第95話 シホヒメとエム

「エムくん……痛いよぉ……」


「シホヒメ。悪かったな」


「なんでエムくんが謝るの? 大丈夫! こうして生きてるんだから!」


 あと一歩で…………俺と関わらなければ、シホヒメがこんな危険な目に遭うこともなかった。


 シホヒメだけじゃない。みんなもそうだ。


 俺の仲間であるからこそ、試練に巻き込んでしまって…………。


「そんな暗い表情しないでね? 私はエムくんの女だもの。どこまでも着いていくよ? それに私だけじゃなく、奈々ちゃんも綾ちゃんもみんな一緒にいたいからね?」


「シホヒメちゃんが言う通り、私も後悔していないよ。エムくん」


「綾瀬さん……奈々も……」


 奈々も笑顔で頷いてくれた。


「だから、そんな悲しそうな表情はもう終わり! 試練も乗り越えられたことだし、念願のUR指定チケットも手に入れたことだから、またエリクシールに交換しよう?」


「…………そうだな。ああ。そうしよう」


 リン曰く、シホヒメの眠れない体質を治せる薬はガチャから出てこないという。


 久しぶりに見るUR選択画面を眺める。


 それにしてもURだけで何十種類もあるんだな。


 これを全部引こうと思うと、一体何枚のチケットが必要なのやら…………ただ、まあ、それよりもダンジョン病に苦しんでいる人々のために、エリクシールを交換する。


 虹色のチケットが光に包まれて、姿を変えて綺麗な瓶に変わった。


「エリクシール。久しぶりに見たね」


「ああ。ようやく試練も終わったことだし、上がろうか」


「エムくん? 待って」


「ん? どうしたんだ? シホヒメ」


「まだ――――フロアボスが残っているよ?」


「…………それはそうだけど」


「また灼熱地獄を数日も繰り返したくないから、フロアボスまで倒しちゃおう! それにリン様も不完全燃焼だと思うし」


 どちらかというと、マホたんが絶望した表情から安堵した表情に変わった。


「リンもそれでいいか?」


「あい……!」


 試練のおかげでどっと疲れたが、俺達はその足で十層を歩き進めた。


 向かう間、シホヒメを助けてくれたリンをひたすらに撫でながら、何度も褒めてあげた。


 戦いは全て綾瀬さんと奈々が担当し、二人の連携によって一瞬で蹴散らされていく。


 十層には他のパーティーは誰もいなくて、俺達はそのままフロアボス戦に突入した。


 フロアボスは森林の中に現れた雷をまとった銀色の巨大な狼だった。


 苦戦するかと思われたフロアボス戦だが、奈々、綾瀬さん、マホたん、リリナによって一瞬でボコボコにされて、リンがものすごいスピードで暴れて一瞬で倒した。


 一応配信はしていたけど、あっけない勝利にコメントは大荒れだった。



 ◆



「志保ちゃん!」


 家に帰るとすぐに美保さんがシホヒメを抱きしめる。


 放送を見守ってくれたようだ。


 美保さんにも申し訳ないことをしたなと思う。


 たった一人の妹を危険な目に遭わせてしまったからな……。


 全身汗だくだったので、すぐに風呂に入る。


 火山ダンジョン帰りなのもあって、風呂というより、みんな水浴びだけ済ませた。


 俺達を見守ってくれた美保さんは、食べやすくて軽めの食事を用意してくれて、少しだけ食事をしてすぐに布団の中に入った。


「エムくん」


「ん?」


「今日は膝枕がいい」


「いやいや、今日は疲れただろうし、さすがに眠ってほしい」


「でも……今日はエムくんからあまり離れたくないかも……?」


「…………」


 珍しくわがままを言うシホヒメ。


「いっそのこと、エムくんが腕枕でもしてあげたら~?」


 マホたんが目を細めてツッこんでくる。


 腕枕!?


 お、俺にそんな高等なテクニック……できるのか!?


「もしかしたらエムくんの腕枕ならシホヒメも眠れるかもしれないでしょう?」


「えっ?」


 いやいや……安眠枕じゃないと寝れない……んじゃ?


「寝れる……? え、エムくん!」


「は、はい!」


「う、腕枕をお願いしましゅ!」


 急に子供みたいな口調になるな!


「ま、待て……心の準備が……っ!」


「お願い! ちょっとだけ! ちょっとだけ試したい!」


 もしもだ。もしも、俺の腕枕でシホヒメが寝れるようになるなら、安眠枕が引けなかった時に重宝する。


 それに、今回試練を越えてしまって、またレベルが上がってしまった俺のガチャスキル。


 より一層――――安眠枕は出てこなくなった。今までは毎日数百連引いてようやく一日二日で一つだった。


 きっと今なら…………三千連引いてようやく一つ出るかどうかな気がする。さらにそれはきっと気のせいではないことも感覚的に分かる。


 それなら一縷の望みを賭けてみるか。


「し、シホヒメ。外を向けよ」


「うん!」


 自分の枕に横たわって、右腕を差し出した。


「では、失礼します」


 みんなが見守る中、シホヒメがゆっくりと俺の腕に頭を下ろしてくる。


 最初に金髪に触れてくすぐったい。


 やがて、シホヒメの頭部が俺の右腕の二の腕に当たった。


 ちらっと見たシホヒメと目が合った。


 いやいやいやいや! 後ろ向きって言ったよな!?


 ニコッと笑うシホヒメ。


 ――――次の瞬間。


「あ……」


 シホヒメの瞼がものすごく重そうになり――――笑顔のまま俺に寄りかかって、静かな寝息を立て始めた。


「シホヒメ……? まさか……眠った!?」


 見守っていたみんなも驚いてシホヒメを共に覗く。


 綾瀬さんがシホヒメの頬っぺたを優しくツンツンと押しても反応はなく、ただただ笑みを浮かべて幸せそうに――――眠っていた。






――――【あとかき】――――

Q.シホヒメは異性もしくは同性の腕枕で眠れますか?

A.いいえ。


Q.シホヒメとエム氏が出会った頃、今回のように腕枕で眠れますか?

A.いいえ。

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