第25話 底辺探索者の憂鬱

「エムくん? 大丈夫?」


 地面にひれ伏せている俺にシホヒメが心配そうに声を掛けてくれる。


「大丈夫なわけないだろおおおおおお!」


「うふふ~いっぱい歩いたもんね~」


「そうだよ! いっぱい歩いたよ! むしろ、歩いただけだよ!」


「はい。ハンカチ」


「ううっ……」


 ダンジョン二層。それは俺にとってはまるで夢のような世界だった。


 二層に向かって真っすぐ歩いて、落ちた魔石を拾って、また三層に向かってを繰り返す。それだけ。


 俺の夢のような世界は、リンの前でただの雑魚狩りにも等しかった。


 気が付けば、夢のまた夢だった五層にやってきたのだ。


 一層がダークラビット、二層がダークウルフ、三層がダークゴブリン、四層がダークリザードマン。


「五層にはどんな魔物が現れるんだ?」


「ここは確かダークナーガという蛇女が出るはずだよ」


 蛇女か……漆黒ダンジョンがいくら初心者ダンジョンとはいえ、ここまでくると不安に駆られる。


 俺のように戦闘用ギフトがない人は一層ですら苦労する。そこから五層……。


 その時、遠くの影からこちらに向かって何かが飛んできた。


 バーンという鈍器を叩いたような音が響いて、俺の前から大きな槍が宙を舞う。


「ひい!?」


 俺の視界にリンの手が鞭のようにしなっていた。


 そこには胸から下半身が蛇で、胸から上が女になっている真っ黒い蛇女がいた。


「――――ヘルフレア!」


 シホヒメの声が聞こえて、真っ赤な火の玉が放たれて蛇女に直撃すると爆発を起こした。


「ひいいい!?」


「エムくん。もう大丈夫だよ~」


 キラーン☆


 爆発中でも光るのかよ!


 ダークナーガとやらが俺を目掛けて槍を投げ込んだようだ。もしリンがいなければ……。


「り、リン!」


「守る……」


「あ、ありがとぉ……」


「エムくん~次々いくよ~!ここから小魔石が拾えるからね!」


 槍を投げ込まれた恐怖と、シホヒメの小魔石という嬉しさが半々でおぼつかない足を動かして小魔石を拾いに向かう。


「ぷふっ。なにその歩き方~」


「き、気にするな」


「なんかカニさんみたいだよ?」


「足が上がらないんだよ!」


「ふふっ。腰が抜けなかっただけでも凄いね~」


 お、おう……本当ならとっくに立てられなくなった気がする。


 何とかダークナーガがいた場所まで移動して小魔石を拾って魔石ポイントに変える。


 五層に来たのも初めてだけど、魔石ポイントが一つの魔石で十ポイント上がるのも始めてだ。


「アイスジャベリン~!」


 シホヒメの前方に氷の大きな槍が二本作られて別々の方向に飛ぶ。


 そこにいたダークナーガを貫いて一撃で倒した。まるでリンの棘みたいだ。


「シホヒメ……お前…………」


「うん?」


「実はめちゃくちゃ強いんだな?」


「えへへ~初日は元気ハツラツ~!」


 ちょっと違う気がするけど、仲間としてはこれとない戦力だ。


 小魔石を回収しながら、暫く五層でダークナーガを狩り続けた。


 もちろん、俺を目掛けて飛んできた槍の数は途中で数えるのをやめることにした。




 ◆




「奈々ぁぁぁぁぁ」


「よしよし…………」


 俺の頭を柔らかいリンの手が撫でてくれる。


「俺、何度も死にそうだったんだぁぁぁ、あんな怖い槍を投げられてよぉぉぉぉ」


「うふふ……リンちゃん守ってくれてありがとう…………あい……」


「うおおおお。リン様ありがとぉぉぉぉ」


「えっへん……」


 今日何度も死にかけていたから、リンが俺の従魔で良かったと何度も思った。


「お兄ちゃん……? 無理は……しないでね……」


「もちろんだ。ちょっと――――いや、めちゃくちゃ怖いけど、リンとシホヒメがいるなら五層も怖くないからな。頑張るよ」


「あい……」


 暫く奈々とリンを堪能して病室を後にする。


 その時、俺の前を塞ぐのは――――


「えっ――――陸くん! 怪我はない!?」


「綾瀬さん!? は、はい。大丈夫です」


 彼女は俺の体をあちらこちら眺め始める。


「今日五層に向かったって聞いてびっくりしたよ!」


「あはは……リンのおかげで何とかなりましたよ」


「そっか。それはよかったよ本当に」


「心配してくれてありがとうございます」


 どうやら彼女にも心配をかけてしまったみたいだ。


 後ろから何やら視線を感じて振り向いたら静かにしていたシホヒメがジト目でこちらを見つめている。


「どうした? シホヒメ」


「――――エムくんは私のものよ」


「っ!? ま、まだ陸くんはシホヒメさんを好きになっていないよね!?」


「いえ。彼は私にぞっこんよ」


 おい。嘘つけ。


「あの顔よ?」


 俺を指差す綾瀬さん。


「きっと照れ隠しね」


 ちげぇよ!


「それに私達はもう――――同じ部屋で過ごしているわ」


「ばっ!? お、おい!」


「――――――」


 綾瀬さんが何かを話そうとして口をパクパク動かして、それから糸が切れた人形のように沈んだ綾瀬さんがゆっくりと俺達から離れて行った。


「綾瀬さん?」


「ふっ。勝ったわ――――痛っ!?」


 ドヤ顔しているシホヒメの頭にチョップをかます。


「はあ……変に誤解させるなよ。確かに一緒に過ごしているが、お前は帰れ」


「え~私のこと嫌い?」


「うん」


「そんなぁ……私はエムくんが大好きなのに」


 別にシホヒメのことは嫌いじゃない。ただ好きでもない。というかただ目的が同じで一緒にいる仲間って感じ?


「俺じゃなくてガチャがな」


「てへっ」


 キラーン☆


 はあ……初日のシホヒメは本当に驚くくらい光り輝いていて笑顔も可愛い。


 テレビに出るような綺麗な女優さんと間違う程に美しい。


 まあ、眠れなくなるとただの残念美女だがな。


「帰るぞ。残念美女☆彡」


「うん~!」


「お、おい! くっつくな! リンに刺されるぞ?」


「ひい!」


「シャー!」


 威嚇するリンとアタフタする残念美女と共に家に帰って行った。


 …………綾瀬さんは大丈夫だろうか?

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