08-3 跳躍弾頭

 一課第五ウィングガンは応戦しながら後退する。だが、神経接続が未起動のため本来の機動速度が出せず、また簡単には異重力収束点に当てることができない。

 二号機ウィングガンプラスのコクピット。ヒトは下方を見渡す。

 彼らの勢力圏外海上に休止したパーシアス、近くに一課第四のウィングガン二号機が浮かんでいるのが見える。同三号機はすでに離脱した後なので探す必要はない。

 そしてメタストラクチャーAが前進するコース直上に漂っている一課第四の一号機、墜落したカイの機体を発見した。


「セリとリコは、先に戻って」


 短く通信で告げると、ヒトは二号機を旋回、カイの機体へと向ける。彼らに踏み潰されれば、カイはエルもろとも摂取されると目に見えている。

 ヒトはウィングガン管制システムを手動モードに切り替え、加速スラスター全開の鞭を打つ。目まぐるしくタッチディスプレイの上で踊るヒトの指。メタスクイドの迎撃を掻い潜り、海面すれすれに飛翔を続ける二号機ウィングガン+。白い飛沫が蛇行する機体の後を追う。

 今のヒトは神経接続と知覚共有の恩恵を受けていない。応戦してもプラズマ射線は虚しく曲げられ、追手の攻撃を躱すのが精一杯だ。加えて、二号機ウィングガン+は思考装甲を持たないため、直撃すれば大破は免れない。

 断続を繰り返す加速スラスターの爆音、混じるイ重力制御の重低音。先を急ぐヒトの二号機ウィングガン+。長骨の集合、複雑な構造連鎖が生み出す奇怪な運動。漆黒の巨体をじわじわと前に押し出すメタストラクチャー。彼ら目前に浮かぶカイの機体は、再び飛び立つことも許されない。

 カイの機体がメタストラクチャーAの目前、百メートルを切った。直後、ヒトの二号機は一気に減速の逆噴射。轟音と強烈な減速G。カイの機体に目がけて、T字型機体の両翼下に備わる電磁アンカーを放つ。


「当たれっ」


 一切の誘導がない目視照準だ。カーボンナノチューブの電磁アンカーは黒い軌跡を宙に描き、鈍い金属の打突音を発しカイの機体に命中。ヒトの二号機と連結した。

 ヒトはそれを確認した後、二号機の機体を旋回させ、カイの機体をパーシアスが浮かぶ方向に全力で牽引する。張り詰めるワイヤー、大爆音と重低音が二重に大気を震わせた。

 加速スラスターと共にイ重力制御エンジンの推進重力も加速方向に振り向ける。二号機ウィングガン+は、メタストラクチャーAの前進コースからカイの機体をギリギリで引き外す。直後、電磁アンカーを切断。機体は勢いそのまま、彼らの勢力圏の外へと舵を切った。




***




 一課第四ウィングガン一号機、カイの機体のコクピット。

 カイとエルは息を殺し、巨大な彼らが機体の真横を通り過ぎる様子を見つめていた。メインモニタの反対側には、飛び去る二号機ウィングガン+の後ろ姿。

 通信が断絶しているので、二人はヒトに何も伝えることができない。


「もう大丈夫だエル。じっとしていれば『スルメども』は襲ってこない」


 エルは後席を離れ、前席のカイに身を寄せている。


「ヒト君、助けてくれたんだね……」

「動けてはいるけど本調子じゃない。よくやる」


 カイの肩に回されたエルの両腕は徐々に力が抜けていった。現在のカイの機体は損傷が激しく、海面を漂うことしかできない。コクピット内は右に左にゆっくりと揺れている。

 しばらく沈黙して、カイはエルの顔を見る。ずれた黒縁眼鏡、まだ硬さが残る表情、僅かに潤んだ瞳。


「エル…… あのさ」


 カイの口ぶりに浮かぶ、僅かな葛藤。


「なに? カイ」

「それはそれ、これはこれって言ったら…… また殴る?」

「もちろんっ!」


 エルは自らのヘッドセットをカイのそれに、ごつんっとぶつけた。




***




 途中、二号機ウィングガン+は左アームに被弾するも逃げ切りに成功。ヘパイストスも一課第五ウィングガン一号機、三号機を回収した後に勢力圏を出た。

 結局メタスクイドは、リコ・ニュクス組の三号機が辛うじて一体撃破に留まる。

 ヘパイストスクルーは、二体のメタストラクチャーと四体のメタスクイドがじわじわと侵攻する姿を、ただ茫然と見続けるしかない。


 二号機ウィングガン+のコクピット。

 ヒトは手動モードからウィングガン管制システムを復帰させ、再び後席のイオに振り返る。


「キミは、誰だ?」


『我は孤立型汎用演算思考体エプシロン・フェーズ11。君達が八年前から探している〔三番目のイレヴン〕セカンダリコアだ。〔一番目のイレヴン〕の行動阻止を目的とし、我が半身と共に行動を開始する』


