<24・うばう。>

 ざわざわとカズマの大樹が葉を揺らしている。明らかに森そのものが動揺している様子だった。一足先に降りた偵察兵の一人が、森の中へと侵入し自分達に攻撃が飛んでこないことを確認して戻ってくる。


「姐さん、ボス!本当に森は安全みたいです。木の蔓が飛んでくることも、毒液を浴びせられることもないみてぇです!」

「作戦がうまくいっているみたいだな」

「ええ、本当に良かったわ」


 ベティは流れるように、運転席のドクの頬のキスを落とした。


「……前祝をするには気が早すぎるだろう、ベティ」

「あら、ごめんなさい」


 ほんの少し頬を赤くした愛しい人に、ベティは笑って答える。


「だって、これで私達の長年の夢が一つ叶うと思ったら、本当に嬉しくて。……さあ行きましょう、ドク。ちゃんと眼は醒ましてきた?朝早いからって、おねむの頭のままじゃ作戦を決行できなくてよ」


 からかうように言うと、ドクは“それはこっちの台詞だ”と少しむすっとしたように言う。なんともわかりやすい人だ。子供の頃からちっとも変わっていない――それがまた、愛おしい。

 さあ、自分たちの夢を掴みとりに行こう。

 あの平和ボケした連中の神を奪いに行くのだ。


「突撃するわ。サッカ、ジェーン、トラックの見張りはよろしく」

「イエッサー!」

「イエッサー!ボス、姐さん、お気をつけて!」

「ええ」


 二人でトラックから飛び降り、他の兵たちと共に森へ駆けこんだ。

 さあ、略奪のはじまりだ。




 ***




「自分達は侵略する側だと思ってる人間って」


 ジャミルがその場に、ジャミング装置を埋め込みながら言った。


「マジで、自分達が逆に攻められるって発想が抜けてるんだよなあ。しかも、あいつらは森に突撃することばっかり気にしてやがる。……森の入口で待ってる俺らに、まったく気づかないで通り過ぎていきやがった」

「本当にな。そのおかげで、こっちの作戦はスムーズに進んでるわけだが」


 ジムは彼の言葉にほくそ笑んだ。

 彼等のトラックが停車しているほど近い場所に、彼等の通信機器を妨害する装置を埋める。勿論埋めるだけじゃなく、彼等の無線の周波数をきちんと把握してジャミングをかけることが重要だ。現場でそんなことができるのは、かつて軍で通信士として活躍していた経験もあるジャミルただ一人だけだった。

 しかもそれを、トラックが停車してから連中が立ち去るまでの短い時間でこなさなければいけない。いくらジャミルが元英雄でも難しかろう、とジムは思っていたのだが。


『俺様をナメんじゃねえ。……いろいろ思うところはあるがな、俺だってこの町に拾われなかったらおっ死んでた身だ。恩を感じてないわけじゃない。ちょっとくれえ、いいところ見せてやるよ』


 自信たっぷりの宣言通り、見事にやってのけた。あとはこの設定を、町の他の装置にも送信して共有し、破壊されないように土に埋めてしまうだけだ。

 ジャミングの設定は彼等が使っている無線機、それから携帯電話の周波数に合せてある。これで、彼等は仲間同士での通信が困難になった。まあ、暫くは通信妨害されていることにも気づかないだろうが。


「トラックで待機しているのは二人だな」


 木陰からひょっこりと覗き込んで、トラックの様子を伺う。


「少ないな見張り。……俺達が、スライムを取り戻しに来るとか、そんなこともまったく考えてないってか?」

「あの二人がものすごい精鋭で信頼されている可能性もなくはないだろうけど……本当に重要視しているなら、幹部の誰かは残すだろうしな。俺が見たところ、あの二人はどっちも下っ端だと思うぜ」

「わかるのかジャミル」

「おう。伊達に中間管理職やってたわけじゃねえんだ」


 こいつも苦労してたんだな、と。その言葉に滲んだ残念な響きに、ジムは苦笑いをする他ない。そういえば誰かが言っていたような気がする。一番優秀な人材が生まれるのはえてして、下っ端でもなければ最上位の上司ではなく、中間管理職に位置する人間だと。


「まあ、作戦通りでいいだろ。ジム、指示を」

「おう」


 ここで自分を立てて指示を仰いでくるのだから、なんだかんだとジャミルにもある程度信用されているということらしい。ジムは頷くと、自分達の携帯電話を取り出した。

 ひそひそ声で喋る分には、この距離ならばそうそうバレないだろう。木のざわめきと風の音が煩いというのもあるが。

 しかし、携帯の着信音なんか鳴らしたら一発でバレる。そんなわけで。基本的にはバイブに設定させ、どれくらいの長さで切るかによって合図を送ることになっていた。

 そう、この場で待機しているのはジムたちだけではなく。


――よし。


 トラックは、いい位置に停まってくれた。クオンタウンから最短距離。トラックの背後には、川。


――今だ!


