12-3 Boy meets detour girl

 保守防衛装置ことメタスクイド群の狙撃を続ける二機のウィングガン+だが、十八体目を落とした頃から次第にプラズマ砲での撃破が難しくなりつつある。神経接続開始から八分が経過し、ヒトとセリは焦り始めた。

 リングメタストラクチャーの勢力圏は半径およそ六キロメートル、プラズマ砲の有効射程は伸びたとは言え約二キロメートル、知覚可能距離も精々一千メートル弱。狙撃が届かない範囲を学習したのだ。ここから先は通常パターン通り、突入するしかない。


「セリはそのまま、狙撃、続けて」


 ヒトは彼らの勢力圏内へ向けて舵を切る。加速スラスターのスロットルを開け、大気中より低くなった音を轟々と唸らせる。一方、メタスクイド群は即座に侵入者に反応した。

 まだ三十数体の保守防衛装置の群れが蠢く勢力圏内へ、白い機体を滑り込ませる。

 直径が三キロメートルにも及ぶ超空間接続ゲート、即ちリングメタストラクチャーは巨大で、二号機ウィングガン+からすればほぼ直立した壁だ。真ん中の大穴の中へ迷い込めば、戻れる保証は何処にもない。

 メタスクイドは進化段階C型とD型が混在している。先に仕掛けたのはC型の銛状触手だが、著しい進化を遂げたウィングガン+の敵ではない。

 ヒトは機体を左に旋回させ減速、放射状に伸びて迫る六本の楔を軽々と回避する。


「んんっ!」


 イオは一瞬の痛苦に声を漏らす。しばらく耐G負荷が少ない単調な狙撃を続けていたため、帰還作用に身構えてなかったのだ。


「まさか、キミに、還っているのか?」


 ヒトはようやく理解した。声のトーンに明らかに驚きが含まれている。だが、彼女は返事を返さない。いや、すぐには返せない。

 その時、下方左から二号機ウィングガン+に急接近するメタスクイド。やむなく速度を上げ左へ転身、振り返りざまにプラズマ砲一閃。爆散した彼らを尻目に口を開いた。


「な、なんで、黙ってた?」


 二号機ウィングガン+は緩やかなカーヴを描いて上昇を始め、一時勢力圏外を目指す。加速スラスターの振動が二人を共に揺すっている。


「あ…… あなたと違って、い、痛い、だけだからっ!」


 ようやく言葉を絞り出す。


「このくらい、が、我慢するよっ…… 大事な、大事な弟、なんだからっ!」


「…………」


 一瞬の逡巡。イオの気迫に彼は押された。


「ほらっ! ヒト、ま、前見てっ!」


 目前に現れたD型メタスクイドのプラズマ擬きを横ロール回転で躱す。ほぼ同時に左アームのバイブレードを起動、逆噴射の減速。機体をUターンし、直後に加速スラスターのフルブースト。推力偏向ノズルが真っ白な炎を吐き散らし、彼らの背後に肉薄する。

 超振動の長刀を閃かせ、黒い三角錐の横腹を一瞬で両断。保守防衛装置は構造崩壊を起こし、月の大地に砕けた骸をぶち撒ける。再び、白い機影は月の天空を駆けた。




***




 ヒトの息が上がり始めた。

 薬物で接続負荷による苦痛をねじ伏せているが、接続した神経は異常信号を発し続け、肉体を正常から遠ざけている。いや、蝕んでいる、と言った方が適切だ。

 視界同期ゴーグルに隠れて見えないが、既に穴という穴から血が吹き出していた。白かったガンナースーツに、ぽつぽつと赤い染みが目立ち始める。後付けのルームミラーは後席のイオに見えないよう、いつの間にか外されていた。

