[2]
そこへ猪瀬の後輩で、同じく捜査一課の
「被害者は
小野は手帳を広げて報告すると、三人をそれぞれ紹介した。
「こちらは第一発見者の
ふくよかな体型をスカートスーツで包んだ四十代前後の女、柚希。二十代から三十代といった若々しい印象を与えるスーツ姿の男、中島。ポロシャツにジャケットを羽織った三十代前後の男、谷村。三人はそれぞれ舞と猪瀬に一礼した。
「栗原さんと中島さんはこの事務所所属の弁護士で、谷村さんは同所の事務員をしています」
小野は付け加えた。柚希と中島のスーツの襟(えり)には弁護士バッジが付いている。
「度々で申し訳ありませんが、発見時の状況をお聞かせ願えますか?」
猪瀬は柚希に訊ねた。柚希は嫌な顔ひとつせずに証言を始めた。
「今朝八時過ぎに私が出所したら鍵が開いていたもので、中に入ってみたら軽部が倒れていたんです。どうしたのかと思って、呼びかけて
「なにか盗られたものは?」
ペンと手帳を持って舞が割り込んできた。
「所轄が入ってくるなよ!」
猪瀬が理不尽な注意をした。
「関係ありません。刑事は刑事ですから」
それを
「で、どうなんです?」
柚希は首を振った。
「いえ。特にはなにも」
そこで谷村が補足的に話した。
「ただ、事件と関係あるかはわかりませんが、クライアントの資料が入った棚、ダイヤル錠になっているんですが、開錠番号で揃っていたんです。いつもは私も含めて使用したあとは番号をずらしておくんですけど」
「でも、なにも盗られてはいなかった」
猪瀬が訊くと、谷村はうなずいて答えた。
「はい。ファイルの数は合っていました。中身はあとで確認しないとわかりませんが」
「とすると、犯人は事務所内のなにかを狙っていた。けどもガイシャに見つかり殺した。ってことなのか」
ひとり推測している猪瀬を他所に、舞は別の視点からもうひとつ質問した。
「被害者を恨んでる人っていますか?」
その質問には中島が答えた。
「職業柄、恨んでいる人は多いと思います。特にウチは民事事件を多く扱っていますので、相手方の恨みを買うなんて日常茶飯事です」
中島の話を聞いて谷村が思い出した。
「そういえば、三日前くらいに軽部のところへ怒鳴り込んできた方がいました」
谷村の言葉に舞が食らいつく。
「誰です?」
「もういいだろ!所轄はここまで!」
苛立った様子の猪瀬は、舞を押しやり谷村に訊いた。
「誰なんですか?」
「たしか、御手洗と名乗ってました」
「御手洗?」
そう言った舞の表情が少し変わる。どこか心当たりがありそうな様子の舞に、猪瀬が問いかけた。
「知ってんのか?」
「ここに来る前、同じ名前の女性と会ったんですけど・・・」
不思議なこともあるものだ。写真館で出会った女がこの事件と関係しているのだろうか。わからない。判然としないまま、舞は笑って語を継いだ。
「でも、偶然ですよ。偶然」
そこで柚希は、チラと中島の顔を見て言った。
「だとしたら、軽部と中島が担当していた案件だと思います」
「僕ですか?」
中島も柚希の顔を見た。
「ほら、あの遺言書の件」
柚希は抑えた声で言いながら、肘で中島を小突いた。
「あ、ああ。はい」
中島は気づいた様子でうなずくと、話し出した。
「僕はその場にいなかったので定かではありませんが、最近、私どものクライアントで、御手洗
「親族って人の名前は?」
猪瀬の問いを中島はやんわり拒んだ。
「弁護士には守秘義務がありますので、これ以上はちょっと・・・」
「ですよね」
やはり簡単に
「だったらこれだけは教えてください。あの台って警報装置なんですか?」
舞はブロンズ像が据えられた金属製の台を指差した。
「はい。よくわかりましたね」
答えた中島に舞は続けて訊いた。
「どういう構造なんです?」
中島は自身の知っている限りの説明をした。
「軽部が購入した品なので詳しくは知りませんが、最初に置いた物の重量を台に内蔵された機械が自動的に測定と設定を行って装置が作動するそうです。それで物が三分以上、台から離れたり、違う重さの物を置いたりすると警報ブザーが鳴る仕組みだと聞いています」
舞が呟く。
「鴨志田さんの言ってたとおりだった」
勇の観察眼に舞は目を丸くした。対して猪瀬は、的中した勇の推定に不愉快さを覚えていた。
「その警報装置に置いてあったってことは、あの像は高価な物なんですか?」
舞は凶器のブロンズ像になにか事件と関連があると踏まえて、中島に質問した。
「たしか、五十万以上する値打ちだと軽部から聞いたことがあります。それがなにか?」
「いえ、べつに・・・」
舞は微笑を浮かべてごまかした。中島の話を聞いた舞は思考を巡らせるのだった。
舞と猪瀬が聴取をしている頃、勇はその聴取を聞きながら前屈みになり、先ほど谷村が話していた三桁のダイヤル錠が備え付けられた開き戸タイプの収納棚を見ていた。好奇心から棚に手をかけてみると扉が開いた。現場検証のためか、まだ施錠されてはいないらしい。中にはファイルが数冊、縦置きにしまってあった。その中に前に突き出たファイルが一冊あった。個人情報なのでいけないと思いながらも、やはり好奇心には勝てず、断りなく、そしてこっそりとファイルを手に取り開いた。
