誓い




 年も明けて雪が溶ける頃には、宵姫様の輿入れの準備は何事もなく終わっていた。

 明日には、姫様行列が大奥を出て、嫁ぎ先である大名家の江戸屋敷を目指して出発するのだろう。


 凛花は、自分に与えられた部屋をそっと出た。向かうのは、御錠口たちの鍛錬場近く。今日のうちに会えればいいのだがと思いながら、足音を忍ばせて様子を伺う。

 とはいえ、この髪の色と体格は隠密行動にはあまりに不向きだった。


「もしかして、凛花さん?」

「あ……」


 早速誰かに見つかってしまったようだ。

 心の中で言い訳の言葉を何通りか考えながら振り返ると――そこには喜多がいた。あの年の瀬が迫っていた日に、ひどい別れをした喜多だった。

「……喜多」

「お久しぶりです、凛花さん」

 几帳面に頭を下げる彼女は、かなり身長が伸びて、随分と大人びた顔立ちに成長していた。


「とうとう明日ですね、宵姫様のご婚礼」

「……うん」

「あの、凛花さん。その髪」

 と、喜多は不思議なものでも見る目で、凛花の頭を見ている。

 正確には、凛花のきっちりと結われた赤い髪を。

「あはは……仮にも姫様行列のお供をするんだから、きちんと髷を結っていきなさいって……かなり無理やり、髪結いしてもらったの。髪結いさんの技術ってすごいね。こんな髪、ちゃんと髷にするのは絶対無理だと思ってた」

 不思議なもので、髪の色は変わらないのにかたちが変わっただけでも、他の女性たちにちょっとでも馴染めているような気がした。

「もうすっかり姫様のお傍仕えですね」

「そんなことはないよ。まだ髪は赤いし、目はへんてこな色してるし、体格だって、やっぱり鬼みたいだし」

「……凛花さん」

「ごめん。こういうことが言いたかったんじゃないのにね」

 凛花は喜多に軽く頭を下げると、今日の本題を切り出した。

「お別れを言いに来た。きっと今日で、最後になるだろうから」

 あえてからりと明るく言ったが、喜多の表情は沈んでいる。

「……えぇ。きっと最後ですね。凛花さん。どうかいつまでもお元気で」

「喜多も、元気でね」

「……あの、凛花さん。私は」

 彼女はまっすぐに、射抜くように凛花の瞳を見つめて、宣言した。


「私は、大奥で生きます。大奥でいっぱいいっぱい仕事して出世して、どんな美しい女性よりも立派な着物を着て、お大名から贅沢な贈答品がどんどん贈られてくるような、そんな存在になってみせます。そして――」


 一呼吸だけおいて、続きの言葉を彼女は言う。


「そして、こんな――こんな、大奥なんて場所を終わらせます。いつかきっと、終わらせてみせます」


 小さな喜多の大きな宣言を、凛花は聞き届けた。

「大奥の外から、それを見守っているよ。ずっと」

「はい……」

 力が抜けたように、喜多はふにゃりと笑う。それは年相応の、幼くて可愛らしい笑顔だった。


「凛花さんも、どうかお元気で」

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