 神経接続の継続制限まであと三分。その時、後方アストレアからの砲撃が届き始めた。


『ようやく、きた…… って、ヘパイストスが……』


 ニュクスは喜びの声を上げるが、変わり果てた母艦を見て絶句した。シュペール・ラグナとの交戦で満身創痍のヘパイストス。一部がまだ炎を上げ、濛々と黒煙を引いている。

 メタスクイドはまだ二十数体が健在だが、両艦はこのまま勢力圏に突入するしかない。アストレアのIVシールドは半分同胞たるメタビーイングには役に立たない。

 二機のウィングガン+はメタスクイド狙撃を中止し、アストレアとヘパイストスの護衛に回る。メタスクイド群もまた、勢力圏への新たな侵入者にその牙を剥く。

 追いと守りでは勝手が違い、ウィングガン+は得意の機動性を活かせない。メタスクイド達は容赦なく両艦に群がり、さらなる猛攻を加えていく。

 交錯する閃光、粉砕する保守防衛装置、被弾により渦巻く爆炎。正に無音の混沌。

 アストレアとヘパイストスはさらに加速を増し、目前にまで迫ったリングメタストラクチャー、彼らの地球侵攻拠点、超空間接続ゲートを目指す。


『イオ、ヒトは、ヒトは大丈夫なの?』


 青いアイコンの通信。セリがイオに呼びかけているのは、既に察しているからだ。だが、彼女も度重なる痛苦の中で余裕はない。


「な…… なんとか……」

『えっ、なに? どうしたのっ?』

「ヒトも…… だ、だいじょう…… ぶ、だから……」

『イオ、アナタもちょっと……』


 セリは返信の様子から、イオの異常に気がついた。だが、彼女に一瞬の隙が生まれ、一号機は右のイ重力制御エンジンにプラズマ擬きの被弾を許す。眩い閃光と飛び散る破片、無音の振動と被弾アラートだけが一号機のコクピットを襲う。


『ああん、もうっ! こっちはまだ大丈夫だからっ!』


 そう言い伝えると同時にアイコンが消える。通信する余裕はセリにもなくなった。彼女は一号機の崩れた姿勢を立て直し、再び護衛射撃に集中する。


『あと少しっ、あと少し持ち堪えてくれっ!』


 ヘパイストスのアイコンがポップアップ、クライトンの通信が入る。同時に、一体のメタスクイドが弾幕を掻い潜り、下方よりアストレアへ突進した。

 だが、ヒトは見逃さない。加速スラスターの轟音と共に音速を超えて猛追する。アストレアを舐めるように飛翔する彼らをプラズマの鉄槌で打ち砕く。

 再び閃光、ヘパイストスの艦底がプラズマ擬きの被弾を許す。無人の5F居住区が月の薄い大気に晒される。セリが渾身の本家プラズマ弾をプラズマ擬きの主に叩き込む。爆散。

 彼らを撃破可能なのは二機のウィングガン+のみ。両艦とエリックのAMD171はひたすらプラズマ射線の弾幕を張り続けるしかない。

 ブリッジのメインモニタに超空間接続ゲートとのマイナスカウントが開始。クライトンは唇を噛み締めながらそれを睨みつけている。

 そして、遂にアストレアとヘパイストスの分離ポイント通過した。マイナスカウントはゼロを示し、曳航解除のテロップがメインモニタの下端に流れる。


『よしきたっ! 連結、解きまーすっ!』


 ヒライの掛け声の通信。直後、ヘパイストスはアストレアと連結していた資材搬入用マニピュレータを爆破、接続を解いて急制動の逆噴射を開始する。

 一方、僚艦から解き放たれたアストレアはさらに加速度を増す。揺さぶる轟音、エリックの乗るウィングガンは急制動の慣性により前方に投げ出された。

 だが、エリックはヘパイストスと繋ぐ電磁アンカーを切断、加速スラスター点火。ぐるりと機体を翻し、前方のアストレアに向け全開加速を開始する。

 エリックは電磁アンカーを今度はアストレアに放つ。だが、一歩及ばず届かない。アストレア艦首に貼り付く乳白色のメタスクイドが後方に白い銛状触手を放ち、電磁アンカーと入れ違いにエリックの機体を捉える。

