ザコメンタル吸血姫と無能牧師のタイラントブレイク!~チート吸血鬼ですが魔力ゼロの裸一貫からやり直します!~

上屋/パイルバンカー串山

第1話 吸血姫、全裸で目覚める


 △ △ △


「もう少しなはずだ。少しずつでも進もう!」


 鬱蒼とした森の中を、人々が歩む。夕暮れの森の中を、松明も持たず進む。

 今にも途切れそうな列は老人と女子供が目立つ。働き盛りの男はほとんどいない。顔には濃い疲労。

 食料もほとんどない。魔物の出る可能性もある。日が暮れる森をこの人数で歩き回るなど自殺行為に近い。

 だがこれは自殺ではない。近い、がそのものではない。

 

 そうしなければ、彼らは一人残らず殺されるからだ。


「体調が少しでも悪いものは僕に言ってくれ。とにかく進むことだけはやめてはいけない」


 声を出し人々を進ませる先頭の一人。年若い神父には、焦りがあった。

 輝くような金髪と、柔らかな輪郭。黒く質素な牧師服と、形に青い腕章=牧師見習いの証。その両目を覆う包帯。手には長めの聖杖。不安定な森の中を叩きながら歩く=明らかな盲人。

 なはずだが、その足取りに迷いが無い。


 やがて、一同は森の奥の開けた場所に来ていた。

 そこには古ぼけた石柱がまばらに並ぶ野原だった。誰が何をおこなっていたのか、なんのために並べたのか。その理由を知る者なぞとうにいない。ただいいようの無い不気味さと静けさが支配する奇妙な場所だった。

 その中心に、長細い石の柱がまっすぐに突き刺さっている。


「カイン、そろそろ国境に出るぞ」


 カインと呼ばれた牧師見習いの後ろに、大柄な白髭の老人がいた。


「ロデム先生、ガデオン伯は我々を受け入れるでしょうか……」


 みなに聞こえぬよう、小声でカインは師である老牧師に尋ねる。唯一の逃げ場さえないとすれば、希望はほぼ絶たれることとなる。


「ガデオン伯も我らと同じ宗派なはず。領内にさえ逃げ込めれば無体な扱いは……」


「!! 先生!」


 突如、叫ぶカイン。振るわれる聖杖が、空を斬る矢を撃ち落とした。盲人のはずの彼が、矢を防いだ。


「ほほう、勘のいい方だ。本当に見えていないのか」


「何者ぞ、我らに矢をいかけるとはいかなる考えか!」


 牧師見習いが虚空に問う。何もない空間を、しかし彼は捉えていた。


「なるほど、罰当たりとは私も考えますが、いかなる考えと問われたならば、こう返すほかあるまいですな」


 眼前の草木生える光景がゆっくりと歪む。カインたちの眼前に、鎧の騎士たちが姿を現す。


迷彩魔術ステルス……!」


 呻くカインを嬉しそうに眺めながら、声の主=ひときわ体格のいい鎧の男が答える。


「『異端は排除すべし』とのバーメリギー新教皇猊下の御言葉ゆえに、と」


 二メートルを超える長身と太い四肢。表情の見えぬバケツ頭ヘルム。その奥に、冷たい目が光る。


 異端狩り、聖騎士のオルザック部隊長は、言葉を続けた。


「ゆえに我ら教会の任を果たすべくここにきたわけです。ああ、残酷なれど教皇猊下のご意志なれば仕方なし、涙を呑んで行いましょう。まあ異端のために流す涙などありませぬが」


「バーメリギーが、新教皇……!? パプテスタント派われらを異端だと……!?」


「やはりアルベルト教皇崩御の話は事実か……我ら以外の改革派パプテスタントの村が焼かれていると聞いて避難を決意したが、遅かったな……」


 驚愕するカイン。ロデムは苦悩に顔を歪ませながら、騎士の群れに身を進めた。


「この老木一人の命でことを収めることはできぬかね、聖騎士殿。村人は私の教えをただ聞いていただけだ。この私のみが異端だ」


「先生! お止めください!」


 のばされた青年の腕を、老人は払う。


「なんとも素晴らしい申し出ですな。わたくし感動いたしました。しかし非常に残念ながら……」


 踏み出すオルザック。柄に手を当てた。


「それで収めると我らの強奪おたのしみができませぬ。なにより猊下の命令は絶対なのですよ」


 抜剣、瞬く間に斬りつける。しかし鈍い音と共に老木の腕が打ち込みを防いだ。黒の牧師服、その隙間には鈍く光る鉄甲。


「ぬ」


「だと思ったよ」


 オルザックの一撃を受け止めながら、巨漢の老人が呟く。剣を引く動きに合わせ、正拳が騎士の腹にめり込む。下がるオルザック。


「ぬぬ!」


 衝撃に唸る巨漢。装甲越しでもこの威力。


「離さぬ、『オルガの章、第二節、3の5、我らを繋ぎ止めようは神の意志なりてと羊飼いは言った』!」


 呟かれる聖句。伸びる光の鎖がオルザックの左手に絡みつく。引っ張る動きにバランスを崩され、そこに飛び込んだロデム牧師の蹴りが入った。


「ごがッッ! さ、すがは元上級聖騎士、『奇跡』の使い手……!」


「部隊長! おのれ異端が!」


 吠える他の騎士。ロデムは切りかかる一人を蹴りで崩し、背後のもう一人を拳で打ち据える。老人とは思えぬ力、完全武装の兵士がまとめて吹き飛ぶ。


「先生、今助けに!」


「来るな! お前は村人を守れ!」


 近寄ろうとするカインを一喝する。老牧師の目には、決死の覚悟があった。ただ一人で、騎士達を引きつけるつもりだ。いくら実力があろうとも、ロデムは老齢。体力はそう長くは保たない。