 瞬間、ざばあああん!と川の水が一気に溢れてきた。ぎょっとしたように、見張りをしていた兵士二人が振り返る。

 そして、自分達を包み込まんとする巨大な津波を見てあっけに取られた。


「な、な、なんじゃありゃああああ!?」


 水属性のモンスター、ウォーターグール。見た目はスライムに非常に近いが、スライムよりもずっと液体に近い身体をしているのが特徴だ。川の水や海の水に混じって広い範囲を旅するモンスターで、何も知らずに自分の体内に落ちてきた獲物を捕食することで栄養を得ているのである。

 彼(性別なんてないが、とりあえずそう称しておく)もまた、一族を追放されて捨てられの森の仲間になったメンバーの一人だ。大食いすぎて仲間の食糧まで食べてしまう、のが最大の原因だったらしい。カズマの大樹ほどではないが、生き物から金属類まで何でも食べるのが特徴だ。

 そう、トラックも武器も人間も、食べようとすればいくらでも食べられてしまうのである。


「く、くそっ……!ウォーターグールかこいつ!」


 水にタイヤを取られて横転するトラック。その下敷きにならずに回避しただけ、二人の兵士は優秀なのだろう。男が一人に女が一人。二人は手に持っていたレーザーガンを腰に差しなおすと、電気手榴弾をポーチから取り出そうとした。

 ウォーターグールは、通常の切る・撃つなどの攻撃がほとんど効かないモンスター。対処するには雷属性の武器か魔法が必要になってくる。やや動揺したものの、すぐにモンスターの正体を理解して武器を持ちかえたのは流石だと言うべきか。

 しかし、実はこれもまたジムたちの計算のうちなのである。

 ウォーターグールに川で待機していてもらったのは、背後からの強襲を成功させること。そして、流れるようにトラックを横転させて水没させてもおかしくない状況を作ること。

 さらに、兵士たちに武器を持ちかえさせること。――彼等の持っているレーザーガンはハンドガンタイプではなく、ライフルタイプの射程が長い系統である。これは、リーアが調べてくれたことだった。とすれば、レーザーガンを構えた状態で別の武器を取りだして投擲することは難しい。つまり、持ち帰る時に大きな隙ができるのである。

 よって、二度目の奇襲が成功するタイミングがここだ。


「おりゃ!」

「ひぐっ!?」


 ジムとジャミルの二人で、兵士たちを一人ずつ強襲。首に一撃加えると同時に、ジムが調合した特注の毒を撃ちこんでやった。毒といっても即死するタイプではなく、一定時間眠らせて、ついでに体も麻痺させるというものである。あっけなく昏倒した男女は、どちらも緩んだ下半身から失禁しながら倒れた。

 通信機で、先に森に突撃した部隊に助けを求める余裕はなかったはずである。それでも念には念を入れる必要があるだろう。横転したトラックの荷台をバールでこじ開けにかかった。先ほどの津波で、トラックの中にも水ががっつり侵入しているのはわかりきっている。むしろ、中に積み込まれているであろうコンピューターを駄目にする目的もあるのだ。ウォーターグールの吐いた水は、正確には綺麗な真水ではないからである。

 ちなみにジムが入口をこじ開けている間、ジャミルはしっかりトラックのタイヤをパンクさせていた。やはり元英雄は伊達ではない、素晴らしい手際の良さである。


――チェルクの仲間は、同じミズイロスライムだ。つまり、水や氷の攻撃にはめっぽう強いし、それこそ水に沈められても呼吸ができる。さっきの水没でダメージを負っていることはないはずだ。


 がこん!と大きな音を立てて、トラックの荷台の扉が開いた。ジムは檻の中で、驚いたように黒い目をまんまるに見開いているスライム達の姿を確認することになる。


「よう、かわいいスライムさんたち」


 ジムは笑って、彼等の檻を壊しにかかった。


「お前の仲間に頼まれて、助けに来たぜ」

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