第62話 柔らかいのは何もブラックスライムだけではない

 眠……い…………。


 手の中の感触が、ふわふわしている。


 あ……これ、リンの感触だな…………やっぱ、リンって柔らかいな…………。


 なんか……いつものリンとちょっと形が違う気が…………。


「ん……あぁ…………エム……くん……そこは……」


「!?」


 ガバッと起き上がる。


 今の俺の右手の感触と右耳に聞こえていた声ってなんだ!?


 視線を右に移すと、俺の手が揉んで・・・いたのは――――


「エムくん…………ん……」


「ひ、ひいいいいいいいいいい! す、すいませんでしたああああああああ!」


 我ながら驚くくらいベッドから全力で飛び上がり、そのまま空中で向きをシホヒメに変えて、土下座のポーズのまま地面に落ちる。


 二メートルは飛んだ気がする。


「ご、ごめえええええええええん! ほ、ほ、ほっっっっんとうにごめえええええええん!」


「エムくんの……えっち…………そんなに触りたかった……の?」


「ち、違っ! り、リンみたいに柔らかいなとは思ったけど、どうしてそんなことになったのかすら分からなくて、本当に申し訳ございませんでしたああああ!」


「ん……もっと触ってもいいのよ……?」


 その時、リンの触手一つが俺のおでこをぼよ~んと音を立てて叩いてきた。


「リン?」


「……ご主人しゃま…………シホヒメ……わざと…………」


「…………おい。シホヒメ」


「ん? 触る?」


「……わざと触らせたな」


「えへへ~」


「笑って誤魔化すな! てか、好きでもない人にそんなことしたら、変な誤解されるからやめろ!」


 そう話すと、何だかつやめいた表情を浮かべたシホヒメは、少し首を傾げる。


「それなら、どんどんやるけど……?」


「えっ」


「うふふ~」


 その時、ガバッて開いた扉から、腰に両手を当てた我が天使様が入ってきた。


「お兄ちゃん、何を朝か……ら…………」


 天使の目が俺とシホヒメを交互に見る。


 少しエロい雰囲気の寝間着姿のシホヒメが太ももを露にしている。


 その前に土下座する俺。


 俺の頭をぼよんぼよんと叩くリン。


 まさに――――カオスであった。




 ◆




 《配信が開始されます。》


 《視聴者数:9,152人》《応援ポイント:15》


『配信乙~』


 配信が始まったすぐにお疲れ~のコメントが大量に流れるが、目を疑うのは、始まった瞬間に視聴者数が9千人を超えていること。


 配信が始まる前から応援ポイントの予約すら入っている。


『お~! シホヒメが久しぶりに光り輝いている!』


「シホヒメだよ~キラッ☆」


『シホヒメ☆彡 シホヒメ☆彡』


 昨日までゾンビヒメだった人が、今日はアイドルのように光り輝いている。本当にリアルに光を発しているのだ。


「いえ~い~!」


 寝起きの初日は大体はっちゃけてるシホヒメは、カメラの前で色んなポーズを取り始める。


 いつもに増して凄いが――――


『リン様が見えない。邪魔!』

『ナナちゃんが見えないぞ! 邪魔だあああ!』


 というコメントも多く流れる。それにも屈せず、ずっとアイドルやってるシホヒメがちょっと微笑ましい。


「さて、今日も百連目指して頑張るか~!」


「「「お~!」」」


 それから十層に向かいながら、どんどん狩りを進めて魔石を集める。


 十層に到着したら、今度はリンによる超高速迎撃でダークドラゴンを倒して奥に進む。


 配信時間は二時間、一時間半で目標値を達成し、危なげなく百連分の魔石ポイントを貯めることができた。


「さて、今日もガチャを引こう」


『ちゃんと引いてやるから』

『ちゃんと引いてやるから』

『ちゃんと引いてやるから』

『ちゃんと引いてやるから』

『ちゃんと引いてやるから』


「やめろおおおおおお!」


「ん? どうしたの?」


 シホヒメが可愛らしく首を傾げながら、視線の下から見上げてくる。


 っ……初日はさすがに可愛いな。


 というか、今朝の右手の感触が未だ忘れられずにいるからなおさらだ。


「な、なんでもねぇよ! さっさと引くぞ! 枕出なかったら、今日は寝れんぞ?」


「いいよ~? また・・エムくんを膝枕してあげるね~?」


『ギルティ』

『ギルティ』

『ギルティ』

『ギルティ』


「ち、違っ! 誤解だ! これには色々事情が」


『エム氏は超絶美少女の膝枕で眠っているらしい』


「やめろ! 違う!」


「えっ? 本当の事でしょう?」


「まだ一回しかないし、もうしないわ!」


「そんな……やっぱり私の膝枕は魅力がなかったのね……」


 うずくまって、地面をツンツンと指で刺す。


『エム氏のいけず』

『男として最低やな』

『膝枕してもらえない男の恨みを忘れるな』

『もうエム氏の配信は見ないわ』


「ま、待ってくれ! 俺が悪かった。シホヒメの膝枕、実はめちゃくちゃ気持ち良かった! てか一瞬で眠ったし」


「ほんと~?」


「お、おう!」


 後ろから妹の刺すような殺気に耐えながら、必死に謝った。


 バタバタしながらも、ようやく落ち着いたので百連ガチャを引く。


 今日の白は二十六個も出た。


 その上、ラスト一個は――――赤色だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る