 イオの中の『それ』、その合成音声はへピイATiを介してヘパイストスにも伝わっている。だが、発信元を正しく把握しているのは、今イオの目の前に居るヒトだけだ。


 動揺が広がるヘパイストスブリッジ。


「おいおい、何者だよ? つうか十一段階目の演算思考体、都市伝説じゃなかったのか」

「半身ってなに? セカンダリってことはプライマリも居るってこと?」

「ファーストとかサードとか、サッパリ意味が分からナイ、重言じゃナイノ?」


 ヒライは驚きと興奮を隠し切れず、アレサとエドも揃って首を傾げている。

 現行法、即ちATiワールドオーダーにおいて、演算思考体の能力段階は国家の中枢を担うフェーズ10、つまり十段階目までしか存在は許されず、その規制下が二十年続いていたからだ。


「ついに、アストレアも動く……」


 ブリッジ前面モニタに映る二号機を見ながら呟く艦長。クライトンは艦長を一瞥するが沈黙。

 同時刻、一号機コクピットのエリックもまた、硬い表情で押し黙ったままだ。セリは一度後席のエリックを振り向くが、何かを告げようとして止めた。



 再び二号機ウィングガン+のコクピット。

 ヒトはただ茫然とイオの姿を見つめている。演算思考体フェーズ11、〔三番目のイレヴン〕セカンダリコアは再び沈黙。同時に、イオが意識を取り戻した。

 イオは右を見て、次に上、左へと視線を移し、前席で立ち竦むヒトと視線が合う。俯いて視線を落とすと、手に持ったガンナープラグにNDポートから生え出る銀の糸。

 そして、バックウェアごと大きく拡げられた胸元。またしても、マスキングポリマー製のブラが丸出しになっていた。みるみる頭に血が昇るイオ。


「はあっ? ちょっ、なんなのこれっ? なーんで私、胸おっ広げてるのっ!」


 驚かない方が無理がある。イオは状況が全く掴めず、混乱と怒りの声を上げた。


「ちょっとヒトっ、まじまじ見てるんじゃないよっ、あなたまた何か私にしたの? ねえっ、これどういうことか、説明してっ!」


 イオはようやく大騒ぎを始めた。




***




 イ重力研究科学局、地上五十階。アダム・ブレインズのオフィスにハスラーCEOの秘書、トオイ・イブキが黒いブリーフケースを携えて訪れていた。


「ブレインズさん。この度は『こんな時に』お時間を頂き、ありがとうございます」


 トオイは先日、ブレインズに紹介された時と同じ表情と同じ口調。前回と違うのはスーツが黒一色のパンツから胸元が開いた明るいベージュのミニに変わり、印象が随分と和らいだ。

 対するブレインズは普段と変わらない濃茶のスーツだ。


『こんな時』とは、現在、世界規模でフェーズ9以上の演算思考体が全て停止し、各地に大きな混乱を巻き起こしているからだ。


「ここまで来るのに苦労なさったでしょう、交通機関は大幅に遅延続き、道路はどこも渋滞。ここからでも良く見えますよ」


 ブレインズはそう口にしながら彼女をソファに誘導する。だが、窓のブラインドは朝から固く閉じられている。地上五十階、階下の喧騒はもちろん届かない。


「渋滞が酷くて電車を選んでみたのですが、クシャクシャにされちゃいました」


 トオイはゆっくりソファに腰を降ろし、にっこりと微笑んだ。後ろにまとめた髪が僅かに乱れている。座った拍子にスカートの裾がずり上がり、艶かしく露出を増やす脚

 だが、ブレインズの視線は彼女の顔に向けられたまま、微動だにしない。


「ああ、それはそれは。この辺りは平時も朝は大変ですから……」


 ブレインズがそう言いかけた時、ドアをノックする音。お茶を運ぶ事務職員だが、オフィスの主はそれを無視する。


「それでは、例の受領書類一式を……」


 と、トオイは持参したブリーフケースに手を伸ばす。


「CEOのノスタルジーに付き合うのも大変ですね」

「これでも私、楽しんでるんですよ、あの方の趣味には」


 ドアのノックは収まらず、ブレインズはまだ無視を続けている。


「それにしても、よく私共の製品をクラックできましたね」


 目を細めて呟くブレインズ。


「そうですね。御社の製品でないと…… ここまで持ち込めないからな」


 表情が消えると、トオイの中身が入れ替わる。そして、彼女の頭上五十センチほど上の空間から、それは放たれた。

 パシュッと消音が効いた小さな擦過音。ブレインズの眉間に小さな穴が空いた。ドアを叩く音は強くなり、部屋の主の名を呼ぶ声が大きくなる。

 光学迷彩—— イ重研製の対人攻撃ドローン。姿は見えず、それが存在していると思しき空間が僅かに歪んでいる。もちろん制御システムはクラックされ、枷は外されていた。

 トオイはソファに倒れこんだ亡骸を一瞥する。数秒後、一瞬の閃光、耳をつん裂く爆発音。砕け散る壁、ガラスの音が後に続く。

 広げたブリーフケースで爆破の破片から身を守るトオイ。オフィス中に舞い散るケースの中の書類。ソファの真横の窓が壁ごと吹き飛び、ぽっかりと大穴が空いた。それは何者かに外部から爆破されたことを意味している。

