くるまれるもの

はるノ

くるまれるもの

 もう一度、ミカン箱より気持ち大きめの段ボール箱を持ち上げて振ってみる。これで三回目だ。

 とても軽い。布か緩衝材かが触れ合うような、かすかな乾いた音がする。

 宛名ラベルには大手個人売買ネットショップの名前のみ。匿名配送なのだろう。

 確かに数日前、このショップのとあるページで「お気に入り」マークをつけた覚えはある。

 大きなクマのぬいぐるみ。

 ふかふかで気持ちよさそう、と思った。独り暮らしの狭い部屋にあまり物を増やしたくはなかったが、座布団やクッション代わりにもなるだろうと。別に本気で欲しかったわけでもない。

 翌日以降は朝一から夕方近くまで大学の講義がぎっちり詰まっており、夜は居酒屋バイトのシフトが連続で遅番となり忙しくて、すっかり忘れていた。  

 早朝にドアホンが鳴り、半分寝た頭のまま送り元(確かそのサイトの名前だった)を聞き、ドア前に置いてくれと頼んだ。それから着替えてドアを開けるまで2分。宅配業者の顔も姿も見ていない。ただ声はいつもの担当者だった、気がする。

 そんなふうに受け取ったものの購入した覚えがまるでない。マイページの注文履歴もまっさら。紐づいた電子マネーのアカウントも確認したが決済はされていなかった。

 ショップの出品者ページは既に削除されていた。運営に問い合わせたところ取引の記録は一切無いという。

「警察に届けては?」

 とすすめられた。そうですね、そうしますと言って切った。

 さて。

 側面に二本、中央に一本貼られたガムテープの端にハサミを入れ、一気に開く。

「プチプチ」越しのクマのぬいぐるみは、液晶画面で見た色より少し濃いめの茶色だった。此方も端を少し切って一気に剥がす。

 ふわふわだ。手触りが良い。広げてみると結構な大きさがある。

 うん、これならいけそうだ。

 早く片付けてしまおう。今日の夜もバイトだし。

 私はバスルームに置いた大量のビニール袋を、一つまた一つとぬいぐるみのお腹に詰め込んでいった。 

「あっ……」

 爪を引っかけて最後のひと袋を少し破いた。赤黒い液体がぽたぽたっとクマの目の下あたりに滴る。

 なるほど、だからこういう色。目立たなくていいね。

 それより匂いヤバい。

 新しいビニール袋に包みなおし、消臭スプレーをたっぷりかけてクマのお腹に入れた。 

 ふう。

 案外コンパクトに収まった。あの人細身だったもんね。もう少し小さめのくまでもよかったかも。

 ま、いいか。

 

 バイト先の居酒屋で閉店の作業中、店長が小声で話しかけてきた。

「あのさ、つかぬ事を聞くけど、ハヤタくんどうしてるか知ってる?このところずっと無断欠勤で、LINEの既読もつかないし電話も出ないんだ」

「え、そうなんですか?私にはわからないです」

「……彼氏だったんじゃないの?」

「いいえ、まさか」

「そっか、仲良く見えたからてっきり……あんなチャラ男と君みたいな真面目な子、大丈夫かって心配してたんだ。また夜にでも電話してみようかな。ごめんね、変なこと聞いて」

「いいえ、大丈夫です」

 うん、大丈夫。

 何も心配ない。

 ハヤタくんは、もう他の女のところには行かないから。

 ずっと私のそばにいる、ずっと。

 ふわふわのくまにくるまれて。

  

  


 

 

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