第2話~ダンテ、パパになる~

 カエサル大陸東部。

 その中央に農業と酪農を主要産業とするアフタヌーンと言う大きめの国家がある。

 アフタヌーン王国は歴史も古く、とある偉業で国家間での発言力のある王国である。

 その西部のユール地方の穀倉地帯に王国直轄領がある。

 そこはもともとは伯爵領だったが10年ほど前に伯爵の横領などの不正が明らかになり、伯爵は更迭されて領地は没収。それからは王室直轄領になった。

 その後、ユール地方のローゴの町でのエール醸造が盛んになり人気を博した。

 王室はこれに伴いローゴの町に別荘を建てたが、今はその屋敷の主は現国王の3番目の姫である。

 その姫の名前は「エイラ・ハイブロウ・トワイニング」である。

 1年前に病期の療養でこのローゴの町にやってきた。

 その深窓のお姫様は今———


「ヒーマー。ヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒマヒーーーマーーーーーー!」

 大きな天蓋付きの豪華なベッドの上で寝間着姿のまま、肌着が見えそうになるのも構わずに手足をバタつかせて、絹糸の様に滑らかな金髪がみだれるのも構わずにゴロゴロ転がって叫び声をあげていた。

「ヒーマー!マルタ。何か面白い話ない?」

 エイラの叫び声に豪華な調度品が並んだ広い部屋の片隅で、調度品のように身じろぎしないで立っていた銀髪を編み上げた褐色の肌をしたマルタと呼ばれるメイドはつむっていた目を開いてから口を開いた。

「昨日の話なのですが」

「何、何、何があったの?」

「何でも、とある冒険者がドラゴンの子供を拾ってパパになったとか、街で噂になってます」

「なにそれ。面白そうじゃない」

 エイラはガバリと起き上がり綺麗な碧眼を見開き告げた。

「見に行くわよ。今すぐ用意しなさい」



 チュン、チュチュン。

 朝、窓から差し込む朝日の光が顔に当たりダンテが目を覚ますと。

「クゥー、クゥー」

 ダンテの目の前に10歳くらいの見た目の赤い髪の少女が裸で寝ていた。

「こら~!クゥ、なんでこっちで寝てるんだ」

「ぅふにゃ。パパ~?」

「お前の寝床はあっち。あとなんで服着てないんだ」

 そう叫んでクゥの寝床のを指さすダンテ。

「にゃぁ~、パパと一緒がいい~~」

 そう言ってクゥは素っ裸のままダンテの寝床のに首を突っ込む。

 しかして、頭隠して尻隠さずで、背中の羽をパタパタさせて尻尾をフリフリさせていた。

「パパじゃないんだけどなぁ~~」

「パパがパパだよ」

 クゥと呼ばれた少女は藁の山に潜り込んで足まで入ると、今度は頭だけをポンッと出して答える。

「な~んでこうなっちゃたんだろうな」

 答えは分かり切っているが、ダンテは昨日のことを思い出すのだった。



 ダンテが空を仰げば上空ではまだ2つの影が戦っていた。

 片方はこの少女の親ドラゴンだろう。

 もう片方はロック鳥あたりだろう。

 ドラゴンから卵を盗もうとする生き物は人間以外ではロック鳥くらいのものだ。

「パパ~」

 下を見れば少女が腰に生まれたままの姿で抱き着き顔をグリグリ擦り付けてくる。

 まるでマーキングするみたいだ。

 実際、マーキングしてるのか、またはダンテの匂いを覚えようとしてるのかもしれない。

 これが本当に自分の娘なら可愛く思えるのだろうが。

「パパじゃないんだよな~」

「じゃあ、ママ?」

「ママじゃない」

「パパ」

「パパじゃない」

「ママ」

「ママじゃない」

 そんなやり取りを十数回繰り返すと―——

「む~~~~~~~~~~~~~!」

 少女はむくれて頬を風船のように膨らませる。


「じゃぁ!パママパマパパママパパパママパマパマパパパマママパマパマパパマパマパマパパマパマママ!」


「…………それ、もう1回言ってみ」

「略してパパ!」

「漫才かっ!」

 ダンテは少しであるがドラゴンの生態に詳しい。

 それによるとドラゴンの子供は生まれながらに一定の知識を持って生まれてくる。

 見る限り言葉での意思疎通はできるようだが、精神年齢は少しばかし低い様な気がする。

 クゥ~~~~~~。

「なんだ、腹減ってるのか?」

「そうみたい」

ダンテは手に持っていたランとボックスの蓋を開けると中に入っていたサンドイッチを1切れ取りだして少女に差し出す。

「食うか?」

「食べる~♡」

 少女は嬉しそうにダンテが差し出す卵サンドを受け取りかぶりつく。

 その際、大きく開いた口からのぞいた歯は流石ドラゴン。少女の姿をしていてもギザギザの鋭い牙が並んでいた。

 さっきまで卵だったしこれも共食いと言えるか?

