[5]
勇は人差し指を天井に上げた。
「ご存じですか?ナースステーション内に防犯カメラが設置してあること」
それを聞いた由美子は息を吞んだ。
「やはりご存じない。無理もありません。そのカメラが設置されたのはおととい。つまり、あなたがあのフットカバーを作っていた日ですし、今のところカメラの存在を知っているのは看護師さんだけです。病院長が聴取がてらに話してくれました。ここのナースステーション、数年前に盗難騒ぎがあったそうで、看護部長が以前から、防犯カメラの導入を病院長に直談判していたそうです。予算の関係で今まで見送られていたようですが、病院長がやっと重い腰を上げて設置を受け入れたとのことです」
勇は上げた指を、由美子に向けた。
「今日の午前十一時ごろ、紙袋を提げたあなたがナースステーションに入ってくる姿が映っていました。この時間帯は病棟や病室の見回りをする「ラウンド」と言う業務で、ほとんどの看護師さんが出払っている時間帯です。映像では、あなたは様子を窺いながら、紙袋の中からナースバッグを取り出し近くの机に置くと、その紙袋を橘さんのナースカートの上に置いて、そしらぬ顔でその場を後にしていました」
ここで勇は、舞の疑問を明らかにする。
「佐伯さん、あなたが最初に、誰か部長室の様子を見に行くよう、周りに言っていたそうですね。それで橘さんが率先して部長室へ向かった。先ほど僕は、別に橘さんではなくてもいいと言いましたが、あなたにとっては、自分以外の誰かが遺体を初めに発見してくれればいいと考えていた。それはなぜか、奪った土屋さんのカードキーを戻すため、そして第一発見者を犯人に仕立て上げるためです。遺体を発見すれば、その人は必ずナースステーションへ戻って報告してくるだろうとあなたは予想していた。案の定、橘さんは予想どおりの行動を取った。あなたは今知った風を装って部長室へと向かい、カードキーを戻した」
うつむいている由美子の前で、勇が推論を続ける。
「病院関係者に捜査の矛先が向くのも予想済みだったあなたは、既述したとおり、第一発見者である橘さんに罪を負わせることにした。タレコミの電話をしたのもあなたですね?その信憑性を高めようと、橘さんのナースカートに凶器などが入った紙袋を置いた」
もうひとつ勇は付け加えた。
「これは余談で、あくまで僕の憶測ですが、彼女がカードキーを戻すために、敢えて第一発見者になったのではないか、などと後で警察に嘘の供述をしようとしていたのではありませんか?」
終わりに勇が由美子に訊いた。
「いかがでしょう。長々と話してしまいましたが、間違っている点があれば、ご指摘願えますか」
「そう。私よ」
机に両手をついた由美子が白状した。
「動機って、三宅さんが話してたモラハラですか?」
舞が由美子に問いかけた。
「それもある。だけど一番許せなかったのは、医療ミスの責任を私に押し付けたこと!」
「医療ミス?」
小野が聞き返すと、勇が思い返す。
「そういえば、病院長に佐伯さんのことについて訊ねたところ、あなた、今月締めで解雇されるそうじゃないですか。それが動機と関係しているのではないですか」
うなずいた由美子は語り始めた。
「ええ。一か月前、区議会議員の手術があったの。手術自体は、外科の医師なら誰でもできる簡単なものだった。それでも土屋は進んで執刀医になった。少しでも名を売りたかったのね。手術は無事に成功したかに見えた。けど数日後、病状が悪化して患者は死亡した」
「たしかネットの記事に載ってたな。でも≪病死≫とだけ書かれてて、医療ミスなんて文字はなかったぞ」
猪瀬が言うと、由美子が答えた。
「土屋が公表しなかったのよ。自分が責めを負いたくなかったのもあるだろうし、院長の経歴に傷をつけたくなかったのかもね。あの男は、院長のおかげで外科部長になれたようなもんだから」
