、共感できるような感覚。
ペンギンの可愛い仕草や、優雅に泳ぐ姿に癒される。
ふと視線を感じて横を向くと先輩が微笑んでいて、つい私の頬も緩む。
あぁ、やっぱり好きだなぁ。報われなくても、諦めきれないこの気持ち。
イルカのショーもクラゲの水槽もその他のお魚たちも。
今日この日に出会った全てのものが愛おしくて、記憶に刻み付ける。
「先輩、お土産買いましょ」
そろそろ帰る時間が迫っている。少しでも長く一緒にいたくてお願いをする。
これ可愛い、あれもいいね、どれにしよう。なかなか決められない。ふふ、してやったりだ。
それでも、いつまでも居られるわけじゃない。閉館時間という現実。
「先輩、コレ」
「うん、気になるよね」
大きなペンギンのぬいぐるみ。
「私が買います、それで先輩にプレゼントします」
「え、いいよ。高いよ?」
「いえ、大丈夫です。あ、こういうのも重いですか?」
自己満足でのプレゼントは迷惑だろうか。
「わかった、私も半分出す。それでいいでしょ」
「はい」
二人の想い出の品か、先輩も今日の事を忘れないでいてくれたらいいなぁ。
「先輩、これ結構かさばりますね」
お店に並んでいた時にはそうでもなかったのだけど、実際に持って帰ろうとすると、この大きさはなかなかのものだった。
最初は私が先輩の荷物を持って、先輩がぬいぐるみを抱えて歩いた。途中で交代し今は私が抱えている。重くもないし抱き心地はいいんだけど、大きさは半端ない。
「二人で持とうか」
人通りも少なくなったので、両サイドをそれぞれが持つという作戦にしたのだが。
「これってーー」
まるで、ペンギンのぬいぐるみが二人の子供のように見えてきた。やばっ。
「名前、付けようか」
「へっ?」
私の考えている事を読まれたのかと思った。
「この子の名前、何がいいかなぁ」
「先輩の名前にちなんで、えっと--」
「だったら、美羽ちゃんの名前も入れようよ。一文字ずつ?」
「雛……羽? ん~あっ、桃羽とか、どうですか」
「桃?」
「雛は、雛祭りでしょ、桃の節句だから桃!」
「ん、いいね。さすが美羽ちゃん」
やったー! 雛子先輩に褒められた。
「桃羽ちゃん、よろしくね」
ギュっとぬいぐるみを抱きしめたら。
「えぇ、ズルい。私も」
先輩は、ぬいぐるみを抱きしめる私ごと抱きしめるという、先輩の方が狡すぎますって。
「先輩、私、勘違いしちゃうから、こういうのやめてください」
泣きたくないのに、涙が零れる。
「ごめん、楽しくてつい、調子に乗っちゃった」
「やっぱり私は、先輩が好きです」
「あ、うん」
「わかってます、先輩が私の事をなんとも思ってないのは。しつこくて御免なさい」
「ごめん、私ね。誰も好きになったことなくて、そういうのがよくわからなくて。でも美羽ちゃんと一緒にいるのは楽しいよ、それは本当。ただ、美羽ちゃんと同じ好きではないと思うんだ、だから……」
「だったら、まだ希望はあるんですよね。これから、いつか、私を好きになってくれる可能性だって、ゼロではないんですよね。私が頑張って好きにさせてみせますよ、ご褒美があれば私むちゃくちゃ頑張れます、だからーーチャンスをください」
「美羽ちゃん、私はどうすればいいの?」
「先輩はそのままでいいです、また、どこかへ出かけましょう。それで、また思い出や、ぬいぐるみが増えていったらいいなぁ」
「ん、それなら、いいよ」
私と猫系ツンデレ先輩との
【了】
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