にゃん太郎とさなえちゃん

本編

 吾輩の名はにゃん太郎にゃ。


 吾輩はさなえちゃんのおばあちゃんに作られたのにゃ。

 おばあちゃんは裁縫のプロで、六十年裁縫仕事で食べてきたのにゃ。

 そんなおばあちゃんが、とんでもにゃいサイズの猫のぬいぐるみをつくったのにゃ。


 それが吾輩にゃ。


 おばあちゃんがさなえちゃんのことを想って大切に作ったのにゃ。

 その時、おばあちゃんの念がこもって、それが吾輩の魂とにゃったのにゃ。


 ついでに言うと、作ってる最中、綿の中におばあちゃんの髪が入って、ほとんど呪術的な感じで吾輩は生まれたのにゃ。

 でも込められた念が愛情にゃので、吾輩は良い魂をさずかったのにゃ。


「おはよう、にゃん太郎!」


 この子はさなえちゃん。

 吾輩に、にゃん太郎という名前をくれた女の子にゃ。


 さなえちゃんは吾輩が大好きにゃ。

 そして吾輩も、さなえちゃんが大好きなのにゃ。

 さなえちゃんは小学三年生で、長い髪の毛を左右に束ねているんだにゃ。

 そう言う髪型をツインテールと呼ぶことを、吾輩は知っているのにゃ。


「おやすみ、にゃん太郎!」


 さなえちゃんはいつも吾輩をギュウギュウに抱きしめて寝るのにゃ。

 元々まんまるのぷくぷくの身体に生み出された吾輩は、さなえちゃんに抱きしめられるとまるで三日月のようにひしゃげるのにゃん。

 普通そんなに抱きしめられたら中の綿が暴発して出てきそうなものにゃけど……。

 六十年間裁縫で食ってきたさなえちゃんのおばあちゃんのプロの技により、それは防がれるのにゃ。


 おやすみにゃん、さなえちゃん。


 さなえちゃんはいつも吾輩を大切にしてくれるのにゃ。

 お外に連れて行ったり、家族のお出かけに連れて行ったりしてくれるにゃ。

 たまに吾輩が洗濯機に入れられる時は、今生の別れのように泣き叫ぶのにゃ。


 さなえちゃんは時々危なっかしいにゃ。

 その辺はやっぱり普通の小学生と変わらないのにゃ。。

 にゃので時々、吾輩がこっそり動いてサポートしてあげるのにゃ。

 この間は階段から落ちそうになったのをクッションになって上げたのにゃ。

 あれは吾輩が助けなければきっと骨折してたのにゃ。

 さなえちゃんにはまだまだ吾輩が必要なのにゃ。


「ねぇ、にゃん太郎は夢ってある?」


 ある日、さなえちゃんがそんな話をしたにゃ。


「私ね、お嫁さんになりたい! それで、おばあちゃんみたいにお裁縫が上手な人になるの! にゃん太郎のお友達も作ってあげるからね! 素敵でしょ?」


 さなえちゃんの瞳は、キラキラ輝いていたのにゃ。

 とっても素敵な夢だと思ったのにゃ。


 夢。

 吾輩の夢は、にゃんだろう。

 それはきっと、さなえちゃんが大人ににゃるのを見守ることにゃ。


 ……でも、難しいかもしれにゃいにゃ。


 吾輩は分かっているのにゃ。

 さなえちゃんが大人ににゃれば……。

 吾輩のことを必要としなくにゃるのにゃ。


 抱きしめてくれることも無くなって。

 おはようやおやすも言ってくれなくなるのにゃ。


 それで良いのにゃ。

 さなえちゃんがちゃんと大きくなれるなら、それで良いのにゃ。


 にゃって吾輩には、さなえちゃんへの愛が込められているのにゃから。


 ある日、さなえちゃんが吾輩を連れて公園を歩いていたのにゃ。

 お友達ののぞみちゃんの家に行くためにゃ。

 その道は狭いけど、時々車が通る以外は比較的安全な道だったのにゃ。


 でもその日は違ったのにゃ。

 にゃにも安全ではなかったのにゃ。

 一方通行の道に、にゃぜか大きな自動車が逆走で入って来たのにゃ。

 どう見ても居眠り運転にゃ。


「危ない!」

「逃げろ!」


 大人の男の人が叫んだのにゃ。

 みんなは逃げたのにゃ。

 でも間に合わにゃかった人がいたのにゃ。

 さなえちゃんにゃ。


 車はさなえちゃんにまっすぐ突っ込んできたのにゃ。

 小学生の足では避けるのは困難にゃったのにゃ。

 間に合わにゃいにゃ。


 その瞬間。

 ……吾輩は気づいたのにゃ。

 吾輩がにゃんのために生まれて、ここにいるのかを。


 吾輩はずっとずっと。

 今この時、この日のために生きてきたのにゃ。

 この瞬間、さなえちゃんを助けるために……。


 さなえちゃんを助けよう。

 吾輩の体が、バラバラになってしまっても。


