なくなった慣習

あぷちろ

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 黙々と布に針を徹す。

 淡く暗い感情を押し隠して、晴れやかで温かみのある感情をひと針ごとに込める。

 一欠けらの悲哀を胸に宿したままちくちくと針をすすめる。

 女学校の……それも何時かの学年、何時かの誰かわからない生徒のひとりが言い出した、その学校だけのおまじないじみた慣例。

 悲愛で終わると理解しながらも一筋の希望にすがるように一心不乱に針を上下させている。

 赤、青、黄色。チェックにドット、七宝に鹿の子。母や祖母知人からかき集めたハギレをつなげてあの人が好みそうな形を綴る。

 曰く。、3月6日の昼休みに校舎中庭で想い人へパッチワークのぬいぐるみを渡せば想いを遂げることができる。

 例年、この時期は春休みや他の学校行事が重なって”昼休み”なんてなかったりするのだが、今年だけは暦の関係で通常授業があるのだ。

 私がこの慣例を見つけたのは図書室でたまたま昔の卒業文集などを眺めていたからに過ぎない。

 それこそむかしむかしは、中庭に列ができるほど、このしきたりを真面に行う生徒が多々存在したらしいが、現在ではおそらく私しか知らないであろうしきたりだ。

 それは勿論、私の想い人も知らないということを意味する。

 故にこの行いはおまじない以外の何物でもないのだ。

 日もうの前に暮れてしまい、自室の中を照らしていた夕日も月明りに代わっている。

 ア、と聲を発す。

 暗がりで狂った手元、それなりの鋭さがある縫い針がひとさし指を突いたのだ。

 じわりと指先に血がにじむ。しとしと、とした痛みで深く這入りこんでいた意識が浮上する。親指の腹で一点空いた小さな傷口を抑え止血しながら、部屋の灯りを点けた。

 ぼんやりと室内灯が灯り、作りかけのぬいぐるみの全体像が露わとなる。

 未だ、工程は半分ほど。少しばかり期日まで猶予はあるものの、決して順調とは言い難い。

 溜息をつき、やかんへ水を注ぎ入れてコンロにかける。ちろちろ、と揺れる火を眺めて想いに耽る。

 ――嗚呼、このぬいぐるみを渡した彼女はどんな顔をするのだろう。

 少なくとも、私の脳裏に映る想い人の表情は笑顔ではなかった。




 おわり

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