 そう思うも口に出さずに、代わりにダンテもサンドイッチを口に入れる。

 BLTサンドだ。

 ベーコン、レタス、トマト。

 略してBLTだ。

 シャキシャキのレタスにカリッと焼いたベーコンを乗せて、酸味の利いた甘いトマトを乗せたサンドイッチだ。

「美味し~~~~!」

 卵サンドを半分ほど食べた少女はこぶしを突き上げた。

「この卵サンドはパパの手作りだよね」

「……なんでそう思った」

「この卵サンドはパンズの大きさや具の量から市販品じゃなくて男性に向けた手作り品に見える」

「分かるんだ?」

「分かるよ。そして、マスタード。このマスタードと卵のマイルドな甘みがとてもいいハーモニーを出してる」

「ほほう」

 生まれて初めてモノを食べた者のコメントとは思えない。

「しかも、マスタードの量が多めで明らかに個人の好みに合わせているのが伺える。しかしパパにそんな手作り料理を作ってくれるような女性の気配は感じない」

「ほっとけ」

「加えてこのマスタードの塗りむら。他はキレイなのにこれだけむらが有るのは変なこだわりがある証拠。これは男の手料理。間違ってる?」

「間違いない」

「つまりこれはパパの手作りという事。まぁ、パパに手作り料理を用意してくれるような男の恋人でも居れば話は違うけど」

「いねぇ~から!……しかし賢いな」

「すごいでしょ、エッヘン」

 少女は自慢げに腰に手を当てて胸を張る。っていうか、素っ裸でそう言うことはしないでほしい。

「すごいすごい、あっ、コレも食べるか?」

 ダンテは自慢の豚の角煮サンドを差し出す。

 豚の角煮サンド、余分な水分を取り除いた煮凝りの絡まった豚の角煮を苦みのあるサニーレタスみたいな野菜で包んで、特製のマヨネーズをたぷっり絡めたサンドイッチである。

 男の料理だと言われるのは分かっているが、それでもダンテには自慢の1品だった。

「食べるー」

 少女は疑うことなくダンテの手から豚の角煮サンドを奪い取るとかぶりついた。

 そして、残っていた卵サンドを食べつくすともう片方の手にある豚の角煮サンドに再度かぶりつく。

「うっっっま~~~~~~


 ヒュ~~~~~ッゴ~~~~~ン!


「……今日は雨は降らないと思っていたけど、所によりドラゴンの卵、後ロック鳥……てか」

「うっ?」

 とダンテがつぶやくが少女は背後に降って来た巨大な鳥など一切気にせず、笑顔で目の前の豚の角煮サンドに笑顔でかぶりつく。

「ふ~~~~む。これだけ賢ければ俺がパパじゃないと分かりそうなのにな」


「それは無理な話なのだな」

「‼」


 突如響いた重厚な声に一瞬ダンテの動きに間が産まれる。

 バッと振り返ったダンテの目の前に巨体が写り込む。

 全身を真っ赤な鱗で覆われた全長10mくらいのトカゲ。面長の顔の頭部の額からは2本の立派なヘラジカみたいな角が生えている。

 長く裂けたく内からはゾロリと鋭い牙が覗いて見え、そこからは湯気を上げる温かい血が滴っており、つい今しがた何かを嚙み砕いたのが伺える。その何かが何かはダンテにはよく分かっている。

 だからダンテは振り返りざまに大声で叫びをあげる。

「やっぱりテメェの子供だったか!レーヴァテイン」

 そう告げられたドラゴン、レーヴァテインは長い首をもたげて、引き締まってなお重厚な筋肉に覆わっれた胸を張って、手は腰に足はしっかりと地面を踏みしめて、太くて長い尻尾を1振りしたら大きな羽を広げて堂々とのたまった。

