第27話 退院

 今日も漆黒ダンジョンにやってきた。


 向かうのはもちろん――――五層だ。


 リンがいると向かうところ敵なしというか、彼女の反射速度と判断能力が高いため、俺はただただ歩くだけだ。


 一層から四層までならただ歩くのも悪くない。


 ただ五層に着くと――――


「うわあああああ!」


「大丈夫……?」


「ひ、ひいぃぃ…………」


 どうしても情けない声が出てしまう。


 飛んでくる大きな槍が宙を舞う。リンが払ってくれるから問題ないけど、怖いものは怖い。


 リンは触手を二本伸ばして、一本で俺を守ってくれて、もう一本で攻撃をする。


 シホヒメも慣れているのか、現れるダークナーガに向けて容赦のない魔法を叩き込む。


 それも相まってというか、爆風が俺の全身を襲う度に肝が冷える。


 昼近くまで長時間休憩を取らずに狩りを続けた。シホヒメも五層では休憩はあまり取りたくないらしい。


 そりゃ……休んでてあんな槍が飛んで来たらひとたまりもないからな。


 アラームの音が鳴り響いて今日の狩りの終了を告げる。


「シホヒメ~帰るぞ~」


「もうちょっとだけ!」


「……置いて行くぞ?」


「待ってよ~!」


 二日目のシホヒメは少し光ってるけど、基本的に幼児退行している。


「昨日出た【帰還の羽根】を使ってみるか」


「売らなくていいの?」


「売れるかも知れないけど、その前に効能をちゃんと調べてみないとな」


「それなら魔物の近くで使ってみた方がいいかも?」


「ん?」


「魔物がいないところで出られるのと、魔物がいるところでも出られるのだと価値が違うからね」


 …………シホヒメって意外なところで頭いいよな。


「よし。採用!」


「わ~い!」


 …………うん。やっぱり意外なところで頭がいいだけだな。


 シホヒメの提案の通り、四層でダークリザードマンを呼び寄せる。


 リンが触手を鞭のように操り、近づいて来たダークリザードマンを掴んで宙に浮かせる。


 暴れるダークリザードマンは長い爪でリンの触手を斬りつけるが傷一つ付かない。


 リンって意外と硬いんだな。


「じゃあ、飛ぶぞ~」


「は~い!」


 リンを一度撫でてから、ガチャ袋から【帰還の羽根】を取り出して発動させてみる。


 俺とリン、シホヒメの体を光の粒子が一瞬で包み込むと、視界が暗い洞窟から外の世界に切り替わった。


「お~本当に一瞬で外に出られるんだな! これは便利!」


 ダンジョンの深層は往復するだけで時間がかかるからな。


 喜ぶと思ったシホヒメが何かを考え込んだ。


 俺の視線に気づいたのか、俺を見てニカッと笑顔を見せた彼女は何も言わず、俺に付いてきた。


 いつもならダンジョンで追加狩りをするのに、昨日今日は一緒に来るんだな。




 病院に着いて奈々の病室に向かう。が、何か部屋の前が騒がしい。


「ですから、こちらの患者さんはちゃんと生きてますし、看護も必要です! ちゃんと料金も頂いております!」


「ふん。ここはホテルじゃない! いつまでもにならない患者を抱えていても仕方がないんだよ。そろそろ期限の一年が経つんだぞ?」


「そ、それは……ですがちゃんと病室代は払われています!」


「だからここはホテルじゃない。ただ眠っているなら病院じゃなくてホテルに行かせたらいい」


「っ…………それでも医師ですか!」


「ほぉ……わしに向かって医師を語るか。では聞こう。今でも重病で入院できない患者もいるんだぞ? 手術が必要な患者を見捨てるというのか? ここの患者はただ眠ってるだけだろ?」


「そ、それは…………」


 白衣を着たふくよかな男性と綾瀬さんが言い争いをしている。


 少なくとも、指差したのが奈々の病室であり、寝ている患者というのが奈々に向かって放たれた言葉なのも簡単に推測できる。


「あの」


「っ!? 陸くん……」


「ん? あ~こちらの患者さんの保護者さんでしたね」


「どうも。妹がどうかしましたか?」


 男の口角が少し上がった。


「こちらの患者さんは【ダンジョン病】でしたね。ダンジョン病は意識がないだけでちゃんと成長するという不思議な病気です。その分、緊急性は殆どありません。それは貴方もご存知ですよね?」


 ああ……痛い程知っている。そもそも十年前から何度も説明を受けている。


 通称【ダンジョン病】。


 普通の病気とは違い、体が動けなくなるだけで意識はちゃんとあり、驚くことに何もしなくても体がしっかり成長している。まるで体を動かしているかのように。


 眠り続ける病気の一番厄介なところは衰弱だが、食事を取らなくても体は元気に育つ不思議な病気。


 中にはそれをやまいとして見ていない人も多い。この院長・・もその一人だ。


「この部屋は重病の患者さんのための病室です。一年前、こちらの看護師から一年だけ見てくれとお願いされてここに入りましたが、そろそろ一年が経ちますからね。そろそろ帰って・・・頂きたいんです」


 全くの初耳だ。


 この病院に通っていた頃からよくしてくれた綾瀬さん。


 彼女からこの病室に入らないかと提案されて入った。


 俺が視線を向けると、彼女は申し訳なさそうに俯いていた。


「…………わかりました。そういうことでしたら、妹は退院させます」


「ええ。ぜひとも」


「待ってください! この病室は殆ど使われないじゃないですか! 空いてるなら――――」


「それはそうでもないのだ。葛原くずはら財閥の息子さんが病気でな。ここに入院することが決まったんだよ」


「っ……!」


「何だね? 重病の患者が優先されるのは当然だろ?」


 このまま綾瀬さんに負担を掛けたくない。


 二人の間に割り込んだ。


「わかりました。おかげで長い間とても助かりました」


「陸くん!?」


「綾瀬さん。ありがとうございます。でも俺は大丈夫。何とかします」


 妹の荷物は全くない。服も基本的に患者衣なので下着くらいなものだ。それも全部綾瀬さんがやってくれたっけ。


「シホヒメ。悪いが妹の着替えを手伝ってくれないか? リンも」


「うん」


 リンはそのまま人型形態に変化して二人で奈々の着替えを始めた。


 こういう日がくるかもと服を事前に準備しておいてよかった。


「綾瀬さん。色々助けてくださりありがとうございます」


「う、ううん。私…………陸くんの力になれなくて本当にごめんね?」


「いいえ。綾瀬さんがいてくれて本当によかったです。おかげでリンとシホヒメという仲間もできましたから」


 悲しむ綾瀬さんを残して、着替えが終わった奈々を迎えに病室に入った。


 綾瀬さんがどうして俺達を助けてくれたのかはわからないが、こればかりは仕方ないと思う。


 病院を出ようとした時、綾瀬さんが事前に払っておいた入院費を持ってきてくれ、最後の挨拶を交わした。

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