第5話 デートに誘う
「中土井さん、ロック好きなんだよね。今度のフェス、チケット手に入ったんだけど一緒に行かない」
朝、教室に入ると航はまっすぐ中土井の席に近づいた。たまたまか、彼女は一人なのだった。昨日と同じようにスマホを見ている。
心臓の鼓動が早い、喉が渇く。それでも航は中土井に声をかけた。
急に周りで、女の子たちの歓声が上がる。振り返ると数人の女子がこちらを見ていた。しまった、なんで今、声をかけてしまったんだろう。
もしか振られたら格好の話題だ、きっとしばらくは立ち直れないかもしれない。
しかし、彼女が一人でいることなんて、ほぼない。つまりどこで声をかけても一緒ということに気がつた。
中土井の目が大きくひろがった、たぶんびっくりしたに違いない。
何せ二年近く一緒のクラスにいて初めてかけた言葉なのだ。いやそれとも教室で声をかけられたことにかもしれない。
「私? なんで、って聞くのもおかしいか、うん、いいよ」
中土井は全く迷いもせずにOKをくれた。
もう一度、二人の周りで歓声が上がる。この手の話はみんなの好物だ。
「単にフェスに誘われただけじゃん、そんなに騒がないでよ、ね、津村くん」
えーっとそれはデートなんかじゃないよ、とそう言われたのか、航は軽く落ち込んだ。
つまり、異性として見られてないということかもしれない。まあそれでも嫌われてはなさそうだ、とりあえず良しとすることにした。
第一段階はクリアした、周囲で何かはやしたてられたような気もするが、今の航には聞こえない。君たちも好きな子を誘いなさい、そういいたいぐらいの気分だった。
そのうきうきも、約束の日までだった。待ち合わせの駅に三十分も早く着いたのに、間になっても、航は中土井を見つけられなかったのだ。
五分経ち、十分が過ぎた。やっぱりすっぽかされたのか、話がうますぎると思ったんだ。
落ち込んだ航の目の前にツインテールにピンク色のミニワンピが似合う少女が立った。
さっきから彼女が一生懸命手を振っているのは知っていた。あんなかわいい子と待ち合わせか、振られた自分とはえらい違いだ、と、ちょっと気分を害していたのだ。
その子が目の前にいる、なんで?
「手、振ったのに無視された」
彼女の頬が膨らんでいる、おまけに目が航を睨んでいた。あきらかに不満の表情だ。
え、中土井なの? 髪型が、それにワンピ?
航たちの高校は制服がない、みんな思い思いの服装で通学しているが、中土井はいつもジーンズ、夏場はショーパン、スカート姿を見た記憶がなかった。
「ごめん、マジだれかわからなかった。学校での中土井さんと、ぜんぜん違うから」
「やっぱ似合わないかなあ」
中土井は心底悲しそうな表情を見せた。
「男の子とデートするの初めてだから、おしゃれしたんだけど……」
聞き間違いかと思った。初めての、デート。
つまり自分なために中土井はおしゃれをしてくれた、さっきまでの落ち込みはど声やら。
航は周りに人がいなかったら、絶対に小躍りして喜んだに違いなかった。自分でそう確信した。
「見違えた、いつもの中土井さんもいいけど、今日が一番、ほんとだよ」
それからの十五分は、言い訳と今日の彼女がどれだけかわいく見えるかの説明に費やされた。
次々と言葉が出てくることに航は自分でも驚いている。
「ありがとう、津村くんってそんなに話すんだ、意外だ」
機嫌を直した中土井の笑顔は、航を完全にとりこにした。
「楽しかったね」
中土井は上機嫌だ。もちろん航も。出演していたミュージシャンはほとんど知らない人たちだったのだが、それでもライブは楽しい。
音楽に合わせて飛び跳ねる中土井は自分がミニを履いていることを忘れていたのか、航はそっちでも随分楽しい思いをした。もちろん中土井には内緒だ。
「津村くんは、なんでロックが好きになったの」
「え、そんなこと考えたこともないや、家にCDとレコードがあるから」
「レコード?」
「うん、クイーンとかディープパープルとか」
「津村くんのなの?」
まさかだ、実は祖父母のものなのだ。
「おじいちゃんとおばあちゃん?」
「うん、二人が学生のころお小遣い貯めて買ったらしい」
「そうなんだ、じゃあ、津村は筋金入りなんだ。いいなあ」
「聞きに来る? 今度」
昨日までの航なら考えられないほど軽く言葉が出た。
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