 視線を下に移すと、左腿に掌ほどのガラス片が突き刺さっている。無造作にそれを引き抜くと、傷口がたっぷりと血を吐き出した。だが、構うことなく立ち上がり、空いた大穴に向けて走り出す。迷うことなく跳躍した。

 髪は強風でほどけ、身体は二次曲線を描いて地上を目指す。直後、上空から飛来する深紅の巨大物体。落下中の彼女をマニピュレータが掬い上げる。

 イカロス粒子重力場干渉制御、その丸い重低音がイ重力研究科学局ビルを震わせた。ワインレッドで塗装された機体、ウィングガンAMD176だ。

 ウィングガンの両翼下、マニピュレータに掴まるトオイ。出血を続ける左腿には、傷口から現れた無数の金糸が修復を始めている。




***




 今まさに、静岡県富士市に上陸せんとする二体のメタストラクチャー。

 ヘパイストスは再出動に向け、ウィングガンの修理とウィングス達の神経メンテナンスを急がせる。だが、間に合いそうにはない。

 超研対は他のどの課も艦の基幹システムATiが停止し出動ままならず、ブリッジクルーは偵察ドローンの映像で二つの巨体を苦々しく睨みつけていた。

 突如そこへ、見慣れぬ航空巡航艦が現れた。富士市上空一万メートルの雲間から急速降下する姿を偵察ドローンが捉える。ブリッジ前面のメインモニタにミニウィンドウが開き、その様子をズームアップ。深紅に染められた禍々しい巨体。


「あれは、シュペール・ラグナ、ではないか?」


 アンダーソン艦長は大きく目を見開いた。その姿はヘパイストスよりも大柄、イ重力制御エンジンは八基、多連プラズマ砲も合計十六門とハリネズミのように突き出している。陰気なワインレッドの塗装と相まって、外宇宙の襲来者とはまた違う異形の怪物に見せている。

 シュペール・ラグナの上部ゲートから、同じく深紅のウィングガンが二機、いやウィングガン+AMD176が発進した。甲高い加速スラスターの爆音を響かせて加速、緩い放物線を描きながらメタストラクチャー勢力圏に二機揃って突入した。


「イナロク? ウィングガン+にしちゃ、なんか変だな……」

「あーっ、アレ、メインカメラとコクピットが無いネっ!」


 ヒライが首を傾げると、エドが思わず声を上げた。コクピットがごっそり省かれ、メクラ蓋で強引に塞がれている。詳しく観察すると電磁投射砲も無く、両肩に装備するのはロケットポッドらしきものだ。


「ん? 無人機? 誰かが遠隔操作でもしてんの?」

「そうだネ、一次使用者が居れば合法、なんだけどネ」

「なんでお前知らないの? マニアの癖に」

「ミーはあんなの聞いてナイヨっ!」

「あれえ? 今動けるのは俺達だけじゃないの?」


 ヒライとエドは顔を見合わせた。


「エ? だってアレ、まさか自律型?」


 対するメタスクイドは自らの勢力圏に浸入した新参者に即座に反応する。

 だが、深紅のウィングガンは二手に分かれると、メタスクイドに目がけてプラズマ砲ではなく、両肩のロケットポッドから『誘導弾のようなもの』を放った。

 真っ白い尾を引く『誘導弾のようなもの』は、IVシールド影響範囲の手前で煙りが消えるように消失。直後、彼らの至近距離に現れて起爆。時限信管式の炸裂弾によりメタスクイドは胴体の半分を失い、消滅した。

 偵察ドローンからの一部始終をスロー映像で確認するクルー達。感嘆混じりの声はヒライだ。


「ちょっと待て。ありゃ跳躍弾頭そのものじゃんよっ! 完成してたのか?」


『誘導弾のようなもの』が全ての保守防衛装置を撃破すると、今度はシュペール・ラグナ後部から二発の『限定可変核のようなもの』が怒号と共に撃ち放たれた。

 同じくIVシールド影響範囲目前で消え、直後に時限爆破の大轟音を上げる。二体のメタストラクチャーは富士市上陸を目前にして、二つの巨大な火柱と化した。

 時空歪曲防壁IVシールドを超空間接続によって飛び越える、対メタストラクチャー直接打撃兵器。通称『跳躍弾頭』。


「あんなの聞いてナイヨ……」


 再び茫然とするエド、そしてヘパイストスクルー。シュペール・ラグナは深紅のウィングガンを回収、急速に高度を上げてジャミング―― 欺瞞波電子妨害を開始する。

 ヘパイストスの哨戒システムはシュペール・ラグナを見失った。

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