 吾輩は、さなえちゃんと車の間に割り込んで、目一杯体を膨らませたのにゃ。

 布がミチミチと音を立てて中の綿が飛び出たのにゃ。

 それでも吾輩は、体を大きく膨らませたのにゃ。


 そして同時に、体を膨張させた衝撃で、車の真正面にいたさなえちゃんを道の端へと吹き飛ばしたのにゃ。


 車は吾輩を挟んでさなえちゃんにぶつかり、そのまま電柱に衝突して止まったにゃ。

 無茶をした吾輩は、車にぶつかった衝撃でバラバラににゃったのにゃ。


 吾輩がクッションににゃったのと、車の端の方にぶつかっただけにゃったのでさなえちゃんは大した怪我もなく無事にゃったにゃ。


「にゃん太郎!」


 さなえちゃんは吾輩の残骸を抱きしめて、大きな声で泣いてくれたのにゃ。

 大好きさなえちゃんが吾輩のために泣いてくれる。

 それだけでよかったのにゃ。

 吾輩にとって、こんな幸せなことはないのにゃ。


 さようなら、さなえちゃん。


 吾輩の身体は、お裁縫歴六十年のおばあちゃんでも治せなかったのにゃ。

 ここまでボロボロになったら元に戻すのは困難にゃ。

 新しいものを作った方が早いにゃ。


「また作ってあげるから」

「嫌だ! にゃん太郎が良い! だってにゃん太郎が、私を助けてくれたんだもん!」


 さなえちゃんは何度もお願いしてくれたけど……。

 とうとう吾輩は治らなかったのにゃ。

 そして、吾輩の魂は、ぬいぐるみからこぼれ落ちたのにゃ。


 吾輩の意識は、暗闇に閉ざされたのにゃ。

 これが死ぬことにゃのだと、吾輩は知ったのにゃ。


 にゃん年も。

 にゃん年も。

 にゃん年も。


 長い長い時間がすぎたのにゃ。

 十年しか経っていないようにも思えたし。

 百年以上経ったようにも思えたのにゃ。


 暗闇の中で静かにたたずむには、時間が長すぎるのにゃ。


 猫は眠るのが好きにゃ……。

 でもさすがに暗闇しかにゃいと退屈なのにゃ。


 すると。

 ある時不意に、吾輩の意識に光が飛び込んできたのにゃ。

 大きな大きな光が吾輩の視界を埋め尽くし。

 やがて吾輩の意識は覚醒したのにゃ。


「出来た……」


 気が付くと、吾輩の前には、女の人が居たのにゃ。

 彼女は吾輩を見て、とっても嬉しそうに笑っていたのにゃ。

 ずっと暗闇に閉ざされていた吾輩にとって、彼女の笑顔が、再び見た世界の最初の光景だったのにゃ。


 どこか、懐かしい感覚のする女の人にゃのにゃ。

 吾輩はこの人を、とっても良く知っている気がしたのにゃ。


「お帰り、にゃん太郎」


 女の人はそう言って、吾輩を三日月になりそうなほどギュっと抱きしめたのにゃ。


 その瞬間。

 吾輩は気づいたのにゃ。


 これは、さなえちゃんだと。


 さなえちゃんは諦めにゃかったのにゃ。

 何年もかけてお裁縫を勉強して、吾輩をもう一度組み立ててくれたのにゃ。


 そして……沢山の愛情を込めてくれたから。

 その時……髪の毛が入ってほとんど呪術的ににゃったから。

 吾輩は、もう一度戻ってくることが出来たのにゃ。


 さなえちゃんは、とっても美しい女の人ににゃっていたのにゃ。

 男の人と結婚して、子供も二人いたのにゃ。

 とっても幸せな家庭で、いつも笑顔が絶えないのにゃ。


 吾輩は、さなえちゃんがりっぱな大人ににゃったのを、ちゃんと見ることが出来たのにゃ。

 吾輩の夢は、叶ったのにゃ。


 さなえちゃんは、吾輩のお嫁さんを作ってくれたのにゃ。

 そして、自分の子供たちにあげるため、さらに二匹の猫を作ってくれたのにゃ。

 それは吾輩とお嫁さんの子供なの二匹にゃ。

 お嫁さんも吾輩の子供たちも、魂が宿っているのにゃ。

 その中に込められているのは、沢山の愛情にゃのにゃ


 今でもさなえちゃんは、夜ににゃると吾輩を抱きしめて眠るのにゃ。


 とっても甘えん坊にゃさなえちゃんには、吾輩が付いていてあげないとダメなのにゃ。

 吾輩を抱きしめるさなえちゃんはとっても温かくて。

 さなえちゃんに抱きしめてもらうと、吾輩の心はぽかぽかするのにゃ。

 それが幸せにゃのだと、吾輩は思うのにゃ。


 さなえちゃんは、いまでも眠る前に吾輩に声をかけるにゃ。



「おやすみ、にゃん太郎」


 おやすみにゃん、さなえちゃん。

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