<25・にげる。>
森を抜けた時、ベティは自分達の企みが成功したと確信していた。あれほど過激に外敵を排除するはずのカズマの木々が、走るベティたちを一切攻撃して来なかったためである。
ほんの少し妙だと思ったのは、町に出たところでトラックに待機している兵士達に連絡を入れようとした時だった。通信機にノイズが酷く、使い物にならないことに気づいたのである。
――最悪。天気のせいかしら。
今日は午後から雨が降るという予報が出ている。昨日の夕方から捨てられの森周辺には雲がかかっていたし、雷雲が発生していたら電波障害が起きることもままある話だ。残念ながらと言うべきか、武装には金をかけていたものの通信機器に関しては安い横流し品を使っているエンドラゴン盗賊団である。それこそ、ここにきて故障するなんてこともあり得ない話ではなかった。
――まったく、使えないわね!
腹立たしいが、だからといってそれが何者かの妨害工作だとは微塵も思わなかった。このタイミングで通信機器が使えなくなるなんて運が悪すぎる、と思ったがそれだけである。
相変わらず、町の住人達は慌てふためいていてエンドラゴン盗賊団が侵入したことにも気づいていない。このまま邪魔な町の人間どもを適当に薙ぎ払い、聖域へ侵入して大樹を持ち去る。もしも歯向かってくるのなら、全員皆殺しにしても構わないと思っていた。
――煙がものすごい充満しているわね。それにやけに粉っぽい。粉塵爆発でも起こしたのかしら。
屋外とはいえ、あまり煙を吸うと一酸化炭素中毒になる可能性がある。視界が煙でやや悪い中、町の中心部に少し歩を進めたところで、住人の一人がようやく自分達に気がついた。
「な、なんだ!?誰だあんたらは!?し、侵入者!?」
「動くな!」
直ぐ様ドクがレーザーガンを向けた。騒ぐ奴は片っ端から殺して騒ぎを大きくしてやろうとの魂胆だろう。しかし、男は想像以上に臆病だったらしく、自分達の姿を見るとすぐにビルの路地に逃げ込んでしまった。ザシュン!と甲高い音とともにレーザーが着弾したものの、焦げたのは地面のみである。
「ちっ、逃げ足が早いやつめ」
「チキンなのよ、貴方とは大違い」
流れるように恋人を褒めながら、ベティは笑みを浮かべた。
「思った以上に火が回っているみたい。暑いし粉っぽいし空気が悪いわ。邪魔者はさっさと片付けて仕事を終わらせましょ」
「ああ、そうだな」
さっきの男は逃げながら、侵入者だ、侵入者だと騒いでいるらしい。声だけはやや遠くから聞こえてくる。
お望み通りパニックを大きくしてくれているようだし、そちらに進んでみるのもいいだろう。男が逃げた路地の奥のほうが、やや煙もマシなように見えるからだ。
――しかし、スライムのやつはどこ行ったのかしら。私達が侵入してきたら、囮として断続的に爆発して住人共を引き付けるようにと言ってあったのだけど。
***
予想した通りのルートで、エンドラゴン盗賊団が町に侵入してきたようだ。ここまでは恐ろしいほどジムが立てた計画通りに言っている。
――無論、聖域に踏み込ませるつもりはないし、御神木に指一本触れさせるつもりもない。
まったく、正直な奴等だ。リーアは思わず苦笑いしてしまった。ビルの三階から双眼鏡で見つめる先、侵入者に気付いた男を追いかけてエンドラゴン盗賊団がビルの隙間の路地を歩いている。無論全員、それぞれの手にレーザーガン。腰にはレーザーブレードに、手榴弾も下げているようだ。レーザーガンは、ハンドガンタイプではなくライフルのような遠距離射撃ができるタイプだが、射程が長くて威力がある反面速射性機動性には欠ける――まさに、自分たちの事前調査の通りである。
ならば、予定通りの動きで良さそうだ。
リーアはすぐに無線で作戦部隊に指示を出す。
「パターンAのまま変更なし!もうすぐエンドラゴン盗賊団の連中が、マルエビルの路地から出てくる。……よし、今だいけっ!」
あの路地に連中が飛び込むのも計算済み。
彼らも、臆病な男が囮役だなんてまったく思ってもみなかったのだろう。
エンドラゴン盗賊団のメンバーが路地を出るのと、リーアが合図するのは同時だった。マルエツビルの脇には、ハリボテの倉庫を併設させている。たっぷりカシリエ小麦の袋を詰め込んだ倉庫だ。しかも壁には大量に可燃性の油を染み込ませている。そこに爆弾を投げ込んだら、果たしてどうなるか?
「うわああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
「きゃあああああああああああああああああああああああっ!?」
複数人の男女の悲鳴が上がった。突然右脇の倉庫が大爆発を起こしたのだから当然だろう。先頭を歩いていた兵士達は火だるまになり、そうでない者達も大量の粉と熱い爆風を浴びてふっ飛ばされることになる。
彼らの強力な防具ならば、火だるまになった人間も死んではいないだろう。ただし。
「も、戻るわよ!引き返してっ!!」
女の悲鳴のような指示が上がった。通りが一瞬にして火の海になり、住人らしい人間たちが火達磨になって悶え苦しんでいるのを見たらそりゃ反射的に対応もしたくなるはずだ。
まあ、丸焦げになって燃えてる死体は人形だし、燃えて苦しんでいる人達は全身に防火服と耐火ジェルを塗り込んだスタントマンたちなのだが。
「第一段階成功!エンドラゴン盗賊団の数名に手傷を負わせたかんじかな。ボスっぽい男女は怪我してないけど」
リーアは見たままを無線で仲間に伝える。
「というわけで、作戦はフェーズ2に以降。奴等を見失わないように気をつけてね」
***
「こちらの被害状況は?」
路地へと引き返したところですぐ尋ねてくるあたり、ドクは優秀である。もろに右手側から強烈な爆発、爆風、熱風を浴びたわけである。前を歩いてい四人の仲間が一瞬にして炎に飲み込まれ、それ以外の多くのメンバーが爆風に飛ばされた。幸い飛ばされた距離は大したものではなくさほどダメージはなかったので戻ってこれたが――いかんせん、みんな全身に真っ白な粉がついている状態だ。
どうやら、小麦粉か何かを保管する倉庫であったらしい。スライムが爆発させたのか、別の火事の誘爆でああなったのかは定かではない。何にせよ、最悪の気分になったのは間違いなかった。ベティは舌打ちする。
――本当にサイテーだわ!髪も頬も防具も銃も、変な小麦粉まみれじゃない。口の中にまで入ってきて粉っぽいったら!
もしあれがスライムがやったことなら、腹立たしいとしか言いようがない。自分達のための囮として送り込んだはずなのに、自分達の進路を塞ぐような爆発をしてどうするというのか。
「す、すみませんボス……」
炎に呑まれた兵士の一人が申し訳無さそうに言う。
「火傷も痛いんですがそれ以上に、熱であちこちやられてまして。レーザーガンの本体が溶けてるみたいなんですが、使っても大丈夫でしょうか」
「レーザーブレードは?」
「そ、そっちも似たような状態です。すみません、防具も癒着しちゃって……せ、せっかくボスたちが買い与えてくれたのに」
「まったくね。あれくらいの爆発も避けられないなんて、本当に訓練不足の役立たずだわ」
「うっ……」
兵士は悲しそうに黙り込んでしまう。まあ、髪の毛もほとんど燃えて、顔にも火傷をして――という状態でもまだ、怪我より装備の心配をして自分に正直に申告して謝ってくるだけマシだろう。自分は悪くない、と言い訳ばかりする奴も世の中にはいるから尚更に。
防具がしっかり仕事をしてくれたようで、思ったほど大きな怪我はしていないのは事実であるようだ。ただ、露出していた髪の毛や顔、首などを火傷することが止められなかったということなのだろう。肌を守る耐火ジェルの類は、ベティ自身も使用していなかったし用意していなかった。街の内部の火災がここまで酷いことになっているとは思ってなかったというのもある。
――これは流石に慢心したかしらね。でも耐火ジェルの類、市販品だと結構高いのよね……。
この時点では。ベティもまだ、お金の計算を考える余裕があった。さっきの火事に関してもたまたま爆発に巻き込まれただけだと思っていたからである。とにかく、さっさと作戦を終わらせてシャワーを浴びたい。本気でそればかりを考えていた。
だが。
「ベティ!」
突然、ドクが鋭い声を上げた。ベティやドクをはじめとしたメンバーの半分ほどが路地を抜けたところで、後ろから悲鳴が聞こえてきたからである。なんだなんだと振り返れば、ざああああああ!と細かい豆粒のようなものが落ちてくるような音。
そう、豆粒だと思ったのだ、最初は。しかしその実態は――。
「ひっ!?」
部隊の半数ほどが、大量の黒い豆粒にまとわりつかれてもがいていた。その黒い点は明らかに蠢いている。豆ではなく、虫。それがビルの上から降り注いできたのである。
どの黒い点にも二本の触覚があり、よく見ると羽根も生えている。コグロゴキブリの集団だと気付いて倒れそうになった。確かに捨てられの森には生存していると聞いたことがあるが。
――た、たしかこのゴキブリは、肉食……!
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!?」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
兵士たちの凄まじい絶叫が響き渡った。口から、目から、鼻から、耳から。小さな小さなゴキブリたちに侵入された者達が、内側から肉を食われて悶え苦しんでいる様子が見えた。ほとんど黒い津波のようなものに飲み込まれ、手足が無意味にバタつくのを黙ってみている他ない。
しかもゴキブリ達の消化は速い。ベティたちの方にも、わらわらと押し寄せてくるではないか。
「に、逃げるわよ!!」
ベティに指示できたのはそれだけだった。明らかに、自分たちめがけてゴキブリが落とされた。誰かが建物の上から落としてきたのだ。――さすがにもう、これは偶然であるはずがない。
生理的嫌悪感と恐怖から逃げ出しながら、ベティはようやく思い至ったのである。
ひょっとしたら自分達は、罠にハマったのかもしれない、と。
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