 銛状触手はウィングガンに絡みつき、アストレアに引き寄せた。


『こうでもしないと君は止めるだろう? 僕にだって選ばせてよ』


 ウィングガンのコクピットの中、エリックはしたり顔で呟いた。


『もうっ、しょうがない人』


 アルヴィーは演算思考体とは思えない呆れた声を漏らす。

 アストレアはさらに速度を上げ、超空間接続ゲートの中心部、別宇宙へと続く深淵の闇に向け、自らの欠片を撒き散らしながら艦首を突き立てていく。

 逆噴射により減速、そして後退に入るヘパイストスもまた傷だらけだ。


『アルヴィーさん、父によろしく、と』


 クライトンはメインモニタに映るアストレアに通信を送った。


『ハワードは今ここで聞いているわ。ありがとう、って』


 アストレアはエリックのウィングガン諸共、超空間接続ゲートを通過した。


『私からも超研対一課第五の皆さん、ありがとう』


 アストレアの最後の通信。




***




「イオ、アンチグラヴィテッド狙撃シーケンス、入って」


「了、解」


 異重力マップボードに両手を伸ばす。アンバー照明の中で、一層際立つグリーンの基本パターン。己が異重力知覚が感じるまま、各種パラメータを一つ一つ丹念に埋めていく。

 だが、神経接続の継続制限まで一分を切り、また、狙撃軌道に乗せる猶予も、そもそも軌道の確立すらできていない。

 イオは彼が何をするつもりか、理解している。


「アンチグラヴィテッド……調律、完了」


 落ち着いて彼に告げる。ヒトは電磁レールガンにアンチグラヴィテッドを装填する。大質量の金属同士が噛み合う音だけが機体を通してコクピットに伝わった。物言わず、機体とヘパイストスとの距離を徐々に取り始める。

 ヴン……と、微振動がコクピット全体を包み込む。マグネトロントロンキャパシタが始動し、セーフティ解除を承認。電磁投射砲の砲身が帯電する音までは聞こえない。

 二号機ウィングガン+の加速スラスターを全開、タッチディスプレイからイ重力制御の推進重力も加速方向に振り分ける。最大加速でリングメタストラクチャーの周回を開始。

 加速スラスターが生み出す轟音、一段とピッチが上がるイ重力制御エンジン稼動音。


『ちょっと待ってっ! ヒトっ!』


 青いアイコン、セリは思わず声を上げる。だが、一号機はイ重力制御エンジンの被弾のため、後方援護に就く機動速度が出せない。

 二号機ウィングガン+のメインモニタには、直立する超空間接続ゲートの壁が矢のように後ろに流れ去っていく眺めを映しだしている。


「イオ、ごめん」


 ヒトは呟くと足下のパネルを開け、赤い制御装置の物理ボタンを踏みつけたコクピットメインモニタ下端に流れる《Nerve Connective Control》、それに続く《Bypass》。メインモニタが赤い《Warning』サインで埋め尽くされる。

 頭を突き抜ける耳鳴り、長い針を背中に差し込まれたような激痛。

 イオは歯を食いしばって耐える。


 ――― 止められない、でも、私は…… 彼を……


 ヒトは狙撃軌道の確立抜きでアンチグラヴィテッド狙撃を行うつもりだ。

 加速スラスターのフルブーストの咆哮、イ重力制御エンジンの超稼動が奏でる不協和音はピークを迎え、機体直下の一対の発光現象が眩い光を放ち始める。


 ――― ヒト、お願い……


 超空間接続ゲートの向こう側、アストレアからの攻性予測演算はまだ続いている。ウィングガン管制システム、統合後の〔三番目のイレヴン〕、そしてへピイATi。全ての演算情報が何の保護もなく剥き身でヒトの神経に流れ込んだ。


 ドクンッ——


 その瞬間、ヒトには全てのメタスクイドが止まって見えた。

 ヒトは視界に介入するターゲットポインタ、表面に沿って移動する異重力収束点を追う。

 そして、トリガーを引いた。

 アンチグラヴィテッド、異重力位相変換弾頭。砲弾運動エネルギー約六十メガジュールのそれが、無音でリングメタストラクチャーの異重力収束点へと飛翔した。


 一瞬だけ放たれた小さな煌めき。


 アンチグラヴィテッド着弾点を中心に『像の揺らぎ』に大きな波紋が現れ、リングメタストラクチャーの姿に鮮明さが増していく。

 時空歪曲防壁、IVシールドの消失が始まった。


『ヒトっ、ハヤくっ、ハヤく下がっテっ!』


 エドは対メタストラクチャー限定出力可変核弾頭の発射承認キーを押した。ヘパイストスは艦後部のミサイルスロットを開き、二発ずつ残り全弾を発射する。音もなく打ち上がる五対の矢はなだらかな弧を描き、全てがリングメタストラクチャーに着弾した。