「いかにも」

「パパ~。このおじさんナニ~」

「ごめんな。こいつとちょっと馬鹿大事なお話があるんだ。ほら、これ全部食べていいから」

「わーい」

 少女に向き直ってそう言ってランチボックスを手渡す。


 で、ダンテが改めてレーヴァテインに向き直ると―——でかい図体したドラゴンがメッチャ落ち込んでいた。

「そんなに知らないおじさん呼ばわりが堪えるなら、さっさとこの子に本当のことを教えて帰ってくれねぇかな」

「それが無理なんだな。インプリンティングが働いているのだな」

「お前、自分が賢者なんて呼ばれているからってオレを馬鹿にしてんのか。刷り込みって分かりやすく言え。ようは卵から孵って最初に見たモノを親だと思い込んでるんだろ。知能は高いんだからちゃんと説明しろ」

「そうしたいのだが、この子は特別なんだな」

「何⁉」

「この子の場合は孵化するときに近くにいる最も強い生き物の魔力と生体情報を取り込み、文字通りその者の子供として生まれてくるのだな」

「なに?マジでこの子供は俺の子供な訳」

「そうなるのだな」

 「あ~~~~~」とダンテはうめきながら目を覆い空を仰ぐ。

「どうしろと!」

「認知するんだな」

 レーヴァテインに向かって叫ぶダンテに、レーヴァテインは淡々と返す。

「そもそもどうしてロック鳥に卵を盗られた」

「ちょっと目を離したスキにだな」

「孵化直前の卵から目を離すな」

「人間だって料理中に目を離して鍋を焦げ付かせたことくらいあるだろう。自分にだって経験あることを他人のことだけ挙げ連ねるんじゃねぇっんだな」

「そりゃぁ経験はあるけど、どうしろと」

「育てろ。良かったじゃないか童貞のまま子宝に恵まれて」

「どおぅ!ど……どっ、どっ、どっ、童貞ちゃうわい!」

「めちゃくちゃ動揺してるのだな。梅干しを食べたような顔だな。良いじゃないか。剣を極めたら次は魔法使いを極めると言っていたではないか」

「意味が違うから!」

「認知するんだな」

「あ~~。俺のスローライフはどうすんだ」

「子育てスローライフも悪くないんじゃないのか」

「テキトーだな」

「人間と違って1番手のかかる時期は過ぎているのだな」

「養育費は出せよ」

「金なら持ってるくせに。ケチだな」

「ドラゴン故に必要なもん出せって言ってんだよ。はぁ~~~~。俺の独身貴族が~」

 くいっ、くいっ。

「ん?どうした」

 ダンテは自分の服の裾を引っぱる少女を見やる。

「パパ~。ご馳走様~。美味しかった」

 それは幸せそうな満面の笑みを浮かべる少女の赤い髪を撫でながらダンテは答えた。

「そうか。お粗末様」

「えへへ~~~」

「……」

「どったよ。レーヴァテイン?」

「いやな。……名前は付けんのか?」

「名前?あぁ、この子のか」

「そうだ。親として当然の義務だな」

「今しがた親になったばかりの俺に聞くなよ」

「では認知するのだな?」

「します~。認知します~」

「ではなまえを―——」

「その前に服だ服!俺の子供ならまず服を着せろ。子共を全裸で放置とか世間体が悪いんだよ!」

 そう言って散らかった自分の荷物からダンテは予備の着替えを見つけだしてシャツを着せ―———ようとしたが、背中の羽が引っかかって着せられない。

「———なぁ、その羽しまえないのか」

「やってみる。ぅん~~~~~」

 少女は息を止めてうなりながら力をためるようにする。

 シュッ!

「引っ込んだ」

「よし」

 少女の背中の羽がシュッ!と勢いよく引っ込んだのでその隙にシャツの裾を通して、袖を通して。

「良し、着れた」

「わーい。パパの服~~」

 

 ポッン。ビリィッ!


 喜んだのもつかの間、引っ込んでいた羽が飛び出してシャツの背中部分を破いてしまった。

「……これはこの子用の服をあつらえないとな」

「ごめんなさい」

「お前が謝る事じゃないよ」

 ダンテはそう言って少女の頭をポンポンと撫でる。

「よし、服を着たのだな。では名前を―——」

「待て!その前にシャツの裾から大事な部分が見えてないか確かめる」

「いや、そんなことどーでも―——」

「よくなーい!これはとても大事な事なんだ」

 ダンテの勢いにレーヴァテインは黙り、ダンテは少女の前にかがんだ。

 顎先を掴んで目線をシャツの裾に合わせて、じっくり確認したダンテは。

「よし!見えてない。クリアーだ」

「ならば名前をだな」

「こだわるねぇ。何かでも?」

「……」

「だんまりかい。まぁいい、ちゃんと決めてあるぜ。この子の名前は”クゥ”だ!」


 クゥ~~~~~~~~~~~~。


「……」

「……」

「……まさか腹の虫の音で―——」

「ち、違うぞ。ちゃんとした意味があってだな、クゥは空、空から降ってきたことからそれにちなんで空という意味のクゥと付けたんだ」

「腹の虫も空腹クウフクと言うのだな」

「そこは偶然だ」



 とりあえず、レーヴァテインとは明日に嫁入りというか、娘入り道具を持ってくるという約束をしてから分かれて、ダンテ達も帰り支度を始めた。

 まずはダンテが持つ魔法のバックを用意する。

 この魔法のバック、ポーチという通称で親しまれている1人前の冒険者の必需品である。

 このぽーちは基本は内容量を増やす道具であるが、冒険者の要望により職人たちの工夫が加えられており、いろんな機能がついたバリエーションが存在する。

 新人冒険者はこのポーチのオーダーメイドができるようになるのを目標にするほどだ。

 ダンテは主に2つのポーチを持ち歩いている。

 1つはキャンプ道具などの生活用品や貴重品を入れておくためのポーチである。

 これは仕切りがいくつもあり、出し入れがしやすく、整理がしやすくなっている。

 もう1つは素材など冒険中に手に入れた、主に生物ナマモノを入れておくポーチである。

 これにより肉や魚、木の実や野菜などを安心安全に持ち運びできるようになっている。

 ちなみにこのポーチは人気なうえに、錬金術と装飾品職人と魔導士の腕利きによる製作な為品薄。

 パッタモンも出回ってたりするのでブランド物の大容量の品質保証付きともなれば豪邸が1件買えちゃうくらいのお値段である。

 そしてダンテは落ちぶれても1流の冒険者、ポーチも1級品を所持している。

 ちょっとくたびれているがメンテナンスは欠かしていない現役である。

 そのポーチにロック鳥を入れる。

 ダンテが狩ったわけではないがレーヴァテインがくれるというので町の皆へのお土産にする事にした。

 ダンテが血抜きなどの下処理をしているとクゥが興味深そうに見つめてくるので。

「一緒にやるか?」

「うん!」

 という訳でダンテはクゥに狩った獲物の処理方法とポーチの説明をしながら巨大な肉の塊を収納していく。

 ダンテとクゥの2人で後片付けをして忘れ物が無いかを確認してから町へと帰ることにした。

 しかし、この時卵の殻の欠片を1つ忘れていた為、後々の厄介ごとに繋がることになるとは2人は思ってもいなかった。



 そして、ローゴの町に返って来た2人だが。

「ダンテさんがロック鳥を狩ってきたぞ」

「ダンテさんが女の子を連れて帰って来た」

「ダンテさんが子供を拾ってきたぞ」

「ダンテさんに子供ができたぞ」

「ダンテさんが子供を産んだぞ」

「ダンテさんが子供になったぞ」

「うちの子がダンテさんみたいになるって言いだしたぞ」

「「「それはやめさせろ!」」」

 と、うわさは混迷を極めて結局はロック鳥をを使った料理を振舞う祭りを開いてダンテに事情説明と質問攻めが求められて、クゥは町の皆にお披露目となり一気に町の人気者になった。

 ちなみに、クゥがドラゴンだと言うことは町の人々にはあんまり気にせず受け入れられた。

 ついでに言うと、ダンテが作った料理はもも肉を使ったとり肉を大根おろしで旨辛く煮た「みぞれ煮」である。

 そして翌日には町はずれの王族の屋敷の主にまで噂は耳に入るほど広まっていた。

 しかしそうとは知らず、この日のダンテは疲れてクゥを連れて自慢の独身貴族の屋敷に帰って寝ることにしたのだった。

 次の日にはさらに疲れることになるとっは思いもせずに。

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