姉さん
わたしが生まれたとき、わたしのうちにはもう四人の子どもがいた。昔のことだから、五人兄弟なんてそう珍しくもなかったんだ。姉がふたり、兄がふたりで、わたしを入れれば三男二女ということになる。末っ子のわたしのすぐ上に姉、続いて兄がふたり、そして一番上の子が、長女の豊子だった。
わたしが一歳になった年に、太平洋戦争がはじまった。当時のわたしはもちろんそんなことは知らないが、物心ついたときには日々の暮らしは戦争一色になっていた。なっていたといったって、わたしはその暮らししか知らなかったから無邪気なものさ――わたしの中の一番古い思い出は、駅舎で母の腕に抱かれて日の丸の旗を振るところだ。賑やかな行進曲が演奏されていて、まるでちょっとしたお祭りさ。周りの大人に合わせてわたしが
「ばんざい! 」
と叫ぶとみんなが喜ぶものだから、わたしは嬉しかった。だから、意味も分からずに繰り返したよ。そのとき本当は何が起こっていたのかを知ったのは、ずっとあとのことだった……それは、兵隊になって戦争へ行く近所の兄さんを見送るための集まりだったんだ。そのときわたしが見送った兄さんは、帰ってこなかったと聞いた。確かなところは、分からない。結局、そのあとわたしが住んでいた辺りは空襲に遭って、わたしが生まれた家も、その兄さんが生まれた家も、全部焼けてしまったからね。
わたしたち兄弟が疎開したのは、まさにこの空襲から逃れるためだった。ちょうど、今の旧校舎の辺りに畑を持っている親戚がいてね。五人揃ってご厄介になることになったんだ。
本当に、ご厄介だったと思うよ。特に、姉に――豊子にとってはね。わたしはまだ小さくて、分別らしい分別があるような歳じゃなかった。ちょっと自分の気に入らないことがあると、ぐずってどうしようもなくなる。わがままで、癇癪持ちで、そんな子どもを慣れない土地で世話しなきゃならなかったんだから、姉はどんなにか大変だったろうと思う。
わたしは、空襲が怖いものだとは正直思っていなかった。大きな音で鳴る警報は大嫌いだったが、鳴っても来ないことだってあったし、来たとしたって、母か姉がわたしを抱えて防空壕へ入れてくれていたからね。それなのに、どうして両親と離れてこんな何にもないところで暮らさなきゃならないんだと、飽きもせずに姉に泣きついた。ホームシックというやつだ。
今にして思えば、本当に泣きたいのは姉の方だったろう。疎開してきたとき、姉はまだ十五歳だった――自分にはどうしようもないことで弟に泣かれて、親戚にはうるさいと怒鳴られるし、わたしにつられて下の姉まで泣き出すしで、きちんと寝られていたのかもさだかじゃない。長女としてなんとか下の兄弟を守らなければと思っていただろう姉にとって、母に会いたいというわたしたちの言葉がどんなに残酷なものだったか――想像できていたら、決して口には出さなかったことだろう。
だが、うちに帰りたい、母さんに会いたい、というだけなら、マシだった。そう、わたしにも姉にも、まだマシだったんだ。母さんに会いたいとゴネはしたが、わたしの母は昔から姉がやっていたようなものだったからね。子どもがたくさんいると、上の子が下の子の面倒を見るようになる――うちは、まさにそんな家庭だった。
着替えも、食事の世話も、ぐずったときにどうすればいいかも、姉はよく知っていた。わたしを胸に抱いて、姉は子守歌を歌ってくれたものだった。そうすると、長いことそうやって寝かしつけられてきたわたしは、どんなに寂しくてもいつの間にか眠ってしまうことができたんだ。
本当に大変だったのは、空腹だ。田舎で、畑を持っているうちではあったが、身内の世話をしているからといって配給の量が増えるわけでもないし、一家が確保できた食べものの量がわたしたちをお腹いっぱいにしてくれたことは一度もなかった。もちろん、親戚一家がわたしたちに割く食事の量を減らしたとか、そんなことはなかった。きちんとわたしたちの分は用意してくれたが、それでも足りなかったんだ。子どもの腹でも満たせないのに、大人の腹が膨れるわけがない。それでもみんな、じっと耐えていた――もしかしたら、不平を言う元気もなかったのかもしれない。そういう時代だった。
ところが、わたしは違った。誰の前だろうが遠慮も容赦もなく、お腹が空いたと言っては大声で喚いた。それは、聞いている全員の本音だったに違いない。だが、本音というのは往々にして、心に秘められて表に出されることはない。このときもそうだった。
なぜか? 全員で同じ境遇を耐え忍ばなければならないような状況では、都合が悪いからだ。そうした差し迫った、ぎりぎりで生き永らえているような状況では――全員が言いたいことを我慢しているような不健康な状況では、〈本音〉は〈わがまま〉と呼ばれることになる。そして、聞き分けのない幼い子どもではなく、その子どもを世話しているものが、周囲から叱責されることになるんだ。
わたしに泣かれ、大人たちから責められて、それでも姉がわたしを愛してくれたのはどうしてだろう? 母は強しとはよく言われるが、わたしを育てたも同然の姉にもすでに同じ強さが宿っていたのだろうか? 上の兄弟にしか感じられない、下の兄弟に対する愛情だろうか? ともかく、姉はわたしをひたすら宥め、間違っても叩いたり、怒鳴ったりすることはなかった。そして、わたしが泣くと、どこからか小さなおにぎりやおかずを取り出して、わたしに食べさせてくれたんだ。みんなには内緒よ、と言ってね。