 合計十発の核爆発を示す眩い閃光が辺りを照らす。巨大なリング型のそれは超高熱の大火球による構造崩壊を開始する。

 リングメタストラクチャー、超空間接続ゲートの破壊に成功した。崩れ落ちるその最後をメインモニタでブリッジクルーが、艦内モニタでヘパイストスクルー、そしてメディカルルームでリコとリウ医療管理官他スタッフが静かに見守っている。

 次々と自閉形態を解いて姿を露わにし、月面に落下を始める彼ら達。超空間接続ゲートが閉ざされ、メタビーイングの支配が届かなくなったからだ。




***




 力尽きた二号機ウィングガン+は月面に落下。辛うじて不時着していた。頭を振り、意識を取り戻すイオ。月面に堕ちた彼らの姿を見て、全てが終わったことを理解する。


「…… ねえ、ヒト君、ヒト?」


 声をかけるも返事がない。慌てて四点シートベルトの拘束を解き、前席のヒトに駆け寄った。だが、肩を揺り動かしても彼は身動きひとつしない。呼吸を確かめようと顔を近づけるとヘッドセットが邪魔をする。先ず自らが脱ぎ、ヒトも脱がした。

 ヒトは白目を剥き、目や耳、鼻、そしてNDポートから血を流していた。呼吸は止まり、脈もない。一瞬、我を忘れて取り乱す。


 ――― いや、待て、まだだ。しっかりしろっ、私っ!


 前席を目一杯リクライニングさせ、彼に馬乗りになる。心臓目掛けて組んだ拳を振り下ろし、人口呼吸を繰り返す。狭いコクピットと固定が利かない右脚、上手く拳に力が入らない。

 ヒトはピクリとも動かない。次第に涙が込み上げ、声にならない悲鳴が漏れる。


 ふと、彼と初めて出会った日のことを思い出す。


 イオは自らガンナースーツの胸元を開き、バックウェアを捲り上げた。続いてヒトの頭を抱きかかえ、自分と彼のNDポートを接触させる。視界にナノマシン管理メニューが介入する。

 だが、エラーが出たまま何も選択ができない。


「イレヴンッ! ねえ、あなたまだ残ってるんでしょっ! なんとかしなさいよっ!」


 彼の頭を抱く腕に力を入れ、イオは大声で怒鳴りだした。


「長いこと居候してたんだからっ! ちょっとは、ちょっとは役に立ちなさいよ……」


 怒声はいつしか嗚咽となり、最後はもう言葉にすらなっていない。

 その瞬間、ニューメディカの強制心肺蘇生が起動した。


『どんっ』

『どんっ』

『どんっ』


 ヒトは生還した。三度目の心臓マッサージの直後、イオの腕の中で大きく呼吸を繰り返し、何度も激しく咳き込んだ。

 安堵、そして脱力した途端、イオは心の中で何かが弾けた。込み上げる声を抑えることなく吐き出し、止め処なく溢れる涙を堪えることはない。


 ――― うるさい馬鹿っ! 私は嬉しいから泣くのだ。身体が欲しているから泣くのだ。ヒトが居なくなったら困るのだ。なんでって、知るかそんなものっ!


 しばらくして、ヒトは意識を取り戻した。視界の先の彼女を見て、苦労しながら笑みを作る。イオの頰に震える右手を伸ばし、親指で溢れ出る涙を拭った。


「よ、かった」

「うう、う、な、なにがよ……?」


 涙と鼻水でまた顔がぐちゃぐちゃだ。


「死に、損なって」

「もうっ、この馬鹿弟……」


 イオは再び彼を強く抱き締める。

 メインモニタ下端に青いアイコンがポップアップ、通信が回復する。セリとニュクスの声が聞こえる。随分とくたびれたが、ヘパイストスも健在だ。

 イオは父と〔三番目のイレヴン〕に感謝の言葉を口にする。

 ヒトは彼女の手を握り返した。


『ちょ、超研対一課第五のイオ・ミナミっ、ヒト・クロガネっ、回収願いますっ!』






◆◇◆






「イオ…… あ、あのさ……」

「なに? ヒト君」


「オトウト…… って?」

「えええっ! えーと、まあその、なんつうか、いやその……」



「えっとその、リ、リコも居るし、私、その、弟…… みたいなもの、かなって……」



「イオ、ウィングスじゃ、ないよね?」

「そっち?」





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