ぬいぐるみを寝かせて

霜月このは

ぬいぐるみを寝かせて

 白くて、やわらかくて、ふわふわして、あったかくて。

 大好きな大好きな私の抱き枕は、白い大きな犬のぬいぐるみ。


 私が物心ついたときから、ぬいぐるみの『ワンワン』は、私の夜の相棒だった。嫌なことがあった日も、なんとなく不安な日も、ワンワンにくっついていたら、安心して眠ることができた。


 だから高校生までの私は、夜に眠れない、なんてことはちっともなかったんだけど、高校一年のとき、とある出来事をきっかけに、私にも眠れないほど悩んでしまうこととか、夜じゅう泣いてしまうこと、なんてのもそれなりにあって。


 まあその原因は、初めての恋の悩み、というやつではあるのだけど、ああ、なんでだろう、その辺りのことを考えるとどうもまた頭のなかがふわふわとしてきてしまって、何も考えられなくなる。


 まあいいや、うん。今はもう、ほわほわであったかいからいいんだ。


 あったかいなあ、ほんとに、私の『ワンワン』は。

 ふわふわ柔らかくて、もう、いつまででもくっついていたくなる。


 今日は日曜日だし、お父さんもお母さんもお仕事でいないし、私はゆっくりこのふわふわモフモフに包まれて眠り続けるんだ……。


 ああもう大好き、本当、いつまでもくっついていたいなあ、なんて、微睡の中で思う、そんな朝だったのだけど。


「菜奈」


 突然、ワンワンは動いて、私の名前を呼ぶ。


「ねえ、ちょっと、いい加減、起きて」


 そう言って私の身体をゆする。


「ふぇ? ワンワン……じゃない、桜花!? えっっ……なんで?」


 私が白い大きな犬のぬいぐるみだと思っていたのは、白いモフモフの部屋着を着た美少女だった。


 やわらかいロングの黒髪、色白で背が高くて、いい匂いがして、やわらかくて、そんな美少女の桜花が、昨日私の部屋でお泊まりをしたのだった。うっかりしてた。


「私で悪かったわね。『ワンワン』なら、あっちで寝てるみたいだけど?」


 指さす方を見ると犬のほうの『ワンワン』は、ご丁寧に顔まで布をかけられて、部屋の隅でおねんねしている。


「えっ……?」

「菜奈がやったんでしょ。ワンワンがこっち見てたら、恥ずかしいからとかなんとか言って」


 その発言を聞いて、私の顔は瞬間的に火がついたみたいに熱くなった。


「……今更、そんなに恥ずかしがらなくても、いいじゃん」


 私の反応を見てそう言う桜花だって、なんだかんだ恥ずかしそうにそっぽを向いているから、多分お互い様なんだ。


「で、起きるの? まだ寝るの? 寝るんなら、私もう、着替えて帰るけど……」

「だ、だめっ……」


 お布団をはがそうとする桜花の腕にぎゅっとしがみつく。


「起きるけど……まだ着替えちゃ、だめ」

「……ばか」


 桜花はそう言って私の唇に触れてくる。なんだかんだ言って、言いたいことは伝わっているようだった。


「あんまり大きい声出すと、ワンワン起きちゃうんじゃない?」


 布団の下の私の素肌に手を伸ばしながら、桜花は笑いながらそんなことを言ってくる。


 ……ああ、もう。恥ずかしくて何も言えなくなる。




 そう。今はもう、私の夜の相棒は、すっかり交代してしまっていたのだった。


 やわらかくてあったかくていい匂いのする、大好きな恋人に。


 







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ぬいぐるみを寝かせて 霜月このは @konoha_nov

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