「御手洗・・・」
そう呟いたあとファイルを棚にしまい、扉を閉めた勇は、移動して遺体の周辺を眺めた。そこで勇の探知レーダーが反応を示した。しゃがみ込み、床の一点をジッと見つめる勇を見た小野は関心があるのか、普段は口も利かないのに珍しく勇に問いかけた。
「なにかめぼしい物でもあったんですか?」
勇は床を指差す。
「見てください。
小野がそこに視線を向けると、確かに清潔な面と埃がたまっている面とが極端に分裂している。
「掃除したのだとしたら、普通こんな半端なやり方するでしょうか?」
勇が訊ねると、小野は私見を述べる。
「まあ、普通はしないですよね。俺だったらもっと全体的にやりますよ」
立ち上がった勇は指を下に向けて動かす。
「しかも見る限り、遺体の周りの床だけきれいになっているんです」
勇が疑念を言及するなか、沢渡の大声が飛ぶ。
「おい!遺体搬送してくれ」
担架を持った鑑識員ふたりがやって来て遺体を運び出そうと動かしたとき、遺体の下敷きになるようになにかが落ちているのに目が留まった勇は、それを拾い上げた。
「これは・・・?」
勇が拾った物は白い紙片だった。見たところ破られた跡がある。そこである仮説を立てた勇は、鑑識作業を終えたばかりの沢渡に近づき声をかけた。
「沢渡さん。ぜひともお願いしたいことが」
沢渡と密かになにやら相談している勇を、小野は訝しそうな顔で見ていた。
「ったくよー。仕事増やしやがって。まあ、やってはみるけどさ。でも期待すんなよ」
勇の申し出を沢渡はしぶしぶ引き受けた。
「はい」
ひと言答えた勇は身を引いた。
中島と柚希に聴取している舞と猪瀬のもとに歩み寄った勇がなんとはなしに言った。
「アリバイ、訊きましたか?」
「これから訊くんだよ」
猪瀬が勇を睨みつける。
「ん?髪にゴミが付いてますよ」
不機嫌そうな猪瀬を他所に、勇は中島の髪の毛に絡まったゴミを取り除いた。
「邪魔すんな!シッシッ!」
よほど
「念のためお尋ねしますが、皆さんは昨日の夜、どこにおられましたか?」
「僕は八時過ぎに退所して、それからはずっと自宅にいました」
中島が答えると、柚希も続けて話した。
「私は夜の十時ごろまでここにいて。あとは中島と同じで、夫と一緒に家におりました」
片手を挙げて谷村も言った。
「私も同じです。ここを出たのは・・、夕方の六時ごろです」
舞は三人のアリバイを手帳に書き記した。
「わかりました。またお話を伺うかもしれませんので、その際はご協力ください」
猪瀬はそう言って聴取を締めくくった。
聴取を終えた猪瀬が小野の肩を組むように腕を置き、優越感に満ちた笑みを浮かべた。
「俺の勝ちだな。昼メシおごれよ」
「最初に来るって言ったの猪瀬さんじゃないですか。俺だって来ると思ってましたよ」
小野は文句を垂れると項垂れた。
「はあ・・。ジャンケンで負けてなけりゃなあ」
どうやら猪瀬と小野は、勇が事件現場に来るのか賭けをしていたらしい。小野はしょげた様子でため息を吐いた。
その頃、舞と勇は法律事務所の入っているビルの外に出ていた。
「やっぱり盗られたものはなかったみたいですね。さっき谷村さんが事務所内を再度確かめてはっきり言ってましたから」
そう舞が伝えると、ふたりは覆面パトカーのもとに着いた。
「私は署に戻りますけど、鴨志田さんはどうします?」
舞が勇に訊ねた。
「僕は一旦、<ハイカラ>に帰ります。おやっさんに業務を全部任せるわけにはいきません。居候の身ですから少しは手伝わないと」
勇はそこで、ズボンのポケットから四つ折りにしたハンカチを取り出して、舞に差し出した。
「この中に物証が二点入っています。署に戻られるのでしたらついでに、この二点を鑑識の沢渡さんに鑑定してもらって、同じ物かどうか確認してもらえませんか?」
「は・・、はい」
前にもこんなことあったなあと思いつつ、舞はハンカチを受け取った。そして勇は、すまなそうな顔になり言った。
「送って行ってもらえませんか?」
勇を写真館まで送ったあと、舞はひとり、羽華署の刑事課に戻ってきた。
「杠葉さん。お客さん来てますよ」
庶務員からそう聞かされ、刑事課内の小さな応接スペースに向かうと、そこに不安そうな面持ちの愛乃がソファに座っていた。
「たしか・・、御手洗、愛乃さんでしたっけ?」
舞が訊くと愛乃はうなずいた。
「はい」
背負っていたリュックを脇に置き、愛乃と対面するようにソファに腰掛けた舞は、落ち着かない様子の愛乃を見て、なにか被害にでも遭ったのか、それとも罪の告白か、漠然とした状態のまま問うた。
「どうしました?」
「杠葉さんって、刑事なんですよね」
愛乃の弱々しい声に舞が答える。
「ええ」
「実はちょっと・・ご相談がありまして・・・」
「なんです?」
舞は鋭い目つきになり、身構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます