第24話 思惑


マリアにとって自身の欲が長い月日が経つにつれ、曖昧になってきていた。

どんな魔力や気を喰べても、何故か満たされない気がしてならなかった。

悪魔の自分自身を喚ぶような者も皆、欲にまみれた思考しかしていない。

しかし欲があるからこそ悪魔に魅入られて契りを交わすのだから仕方がないのだ。と



「姉さんを……こんな風にした奴を見つけて欲しい」


姉の亡骸を抱えて先ほどまで泣き崩れていた青年がそう言った。

何もかも諦めてすぐにでも魂を代償として捧げそうな顔をした青年の横で、今回も同じ様に満たされない時間を浪費してしまったな、と飽き飽きして余計に目の前の黒く焦げた物体を眺めていたマリアに対して青年のその言葉には少し驚いてしまった。


「僕の手で掴むことが出来なかった姉さんの幸せを壊したのだから、その代償は払ってくれるでしょう? 」


そういえばこの青年に喚ばれたとき今までにないくらい良質な魔力を持っているなとマリア思っていたが、よくよく観察してみてこの質が良い魔力の根本を理解した。

すると目の前の青年がまたとないご馳走に思えてしまい、口角が緩んでしまいそうになった。

青年はマリアの様子を感じ取ったのか、マリアの方に身を乗り出した。


「暴食の悪魔、僕に従え。

そしたらお前の望むもの僕が与えてやるよ」


「……くくくっ、ふはははははっ、逆に悪魔の儂が与えられる側になろうとは面白い小僧だのぅ。

それならお主のその膨大な魔力を儂に喰わせ続かせろ。

その魔力気に入った。

魂の方が極上だが……少しずつ喰うのも醍醐味だからな」


マリアは少しだけこの青年なら自身のこの満たされない中身の気休めとなってくれるのではないかと期待を膨らましていたのであった。

そしてユヅルとマリアは契りを交わした。





郁達の前に大きい魔法陣が現れると、先ほどまで倒れていたユヅルと藍が目をゆっくりと開け始めた。


「主様、お目覚めか?

夢見はどうじゃった? 」


「……それより、起きて早々結構やばいことになってるね。此処」


ユヅルは上半身を起こすと、周りを見渡した。

先ほどよりも空間が歪み始めていて、出口も分からない状態になっていた。

藍も起き上がると、袖からカードを取り出した。

しかし絵は消えており、真っ白になっている。


「あら、そんな残念そうな顔しないで頂戴?

可愛い顔が台無しよ? 」


藍の肩に手を置くと、嫉妬《アルファ》の悪魔はにこりと微笑んだ。

そしてマリアの姿に気づき、睫毛の長い目を少し大きく開いた。

マリアはアルファに向けて、にかっと笑うと手を振った。


「それにしても久しぶりねぇ、マリア。

その姿ちょっとだけ珍しいじゃない」


「これは主様の趣味だ」


マリアはドヤると、アルファはユヅルの方に視線を動かし、すぐにマリアの方に視線を戻すと、頬に手を添え、困ったように眉を下げた。


「……そう、知的な顔してるのに、そういう趣味なのね。

あ、貴女は気にしないで、むしろ知らなくていいことだから」


アルファは藍の方に、にこりとほほ笑んだ。

すかさずリリィが会話に参戦するかのように、ユヅルの方に顔を向けた。


「えぇ、ユヅルくんってもしかして……っ!! 」


「そこの三匹煩い。

…とりあえず、此処からノアの箱舟内に戻ろう」


ユヅルは呆れた様に深い溜息をついた。

ユヅルは差し出された郁の手を取り、立ち上がった。


「でもどうするんですかユヅルさん」


「安心してください郁さん。

大罪の悪魔であるお三方がゲートを開けたように似た方法で戻れるかもしれません。アルファさん早速ですが力を貸してくれませんか? 」


藍はアルファの方に視線を向ける。


「言っておくけど、そのノアの箱舟? っていうところの道案内はしてもらわないと困るわ。

アタシ場所分からないもの」


アルファはそう言うと、体長6.7mほどの大きさの魚へ姿を変えた

そして大きな口を開いた。

幼い頃見た絵本にこんな風に魚の体内に入ってしまうお話があったが、あのとき出てきたのは大きな鯨だったなと郁はふと思い出していた。

郁は魚の口の中に入ると、腰かけた、

中は脈打つ音が間近で聞こえはするが、少し人肌のように温かい。


「夕凪ちゃんとラヴィさん無事かな」


郁はぽつりとそう言うと、隣に座るリリィが笑顔で郁の手を握った。


「大丈夫だよ!!

だってラヴィさんも夕凪ちゃんも強いもん!

それにこの男の子に部屋に飛ばされる前に七瀬ねぇの匂いがしたんだ」


「七瀬さん? 」


郁はリリィの方に顔を向け、瞬きする。

リリィは郁の返答にこくりと頷く。


「ノアの箱舟にいる七瀬ねぇがもしかしたらラヴィさんと夕凪ちゃんのこと助けに来てくれてたのかも!

だからもしかしたらもうノアの箱舟の方に戻ってるかもしれないよ~」


「そうだね。

入って来たホールの近くだったし、七瀬さんも居てくれたなら戦わなくてもうまくノアの箱舟の方に戻ってるかもしれないね」


郁はそう言うと、アルファが口を閉じていくにつれ、少しずつ見えなくなる部屋の景色を見ていた。


「それじゃあ、行きましょう」


藍はそう言うと、アルファの下にホールのようなものが出来る。

微かに水音がする。

次にアルファが口を開き、郁の目の前に広がった風景は所々破壊されているノアの箱舟の内部と、包帯を巻いた隊員達の姿だった。






ぽたっ、ぽたっと地面に水滴が落ちる音に夕凪は目を覚ました。

周りは薄暗く、微かに見える地面が遠く感じる。


「あ、起きた?

世釋様の妹ちゃん 」


声のした方に視線をうつすと、ニヤニヤと笑うシキ・ヴァイスハイトがいた。


「お前、強欲の悪魔の……!!!

痛ぁっ……!? 」


ギギッと音がすると、夕凪の左腕に激痛が走った

見ると、銅線が腕や、足、至る所に巻かれており、そこからポタリポタリと血が滲み滴り落ちていた。


「あんまり動かない方がええで。激痛やろ?

ちょっと可哀想やけど世釋様の命令やから我慢してな」


「……っ、私を捕まえて世釋あいつは何をしたいわけ? 」


「僕からネタバレはできひんよ……

とりあえず君の血の余分なものを出し切って、捧げられる状態にするように僕は言われとるだけ~」


「捧げられる状態にする……?

どういうことよ!! っっ……! 」


「ほら、言わんこっちゃない。

見てても痛々しいからやめてえな~。

さて……あとは世釋様と兄妹水入らずでお話したってや」


シキはひらひらと手を夕凪に振ると、暗闇に消えていった。

すると入れ替わるように世釋の姿が現れた。


「夕凪ごめんね。

もう少し我慢してて、済んだらちゃんと降ろしてあげるからね」


「どういうことなのか説明しなさい世釋! 」


「これはまだ僕の計画の段階準備に過ぎない。

夕凪、君は本当は僕と一緒に居なくちゃいけないんだよ。

それなのにあの日ラヴィ・アンダーグレイは君を僕のところから連れて行ってしまった。

ずっと色んな人達が邪魔ばかりしてくるし、本当に長い間手こずったよ。

でももう君は僕のところに帰って来てくれた」


「世釋、貴方何を言っているの? 」


「でも思った以上に君は汚れた血に蝕まれていた。

だから今はその汚れた血を君の中から洗い流す」


すると、世釋の傍らにふわりと緩く巻かれた金色の髪をした少女が現れる。


「………」


「……っ、答えなさい世釋!

その子は誰なの?! 

なんでラヴィさんがあのとき動きが一瞬止まったのか。

その子が何か関係があるのでしょう?! 」


世釋は目を細めた。


「夕凪。

君は本当にラヴィ・アンダーグレイに何も聞かされていないんだね。

でも、そうか彼は言える訳ないか……。

夕凪。

この子はね、エリーゼ・クロフォードを模ったモノなんだよ。

完全なエリーゼ・クロフォードに捧げる為の供物だ」


「は? 

言ってる意味がわからなっ……」


夕凪の言葉の途中で世釋は夕凪を指さす。


「この少女は君に捧げるものだってことだよ。

君が自分の本来のあるべき形を忘れていたのはラヴィ・アンダーグレイが記憶を弄ったからだ。

君は夕凪なんかじゃない。

君の役目を義務を責任を思い出して? 」


ズキンと夕凪心臓が脈打つ。

息を浅くなり、嫌な汗が全身の毛穴から噴き出す感覚に陥った。



「……もうすぐだよ。やっと君を取り戻せる。

今度こそ僕たちだけしかいない世界にしよう。

もう誰にも邪魔されず僕がエリーゼを愛し、エリーゼが僕だけを愛する世界に戻そう……? 」



少女は夕凪を見上げると、可愛らしくほほ笑んだ。






「夕凪ちゃんが攫われた……? 」


ラヴィはこくりと頷く。

郁はラヴィがいつも座る椅子に身に覚えのない青年が座っており、最初は驚いたが今の姿が本来のラヴィ・アンダーグレイの姿だと説明された。

横に座るリリィは口を強くつむぐと、俯いていた。


「七瀬さんがアルカラ側に寝返ってたってことですか。

でもそれなら今までアルカラの面々と鉢合わせしていた訳がわかる気がします」


ユヅルはかけている眼鏡を直す仕草をすると、溜息をついた。


「……でも、なんで七瀬さんがあっち側に?