「しかし!」


「早く!」


「ガデオン伯の領内にいけば、望みはあるとお思いですかご老人殿……?」


 師弟の会話に、オルザックが割り込む。


「残念ですが、賢明なるガデオン伯殿は我らの助言により宗派を変えました。あなた達の逃げ場はどこにもございませぬゆえ」


 無言で、ロデムが踏み込む。振り上げた脚が、膝から跳ね上がり可変式のハイキックが騎士の頭蓋を襲う。


「ごゆっくりと死んでくださいませ、御老人おいぼれ


 鳴り響く金属音。オルザックの鎧が一瞬で変形。全身から現れる刃の群れ。一斉に蠢動を開始。鳴り響く異音。

 蹴りが当たった瞬間、鈍い音が鳴った。


「ぐ、お、お!?」


 ロデムの脚が、すねの半ばまで削れていた。鉄甲から肉はおろか、骨が覗く。鮮血が盛大に沸く。


駆動鎧くどうがいというものです。あなたが現役の頃はこういう便利なものはなかったでしょうね。『奇跡』などというものに頼る必要はもうありませぬ」


 嘲笑が混じる言葉。剣の振り下ろしがロデムの肩を切り裂く。


「ちぃいっ!!」


「先生!」


 飛び出そうするカイン。前をふさぐ騎士を聖杖で打ち据え、師の元へいこうとする。


「やめろぉ! 牧師様に触れるな!」


「ちくしょお! 牧師様!」


 ロデムの危機に耐えきれず、後方の列から村の男が二人飛び出した。ボロボロの農具を振り回し、騎士たちへ立ち向かう。


「やめろ、戦ってはいかん!」


「いいな、手間が省ける。撃て」


 老人の叫びむなしく、オルザックの指揮が飛ぶ。放たれた無数の矢が瞬く間に骸を二つ作り上げた。

 声も無く倒れる死者。風に乗った血の匂いに、カインの絶叫が響く。


「……ああああああ!! 貴様らぁ、なんてことをっ!!」


「黙れこの異端が!」


「がっ!!」


 カインの顔を騎士が殴りつけた。青年の細い体が土の上に転がる。


「そうだ、後ろに山ほど的があるだろう。もっと撃て。撃て。撃ちまくれ!」


 引き絞られる矢。更に数が増した第二射が、無力な人々に殺到。


「『アルカ人の手紙、第二十五節、天の国は近く、扉は遠く、その壁は破れず、ただ重く道を歩み入れ』」


 ロデムの聖句が響く。展開される奇跡の顕現、光の壁が村人の前に。矢の群れを空中で受け止め、無効化。


「これ以上は、犠牲は出させん!」


 消耗にふらつく体。一本だけの脚で、なおも老人は立っていた。


「ならばお前も犠牲になれ!」


 オルザックが拳を振るう。展開された刃の群れが、残酷に老牧師の体を削っていく。


「見る影もないな元上級聖騎士! ここで犬のように死ね!」


「『使途アバクの遺言、第三節、2の21、汝らに神の御名において永久の安らぎがあらんことを──』」


 またも起こる奇跡の顕現。ロデムの右拳が光る。渾身のカウンター、オルザックのわき腹にめり込んだ。同時に刃により腕が切り刻まれ──


「血迷ったか!?」


「『──祈るエイメン』!」


 轟音と、爆発。巻き込まれる数人の兵。衝撃にロデムの巨体が大きく飛んだ。右腕は肩から先がない。まき散らされる大量の血液。森を濡らしていく。『奇跡』を用いた決死の自爆。


「先生、先生ぇ!」


 ロデムの体が石柱にぶつかり止まる。あの広場中央にあった、謎の細い石柱だ。駆け寄ったカインはロデムの体に触れる。あの大きく頼もしかった古老の体が、今はこんなにも冷たいことに青年は震えた。


