ぬいぐるみが一番なんです

ネオン

ぬいぐるみは手放せない

縫田ぬいたくん、付き合ってください」


 2人で学食で昼食を食べていると、黒髪ロングの美女、清水さんに縫田は告白された。やっぱりこうなるか、と縫田は頭を抱えた。だから、2人になるのを避けていたのに。込み合っている学食で隣に座られたら逃げ場はない。


 清水さんに告白されるのはこれで3度目である。


 1回目は大学1年生の夏、授業が終わって帰ろうとしていたところ、清水さんに話しかけられて、一緒に校門まで歩いていたら告白された。あまり話したことがないし、顔は清楚系の美女だけど好みじゃないし、恋愛に興味がなかったから断った。そしたら、友達になって欲しいと言われたから、それはオッケーした。


 2回目は大学2年生の秋、大学の飲み会に参加していると、いつの間にか隣に来ていた清水さんに周囲に聞こえないような小声で告白された。酔っているのかと思ったら、彼女から酒の匂いはしなかった。何度告白しても無理だよ、と断ったら、出直します、と言われた。しぶとい。きっとまた告白してくる。だから、翌日から清水さんと2人きりにならないように行動した。結構大変だった。


 で、これが3回目。現在、大学3年生の春。さて、どうしたものか。どうすれば清水さんは諦めてくれるのだろうか。


 諦めさせる方法を考えていると、過去の彼女に振られた言葉が頭をよぎった。


 これならいけるかもと思い縫田は口を開いた。


「ごめん、俺、恋愛に興味なくて。俺が好きなのはぬいぐるみだけなんだ。もふもふでかわいいぬいぐるみさえ近くにいれば、他に何もいらない。ぬいぐるみが俺の恋人なんだ。だから、俺のことは諦めてほしい」


 縫田はもふもふのぬいぐるみに目がない。そのことが原因で彼女に振られたことがある。きもいって言われた。ぬいぐるみを前にした自分の表情がきもいのは自覚しているが、面と向かって、しかも彼女に言われるのは結構傷つく。


 それがトラウマとなって彼女を作ることを辞めた。その影響か、ぬいぐるみに対する愛が一層強まった。ぬいぐるみたちが恋人だと言っても過言ではない。


 これで、清水さんもきもいと思ってくれればいいんだけど。


「そう、なんだ。……わかった。もう縫田くんの彼女になることは諦めるね。もう告白しない。だから、友達として一緒にいることは許してくれる、かな。信用できないかもしれないけど、もう絶対に告白しないし、諦めるから、だから、おねがい」


 悲しそうな清水さん。いったいどれだけ縫田のことが好きだったのか。もう関わらない方が彼女のためにも良いのかもしれないが、悲しそうな表情を浮かべる清水さんを見て、縫田は断ることができなかった。友達としてなら関わっても大丈夫だろう。


 とりあえず、清水さんが諦めてくれてよかった。



 時は流れ、大学4年生の冬、卒業間近。縫田と清水さんは友達としていい関係を築いていた。


 縫田はカフェの前で清水さんを待っていた。清水さんに誘われたのだ。


「ごめん、待った?」


「ぜんぜん、大丈夫、って、その髪、どうしたの?」


 清水さんの髪がロングからショートになっていた。


「邪魔だから切っちゃった。早く中に入ろう」


 2人はカフェに入った。


 席に座ると、清水さんがカバンから何かが入った袋を取り出した。


「実は、縫田くんに渡したいものがあって、これ、なんだけど」


 清水さんに渡された袋を開けてみると中には、縫田好みの片手に乗るサイズのかわいい羊の人形が入っていた。羊の毛がもふもふしていて触り心地がいい。


「たまたまネットで見つけたの。縫田君こういうの好きかなって思って」


「うん、大好き。俺の好みの人形だよ。ありがと!」


 清水さんは照れたように微笑んで、ぼそりと何かを呟いた。


「ん? なんか言った?」


「ううん、何でもない。気に入ってもらえて嬉しい」


「あ、なんか、お返しした方が良いよね。何がいい?」


「いいよ。ほら、わたし何回も告白して迷惑かけちゃったでしょ? だから、そのお詫び。大学卒業しちゃうと、あんまり会えなくなっちゃうから、今、渡そうと思って」


「そっか。なら、遠慮なくもらっとくね。ありがと。それと、手、大丈夫? ばんそうこう貼ってるけど、怪我したの?」


 清水さんの数本の手の指にはばんそうこうが巻いてある。


「大丈夫。痛くないし、やりたいことはちゃんとできたから。ねえ、なんか頼もうよ。ここのケーキ美味しいんだよ」


 その後は、ケーキを食べながら会話をして、店の前で別れた。


 家に帰ると、縫田はもらった羊のぬいぐるみを、ベッドの横にある棚の上に並べた。羊の頭をなでる。顔が緩む。きっと今最高にきもい顔をしている。


 一人暮らしの狭い部屋には、数十匹の人形が所狭しと置いてある。縫田は大きなクマのぬいぐるみを抱きしめながら、やっぱり人形はどれだけあってもいいな、と思った。癒される。ぬいぐるみこそが最高の恋人である。






ちなみに、縫田が聞き取れなかった言葉は次のとおりである。


『髪切ってよかった』



 

 

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