何か理由があるはずですよ……! 」


郁がそう言うと、八百が口を開く。


「理由については本人に聞くしかない。

俺達がここでどう考えてても理由なんて浮かんでこないさ。

そうでしょう? ラヴィさん」


八百は腕を組み、壁にもたれると、視線をラヴィに向けた。


「……夕凪を取り戻す。

世釋が何か考えがあって夕凪を捕えているのなら……それを俺らが阻止しないといけないからね」


「その前にラヴィ、こいつらに話しておいた方がいい。

特に若いメンツには」


雨宮の声がすると、雨宮はチガネに車椅子を押されながら、現れた。


「雨宮さん……!

あまり動かない方が……」


「心配してくれてありがとうな郁くん。

でも残り少ない時間で俺が出来ることをしなくちゃいけないと思ってるんだよ」


「……」


「ラヴィ、話すべきだこいつらに。

どうして消滅したはずのエリーゼが現れたのか。

アルカラの目的が本当に何なのか」


部屋にいる郁、リリィ、ユヅル、藍、東雲、八百、チガネ、雨宮が一斉にラヴィの方を向く。

ラヴィはふっと溜息をつくと、口を開き始めた。


「……もう大分昔の話になる。

俺と雨宮、そしてもう一人のジュライという男。

三人とも〖先生〗と呼ばれていた退魔師の下で見習いの退魔師として各地を旅していたんだ。

退魔師だからね、旅の行先は魔の者が現れるところだ。

そのときある国で【ノアの箱舟】という組織から先生宛に依頼が舞い込んできた。

古来最強の吸血鬼エリーゼ・クロフォードの捕獲だ。

討伐ではなく、なるべく傷つけない状態で捕獲しろという命令オーダーだった」


ラヴィに続いて雨宮も口を開き始めた。


「先生や俺らの他にも退魔師がエリーゼの捕獲に参加して大半の人間の命と引き換えにノアの箱舟の依頼を遂行することが出来た。

そのあと先生と共にエリーゼの監視を追加で命令され、5年くらいは共に過ごしたんだ。

その年月でそんなにエリーゼも恐ろしい存在じゃないって少しずつ判ってはきたんだけどな。

まぁ、細かく話すと長くなるから端折るが、世釋はエリーゼを捕獲したときすでに腹の中に居た。

夕凪はエリーゼとラヴィがお互いに月日の中で想い合って産まれた子供なんだよな」


郁は少し待ってくださいと言わんばかりに、腕を伸ばし、手の平を雨宮の方に向けた。


「色々と情報が多いです。

すいません、少し頭を整理させてください…………はい、大丈夫です。

続けてください」


今は一つ一つ細かく聞くよりもすべて聞いてしまった方が良いと郁は考えた。

他のこの場に居る者達も同じ気持ちなのか、ラヴィと雨宮の話の続きをじっと待つ。


「当時、ノアの箱舟が彼女エリーゼを捕まえてやっていたのは非人道的な実験だった。

彼女の細胞を他の人間移植し、不死身の人種を作ろうとしてたんだ。

……死なない兵士、人智を超えた肉体の進化。

病やウイルスを抹消する薬、朽ちることのない身体。

このことは大分後に俺達は知った。

すぐにその実験施設は解体し、研究員は当時の裁判の結果により罰した。

それと同時期に、もう一人の純血の吸血鬼が現れた。

名はカイン・クロフォード。

彼によって世界は崩壊の危機に陥った。

俺らも太刀打ちが出来なかった。

死をも覚悟したよ。

そして彼女エリーゼはそれを止めるべくカインと共に消滅したはずだった。

世釋はその惨劇の最中に行方不明になったんだ。

……世釋ははじめから夕凪を捕らえる為に藍さんを使って、俺らをあの場におびき寄せたのかもしれない」


ラヴィはそう言うと、強く拳を握った。


「世釋様のことですから、もうあちらにあるタロットカードを早い段階で処理しているはずです。

……判ればいけないのに、すいません。私では正確な場所が」


藍は俯くと、ラヴィは首を振る。


「……いや、方法はある」


ラヴィはそう言うと、藍の方に視線を向けた。

正確には藍の中にいるであろう嫉妬アルファの悪魔の方を。


「さっきワンコくん達が戻ってきたのは、嫉妬アルファの悪魔の能力でしょう。

その目的の場所が分かれば移動出来るってことで解釈は合っているかい? 」


「……えっと、」


藍は少し狼狽えると、ユヅルの方を見た。

ユヅルの代わりにマリアがラヴィの質問に答えた。


「正確には水があればどんな場所にも移動出来るってことじゃな。

アルファは本来水中にいる怪物の姿をした悪魔だからのぅ……。

だからその場所に水辺や海があれば移動できなくもないんじゃないかぁ?

確かにあそこに主様と一緒に向かったとき微かに海水の匂いがしたしのぅ……」


ラヴィは頷くと、真っすぐに郁達を見た。


「……各自準備が出来次第、アルカラに夕凪奪還の為に乗り込む」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る