「先生、今、今すぐ治療を」


「もういい、カイン」


 震える声で聖句を唱えようとする弟子を抑え、師が語りかける。


「無駄だろうな。これでは。お前を導くと約束したが、最後まで守ることができなんだ。許せ……」


「そんなことは、もう、いいんです、もう」


 片足と片腕は削れ、全身に骨まで至る裂傷。奇跡による治療でも無意味な延命にしかならないことはカインでもわかっていた。

 流れあふれる血液。老人の命が、失われていく。


「彼らを……信徒達を守ってくれ……もうお前にしか託せぬ……」


「先生……僕は……何もあなたに返せなかった……何も」


 青年の包帯から、涙が伝う。後悔と、別れが彼から師を奪う。


「もういい、お前はお前にしかできないことをして人を救うのだ……」


「この死にぞこないがああ!!」


 投げつけられた剣が、ロデムの胸板を貫いた。


「ぐ、あ!」


「先生ぇ!」


「やってくれたなこのジジィ!! よくもよくもこの鎧に傷を!」


 土煙をかき分け、怒号を上げるオルザック。鎧は、わき腹装甲に大きくひび割れが走っていた。刃も大きく欠けている。鋼を軋ませ、聖騎士が迫る。


「新教皇から承ったものだ、いくらすると思っている! お前ら異端の命を藁山のごとく積み上げても買えぬものだ! 皆殺しだ! 皆殺し以外にこれはもう償えんぞ!」


「これが……これが神に仕える者のやることか!」


 悲惨に耐えきれず、カインが叫ぶ。これが、神を信じる人間のやることか。


「神に仕えるからできるんだろう! 神に仕える我らが、神の教えに反する異端を刈り取る、それが正しき行いよ! それに幾ばくかの楽しみを見出しただけのこと」


 オルザックの言葉に、周囲の騎士たちが薄笑いで応じる。そうか、こいつらは幾度となく口実を作り略奪と殺戮を繰り返してきた手合い、恐らくは傭兵から聖騎士の身分へ引き立てられた者たち。


「お前らは、人間じゃない!」


「いいや、異端こそが人間ではない。もう人間でないのだ」


 カインの手が、包帯に触れた。自らの視界を閉ざす布を、震える手で握る。アレを使うしかない。迷いと、逡巡。師の言葉がよぎる。


「ならば……悔い改めろ!」


 包帯を引きちぎろうとした、その刹那。


「いいえ、あなた達は人間よ」


 鈴の音のような、女の声が聞こえた。


「欲望にまみれたクズども、殺されるだけしかできないゴミども、無駄に死んだやつら、そしてそこでなにもできないわめくだけの盲人役立たず


 もうすぐ夜が埋め尽くす、黄昏時の森、その混沌を切り裂くような声だった。それは這いよる闇のような、全てを優しく包み隠す黒のような、この世ならず、しかしまぎれもなくこの世にある、美しい声だった。


「誰も彼もまさに人間。愚劣な人間の本質そのもの。ここに人間でないものなど存在しない。いるわけがない」


──な、んだ?


 カインはロデムの遺体の変化に気づく。軽すぎる。いくら失血が酷くても軽すぎるのだ。それに触った肌の感触も違う。まるで乾いた紙を触っているようだ。


 まるで、全ての血を一滴残らず絞り尽くされたような。


「そう、この私以外にはね」


 地面から、幾筋もの鮮血が吹き上がった。空を舞う紅が、渦巻いていく。


「あ、ああ……!」


 吹きすさぶ血の匂い。怖気誘う瘴気。カインはただ呻くだけしかできない。


「な、んだ……?」


 オルザックも呆然とする。このような怪異など見たことがない。ほかの騎士達も異常の光景を見守るしかない。


 この場にいる誰もが、全ての生者が、予感した。


 なにかがそこにいる。なにかが現れた。なにかが荒ぶる。

 形容できない、だが恐ろしいなにかが。


 やがて、渦巻く血が中央の細い石柱を集う。ゆっくりと、持ち上がっていく。地面を巻き上げ、浮いていく。


「あ、だ、だめ、だ」


 傍らにいた、何人かの騎士がそれを掴もうとしていた。彼らも本能的にわかったのだろう。


『これを引き抜かせてはいけない』と、


 だがもうそれは遅い。遅すぎた。


 引き抜かれた穴から、砂煙を上げてなにかが屹立する。

 それは、朽ちかけた棺だった。

 元は豪奢な装飾が施されていただろう棺は、ボロボロにひび割れて煤けている。そして、中央には穴。穴の直径は、石柱の太さに一致していた。この棺を貫いていたという証拠。

 石柱が音を立てて地に落ちる。渦巻く血が、今度は棺へと吸い込まれていく。


「その程度で人に非ずなど笑いを誘うわ。ならば教えてあげましょう。無知蒙昧の有象無象に」


 全ての血風が収まり、放たれる棺の蓋。現れるは声の主。

 棺に収まらぬほどの流れるような銀髪。シミ一つ無く透き通る白肌。細く長い四肢。彫刻の如き完璧な輪郭。厚く柔らかい唇。そこから僅かに覗く白い牙の列。豊かな胸と、引き締まった腰と、ふくよかな尻=まるで砂時計のような完璧なプロポーション。


「真なる人に非ず者とは」


 そして、深紅に燃える両眼ルビー。黄昏に忌まわしく輝く。


「本当の化け物とは、なにかを」






 かつて『吸血姫』と呼ばれた真吸血鬼ハイ・ヴァンパイア、ラライ・ララル・ラディラーンは、457年ぶりに外へ解き放たれた。

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