第139話



 ◆



 一つと二つ、合計三つの影が陽の光の下で奔る。


 追い掛けるのは一人。騎士団員、アステラという名の男だった。

 追掛けられているのは二人。全員を黒い外套で覆った、正体の知れない存在だった。


「待ちなさい!」


 アステラの制止の言葉を聞くことなく、二人の人間は軽快な動きで路地裏を駆けて行く。


 アステラは中々距離が縮まらないことにやきもきする。


 彼らの姿を見かけたのは、つい先刻。

 話にあった黒ずくめの存在が二人、路地裏で話し合っていたのだ。


 今巷で悪評を轟かせている、”黒の曲芸団”。彼らの出立ちは先日騎士団員に通達のあった報告の通りだった。


 黒い外套で全身を纏い、頭もフードを被って覆い隠されている。駆けている際にフードの隙間から横顔が見えるが、仮面を被っているようで詳細はうかがい知れなかった。

 匿名を重視した格好。悪事をしているのだから当然か。


 話の内容はうかがい知れなかったが、建物を探しているようで地図を手にしていた。火を点ける場所でも探しているのだと過去の罪状から予測して、声をかけた。

 二人の内片方はアステラのことを見かけことがあるらしく、顔を見るなり即座に踵を返した。


 そして始まる追いかけっこ。


 少しの後悔。 

 騎士団員の服装のまま声をかけたのは失敗だったか。いや、相手はこちらの服というより顔で判断していたようだし、今更か。

 状況を整理して、必要なことを明確にする。


 ――絶対に捕まえる。


 人類にあだなす魔物たち。それらを刈り取ろうとリンクたちが尽力しているというのに、ほかならぬ人間がその邪魔をするなんて。彼らは自分たちも魔物に殺されていいとでも思っているのだろうか。


 殺さない程度に痛めつけるつもりでナイフを投擲するが、内一人の振るった剣に弾かれた。無地の剣は、どこにでもあるような武骨なもの。


 中々にやる。

 片方は素人だ。それなりに訓練をしているようだが、剣を握る手に震えが見える。

 片方は熟練者。ナイフを振るった音だけでこちらの行動を読んで、視認後すぐに切り返した。


 だが、距離は確実に狭まってきている。

 アステラはこのままいけば追いつけることを確信した。そして、二人相手でも手傷くらいは負わせてみせると意気込んだ。


「――テイマー。このままでは追いつかれるぞ。少しスピードを上げろ」


 熟練者の声は低い。男のようだった。


「全力で走って――、る!」


 テイマーと呼ばれたのは、女性のようだった。

 高い声を残して、熟練者に反駁した。


「このままじゃ埒があかないぞ。今追ってきているやつは駄目だ。今はまだ戦うことは許されてない。絶対に全力で逃げきれと言われてる」

「――わかって、る! 全力で走ってる! ジャグラー、はうるさい!」

「……仕方ねえ」


 ジャグラーと呼ばれた男はそこで立ち止まった。

 アステラに振り返る。


「まずは名乗っておこうか。俺たちは”黒の曲芸団”。人類を破滅させる者だ。是非ともお仲間たちに伝えてくれ」

「どうしてそんなことをするのです。今は人間が一丸となって魔物に対抗するべきでしょう」

「人類は滅んだほうがいいからだ。わからないか?」

「わかりませんね。どうも貴方は陰気な人生を歩んできたようだ」

「――いや、むしろ真逆だったぜ」


 アステラは眉を寄せた。

 ジャグラーはこれ以上語ろうとは思っていないようだった。


 彼は懐から何かを取り出して、点火。それを放り投げた。


 ――花火。


 それは屋根の隙間から一直線に上空へと飛んでいって、やがて見えなくなる。

 どこかにいる仲間への合図のようだった。しかし、援軍を呼びたいのはこちらも同じ。


「仲間を呼ぶつもりですか。しかし、それはこちらも同じこと。その花火によって他の騎士団員も異常を察知して――」

「遅いな。こっちはもう終わる」


 ジャグラーが鼻を鳴らすのと同時、アステラはその意識を失っていた。



 ――


 ―――



「おい、アステラ。何があった。こんなところで何してる」


 そんな声で目を覚ます。

 騎士団の同僚――キーリという女性が自分の頬を叩いていた。


 身体を起き上がらせようとするが、痛む。

 背中が酷く痛い。振り返ると、家の壁に激しくぶつかったようだった。気絶の原因はこれか。


 それでも我慢して立ち上がった。当然、眼前には誰もいなかった。


「……私はどれくらい気絶していましたか」

「謎の花火が上がってから、私が到着するまで五分くらいだった。どうだ?」

「実際にそのくらいですね。私も花火はこの眼で見ています。五分は……逃げるのには十分すぎますね」


 追いかけたってしょうがない。

 そもそも四方、どこに逃げたのかだってわからない。


 同僚に肩を貸されながら、大通りまで出る。

 そこには普段通りの世界が広がっていた。人々が行き交い、買い物や交流を行っている。

 魔物が襲来する前と比べると人通りは少ないが、それでも、普通の生活が広がっている。


 裏路地で繰り広げられたことが夢のようだった。

 裏では何かが着実に進んでいる。


「この国で今、何が起こっているのですか……」

「何を見た。そして、何があった?」

「黒の曲芸団と思わしき二人組と出会いました。ジャグラーとテイマーと名乗っていて、ジャグラーの方はなかなかのやり手です。仕留めそこないました」

「……過去に捕まった有象無象とは違うんだな」

「ええ。彼らは愉快犯なんかじゃない。しっかりと力をつけた何者かに、何らかの明確な目的があるようです。それを取り逃したことが、ひどく口惜しい」


 ――もしもあそこで捕らえられていたら、この不明瞭にも答えが出たかもしれないのに。


 アステラの悔恨は目に見えていた。

 だからキーリはそのことについて、何を反論することもなかった。


「おまえが捕らえきれなかったのなら、他じゃ無理だ。とにかく、これをマリー様に報告するぞ」



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