姉がどこからそんなものを調達してくるのかわたしは不思議で仕方なかったが、姉からそうして食べものをもらうことを疑問には思わなかった。わたしは、姉が自分を愛してくれているということをつゆほども疑っていなかった。言ってしまえば、泣けば姉がどうにかしてくれると思っていたんだ。
寂しければ抱きしめ、眠れなければ歌を歌い、空腹なら、どこからか食べられるものを持ってきてくれる――姉はわたしにとって、そんな人だった。だが、そのときの暮らしぶりから考えれば、たとえひと握りの米であろうとどこかに余っているはずはなかった。だから、もちろん親戚に頼み込んで余分に分けてもらっていた、とかいうことでは、なかった。
あるとき、わたしはまたいつものようにお腹が空いたと言って姉に訴えた。そうすればいつものように姉がどうにかしてくれると、信じていたんだ。ところが、このとき姉は本当に困った顔をして、ごめんね、今何もなくて、と言った。
わたしは怒った――怒りながら、泣き喚いた。まったく、姉からすれば理不尽極まりない怒りだ。どうして今日はないんだ、お腹が空いたと言っているのに、どうしていつものようにおにぎりをくれないんだと言って、わたしは黙ってうつむいている姉を責め立てた。
どのくらいそうしていたろう。姉はポケットの中からしなびた干し芋を出してわたしにくれた。か細い声で、もうそれで全部だからね、と言って。
そしてその日、姉は畑で倒れた。その頃のわたしは、畑を手伝いに行っても役に立たないからいつもひとりで留守番をさせられていたんだが、大人の背に担がれて帰ってきた姉が畳の上に寝かされたきりぴくりともしないのを見て、何が起こったのか分からなかった。わたしが姉を揺すろうとするのを、上の兄が黙って止めた。
「姉さん、死んだんだよ」
兄はそれだけ言って、険しい顔で唇を噛みしめた。姉が死んだ。わたしはそれがどういう意味なのか、しばらく考えた――よく見ると、姉は当時の子どもの体格から考えても、ひどく痩せていた。前はそんなに目立たなかった頬骨が影を落とすほど浮き出て、肉が落ちて骨張った手は、若い娘のものとは思えないほど筋が浮いて荒れていた。腕の細さは、まるで骨をそのまま見ているかのようだった。
どうしてそれまで気づかなかったのか、不思議なくらいに姉はやつれていた――わたしの目に映っていた姉はいつも優しく、美しい女性だったんだ。だから、突然魔法が解けてやせ衰えた姉が現れたように見えて、余計にわけが分からなかった。
姉ちゃん、どうしたんだ。どうして、急に死んだりしたんだ。わたしはいつもの癖で、兄たちに泣きついた。下の姉も泣いていた。上の兄は黙りこくっていたが、下の兄は黙っていなかった。下の兄は、いきなりわたしの頭を平手で殴った。
わたしは心底驚いた――そして、驚きのあまり泣き止んだ。それまで、泣いていたら慰めてもらえるのが当たり前で、叩かれたことなど一度もなかった。
黙ったわたしに向かって、下の兄は噛みしめた歯の奥から絞り出すような、苦しげな声で言った。上の兄は止めようとしたようだが、下の兄は聞かなかった。
「姉さんはおまえが腹が減ったと言って泣くもんだから、自分の食べる分をおまえに分けてたんだ。おれたちには、心配しなくていいと言って――自分は干した芋だの、かぼちゃの種だの、なんかの根っこだの、そんなものばかり食べていたんだよ。智則は悪くない、今は食べるものがなくて、お腹が空くのは当たり前なんだから、ってな」
わたしは咄嗟に口が利けないほどの衝撃を受けた。それでは、わたしが最後に姉からもらった、あの干し芋は……。
下の兄は震える声で続けた。
「智則は悪くない。それは、その通りだ。おれたちがこんなに腹を減らしているのは、国がいつまでもバカみたいに戦争をしてるせいだからな(上の兄が慌てて辺りを窺ったが、幸いにも兄弟の他に人はいなかった)。……だが、姉さんだって、悪くない。こんなふうに、骨と皮みたいになって死ななきゃならなかったのは、どうしてなんだ? どうして………」
そこまで言うと、下の兄は上の兄と同じように黙ってしまった。どこにも向けようのない怒りが、憎しみが、悲しみが、その沈黙には秘められていた。
このときから、わたしも〈本音〉を隠しておくことを覚えた。周囲から見ればわがままを言わなくなったということだ。わたしの〈本音〉が姉を死なせた。そのことが、ただ無垢でいられた幼年時代を跡形もなく破壊したようだった――泣けば無条件に抱きしめてくれた腕は、最後まで姉自身のことは守らないまま、冷たくなってしまった。
この話を、母とはこうあるべき、姉とは、女性とはこうあるべき、というような押しつけがましい美談にすり替えることは、わたしにはとてもできない。姉がわたしにしてくれたことは、姉がわたしに抱いてくれていた愛情の強さを示すものではあるが、父や母、あるいは姉や兄、男性女性といった役割の上から、とてもじゃないが一方的に強制できるようなものではなかった。
愛しているのだからこのくらいやって当然。そんな考えは危険だ。国民なのだから耐えて当然――というのと、何も変わらない。
幼い少年に空腹を満たすことすら許さず、十五歳の少女に命を落とすほどの自己犠牲を強いた、戦争とは何だったのか? わたしには疑問だけが残った。その答えは、今も分からないままだ。
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