僕と妻の漫画家夫婦生活-最高にかわいくて、愛おしい妻は仕事仲間としても頼りになる-

田中京

第1話

「ねぇ、私達付き合おっか?」


 机の向かいに座る制服姿の彼女が、にこやかな笑みを浮かべて、そう言った。

 「冗談だよな?」と僕が戸惑った声で聞くと、「いーや、まじだよ、真剣交際♪」と弾んだ返事が返ってくる。

 僕は、たちまち、困惑したように、額に手を当てる。

 

「な、何を言ってるだ……。お前と俺は叔父と姪なんだぞ。年なんて、20も離れてる。常識的に考えてまずいだろ……」

 

 彼女をまじまじと見つめる。

 その外見は、子供そのものだ。

 まだ全然、顔つきが幼い。

 今着ている高校の制服も、中学生が背伸びをして、着ているように感じられる。

 金色に染まった髪も、派手な外見にして、子供っぽく見られたくないからだろう。

 

「おじさんさ、つまんないこと言うね。大事なのはお互いの気持ちでしょ。私はあなたのことが好きで、あなたも私のことが好き。ならもう、付き合うべきでしょ!」


 そうすべきだと、机をバンバン叩く。

 自分の言い分が絶対正しいとばかりに。


「そ、そんな単純な話じゃないだろ。世間がどう見るか……」

「周りの目が気になるならさー」


 彼女が突然、机に身を乗り出し、突然、こっちに手を伸ばしてくる。

 襟をつかまれ、身体を引っ張られると、鼻先に甘い匂いの髪がかかる。

 見ると、すぐ目の前には。怪しげな笑みを浮かべる彼女の顔が……。


「気にならなくなるぐらい、夢中にさせてあげる。私のことしか、考えられないように……」


 舌なめずりの音。彼女の顔がゆっくりと、近づけてくる。

 鼻先がこすれ、息がかかる。唇が触れ合うとする。

 彼女の情熱的な視線を間近で感じ、顔が熱くなる。


「だ、ダメだ。いけない。まずいって……」


 口とは裏腹に、僕は逃げようとしない。

 拒絶しようとしない。

 ただ状況に身をまかせるだけだった。

 そして、唇をふさがれ、甘い感触がやってきた。

 その気持ちよさに、恍惚とした声がもれる。

 その反応に、彼女はあはっと笑った。



 口づけが終わると、僕と彼女はリビングに向かった。

 そこで、互いに服を脱いで、下着姿になる。

 そして、愛し合った……とはならず、ソファに置いてある服をそのまま着た。

 僕はTシャツとジーンズ、彼女は水色のワンピーズだ。

 これが僕たちの普段着だった。

 彼女が自身の髪を掴み、強く引っ張る。ズルリとした音。

 金髪の長い髪、かつらが外れ、地毛が姿を見せる。

 目を見張るような、長くきれいな黒髪が扇状に広がっていく。

 そこでようやく、スイッチが切り替わるように、彼女の顔つきが変わる。

まとう空気もだ。

 するとどうだ、今の今まで中学生くらいに見えてた子が急に大人に見えてくる。大学生くらいの大人に。

 戻ったのだ。飯塚藤野としての本来の自分へ。

 何度見ても不思議だ。表情が変わるだけで、ここまで、人が変わるなんて……。

 そして、叔父と姪であることをやめた僕らは、いつもの日常を再開する。

 

「どうだった、啓太? 今のやつでイケそう?」


 リビングのソファに二人で座ると、藤野が嬉しそうに聞いてくる。

 浮かべる笑みは、元々の容姿が整ってるだけに、とても愛らしくみえる。


「うん、使える。ふわっとした漠然としたイメージがちゃんと固まった。話にちゃんと生かせるよ」

「そっか、それはよかった、よかった。でも、演技とはいえ、何回やっても、ドキドキするね」


 先程の、キスの余韻が抜けきらないのか、彼女の頬はまだ薄っすらと赤かかった。

 多分僕の方も、同じ状態だろう。

 8月の真昼の炎天下、外の暑さとは裏腹に、クーラーをガンガンにきかせた部屋は涼しいはずなのに、身体がやけに、暑い。

 心臓がバクバクしていて、動揺が収まらない。


「まぁ、ドキドキしないと、意味ないからな。本当に恋愛をしてる気分にならないと、役になりきらないと、キャラクター同士の会話がリアルにならない。それじゃあ、物語のイメージがわいてこない」

「なんかそう聞くと、ロマンティックだね。恋をすることで、恋の物語を作ることができるなんて。さしずめ、私達は恋する漫画家夫婦だね!」


 いい感じのことをいったとばかりに、ふふんと、得意げな顔の藤野。

 恋する創作者という、恥ずかしいネーミングにいろいろ言いたいことはあるが、変に機嫌を損ねられても困るので、「まぁ、うん、そうだな……」と相槌をうっておく。


「じゃあ、私は作画の作業に戻りますか。超絶美麗作画で仕上げてくるから、啓太もネーム作業頑張ってね」

「任せろ、最高に尊いラブラブカップルの話を作ってやるよ」

「おー、それは楽しみだ」


 僕たちはソファから立ち上げると、窓際の長机に並んで腰かける。

 椅子同士の間隔は一メートルぐらいだ。

 これより近くなると、手を伸ばせば、相手の身体に触れるので、スキンシップが多くなる。行為に発展して、漫画作業が中断する可能性がある。

 とはいっても、互いなるべく近くにいたい。

 だから、この距離がベストだった。

 四六時中一緒にいたい僕ら、夫婦である僕らが、漫画を描く定位置は……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る