淡々と由美子が続けた。
「あとで私が調べたら、取り除くべき腫瘍がもうひとつあるのがわかった。土屋は見落としてたのよ。でも私は気づいてた。術中にも言った。腫瘍みたいのが見えるって。だけど土屋はそれを無視した。私は遺族にこのことを話すと言ったら逆上して、三日後に院長から解雇を通告された。そのときに知ったの、いつの間にかミスが自分の責任になっていることに。腫瘍の件を知っているのは私と土屋だけ、感づいたわ。土屋が院長に告げ口して、責任逃れしたんじゃないかって・・。それからよ、殺そうと考えたのは・・。そのあとした私の行動は、あなたの推理どおり・・・」
由美子はひとつ息を吐いて勇を見た。
「あなたも同じじゃない」
舞が言った。
「なによ」
由美子が舞を睨みつけた。
「あなたも被害者と同じだって言ったの!いえ、もっと悪いわ。殺人の罪を沙織に着せて、自分は免れようとしたんだから」
怒りに震える由美子の目を、舞はそれ以上の眼力を込めて見返した。
その日の夜、羽華警察署のロビーに舞はいた。そこへ、疑いの晴れた沙織がやって来た。
「舞・・・」
「よかったね。沙織」
舞は優しく沙織を抱き寄せ、背中をポンと叩いた。ふたりに笑顔が戻った瞬間だった。
翌日、羽華警察署の署長室で自席に悠然と座っている獅央が、正面にいる舞に拍手を送っていた。
「いやあ、素晴らしい。殺人事件をその日のうちに解決するとは。本当に素晴らしいよ」
獅央が舞に喝采を浴びせた。
「まあ、解決したのは鴨志田さんですけど・・・」
舞が気恥ずかしそうに言うと、獅央が椅子にもたれかかり答えた。
「だが、杠葉君の手柄になったんだから良かったじゃないか」
「それなんですが・・、いいんですかねえ・・。本来は鴨志田さんの手柄なのに、記録上は私になってるってのが、ちょっと気が引けるっていうか・・やましい感じがして・・・」
両手を擦りながら、自分の心の内を明かした舞に、獅央が整然と返した。
「きみはなにもしてないわけじゃないだろ?刑事であるきみの協力があってこそわかった事実も鴨志田にはあったはずだ。捜査協力してもらっているとはいえ、今の鴨志田じゃ突っ込んだ捜査はできない。だからこそ、きみのバックアップが必要なんだ。それが功を奏しているのだから、杠葉君の手柄でもあるんだよ。」
「そういうもんですか?ほんとにいいのかなー・・・」
案じ顔で悩んでいる舞に対し、獅央は杞憂だとばかりに微笑んで声を発した。
「いいんだよ。鴨志田はきみの顔を立てたいんだ。気に病むことはない」
舞は勇が居候をしている写真館<ハイカラ>を訪れた。舞が入ってくると、カメラのレンズを磨いていた勇が気づいた。
「鴨志田さん」
勇のもとに、舞が歩み寄る。
「今回はありがとうございました。沙織もいつもどおり看護師続けられるそうです」
舞はお辞儀して謝意を述べた。
「礼には及びません。舞さんの協力もあってのことですから。そんなことより」
「そんなことって・・・」
勇にはそれよりか気になることがあった。
「今日、『カクヨム』を覗いたら、僕のアカウントや作品にフォローと評価してくれた人が出てきたんです。しかも全話読んでくれたんですよ。あれって舞さんですか?」
「いえ。私じゃありません」
舞は首を振った。
「ってことは、僕の小説がおもしろいと思ってくれた人が現れたってことですよね。ね!」
「えっ・・?ええ。きっとそうなんじゃないですか」
適当に返事した舞の前で、勇は喜びのあまり
「やっと、やっとです。今まで誰も読んでくれなかった。フォロワーもいなかった。でもここにきてやっと、努力が報われ始めたんです」
浮かれている勇を見て、呆然と佇む舞は思った。やっぱりこの人の頭の中は把握し難いと。
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