第27話 つかの間の平和②

 陽葵はいつもの制服に着替えると春翔と共に司令室へ向かった。何だかんだ言いながら陽葵のピンチに駆けつけてくれた二人にもお礼を言っておこうと思ったのだ。


「やっほー! すっかり治りました」


 ソファに座る神宮寺とその目の前で佇む石井が目に入る。すると二人は陽葵の方を見向きもしないで喋り出した。

 

「陽葵ちゃんは僕の太陽なんや! 大好きやで!」


「私のこと……好き?」


「当たり前やっちゅうねん! 鯖の味噌煮よりも好きやっちゅうねん」


「じゃあ……キスして」


「ナンボでもしたるわ!」

 

 神宮寺と石井は目を閉じてキスをする三文芝居を演じた。陽葵と春翔は顔を真っ赤にしてその場に立ち尽くす。


「最悪! 二人して聞いてたんだ」


「ぼ、僕、そんな事言ってましたか?」


「あー、春翔くんなかったことにしようとしてる。結婚してくれるって言ったのにぃ」


「えー!」


 オロオロと戸惑う春翔とその場にしゃがんで泣き真似をする陽葵。爆笑しながらその様子を見ている神宮寺と石井。三人と一羽はいつの間にやら親友のように仲良くなっていた。それは陽葵が望んだ本当の絆で結ばれた家族のように温かくて居心地のよい場所だった。




「そう言えばさ、なんでいっくんはゼウスに命令できるの? あれって部外者はダメなんだよね?」


 陽葵はカレーを食べる手を止めて顔を上げた。


「すごいやろ?」


「ユッキーどうして?」


 自慢が始まりそうだったので陽葵は質問を神宮寺に変えた。


「ふんっ! 答えは一つしかない。現時点であのゼウスの指揮権があるのは俺たち三人だけ」


「じゃあ……」

「の、はずだった」


 神宮寺は若干もったいつけた後にため息をついた。


「俺たち以外に動かせる奴は一人しかいない。ゼウスの設計者、つまりは作った奴だ」


「え! ゼウスって、いっくんが作ったの?」


「せやねん」


 後ろに反りすぎてひっくり返りそうなくらい石井は胸を張った。


「ちょっと待ってください。ゼウスの設計者って」


「そうだ、信じられんがこのアホ面、鳥もどきの正体はアインシュタインだ」


「誰がアホ面、鳥もどきや!」


「ええー! アインシュタインって……。何した人だっけ?」


「ずこーっ! 陽葵、冗談は胸だけにしときや!」


「殺す!」


 陽葵が石井に手を伸ばしたがそれをヒラリと交わして天井に吊るされた照明にバサリと着地した。


「まあ、功績をあげたらキリがない」


「ちょっと待ってよ。でもアインシュタインて私たちの時代にはもう死んでたよね? それになんで関西弁なのよ」


「知らん、本人に聞いたらどうだ」


 石井は高いところで優雅にタバコを燻らせている、その態度に陽葵はイラッとしながら質問した。


「自分らはホンマ、なーんも知らんのやな。まあええわ、歴史のお勉強やな、よく聞いとき」


 石井は照明から飛び立つと三人が座るソファテーブルに降りたって話をはじめた。陽葵はさほど興味がなかったが、カレーを食べながらその話に耳を傾けた。


 


 西暦2650年前後――。

 

 この頃、地球では人間の臓器や体の一部を復元する技術が瞬く間に進歩していった。それは主に病気や事故などで欠損した部分を補うための医療行為として使われていた。


 高度な文明が確立された地球だったが今だに宇宙の真理、原理、その最果てに何があるのかは預かり知らない究極のブラックボックスだった。その原因として一番科学者たちを悩ませたのがアインシュタインが展開した相対性理論の中にある『光速度不変の原理』だった。


 この原理はいかなる状況下に置いても光の速度は秒速三十万キロメートルで進んでいて、物質は光の速さを超えることは決してないと言うものだったが、これは光速よりも早く膨張し続ける宇宙の果てには物理学上は絶対に到達できない事を意味した。


 科学者たちは必死でこの説を崩しにかかった。数百年前に誕生した天才物理学者に挑む。がしかし、誰一人として光速度不変を覆すには至らなかった。


「本人にやらせれば良い」


 半ば投げやりになった一人の科学者が呟いた。僅かな細胞、例えば火葬した後の骨でもあれば死人を復元させる事は技術的には可能だったが人間の倫理がそれを抑止していた。しかし、決して破ることのできない壁。その探究心はあっさりと一人の天才物理学者をこの世に復活させた。


 復元する過程であらゆる遺伝子操作が行われた。すでに人類は全ての病気やウィルスを克服していたが、白人、黒人、黄色人の良い部分だけを遺伝子情報に組み込み、掛け合わせることで圧倒的に寿命は長くなり病気にもかからなくなった。とりわけ、元来長寿の遺伝子が強い日本人のDNAはその見た目に反映される事となり、大小様々な国があるにもかかわらず見た目は全員が日本人と言ういびつな惑星が構築された。


 しかし、見た目が同じだからと言って仲良くしているとは限らなかった。戦争は各地で行われ科学技術の推進はそのまま殺人兵器の威力に反映される。アインシュタインが生まれ育った国でもまた、多くの犠牲者を出した。


 ポセイドン、アルテミス、ヘラクレス、ハーデス。神の名をもつ兵器を各国が次々と開発する中、アインシュタインは長い年月と潤沢な開発施設をフル動員させて自らの唱えた光速度不変の原理をついに覆した。同時に宇宙船の開発に着手、恒星のエネルギーを推進力に変え、重力操作によりブラックホールを意図的に作り出しワープするという突拍子もない発想は天才による確かな計算の元に構築されていった。


 しかしそれは設計者の意図しない使われ方をする事になる。衝突する隕石を破壊するために装備された力は人間たちに向けられた。無限とも言える恒星のエネルギーは出力を抑えても一発で国一つを海の藻屑と変えた。自由自在に飛び回り落雷のようなレーザーで国を消していく悪魔の兵器は皮肉にもその性能から『ゼウス』と呼ばれ畏怖された。しかし、結果としてゼウスの登場が地球自体の滅亡になると談義され、三千世界への移行と繋がっていったのだった――。


 


「いったのだった……。じゃないわよ。何で関西弁なのよ」


「日本人の骨格やと外来語は発音しずらいねん、ほいで日本語と言えば関西弁やろが!」


「ふーん」


 陽葵にはまったく理解できなかったが、とりあえず目の前のアホ面の鳥がもの凄い科学者なのは分かった。春翔は目を輝かせながら石井の話を真剣に聞いている。


「信じられんがゼウスを動かしたのが紛れもない証拠だ」


「まぁ、何でも良いや。いっくんはいっくんだし」


「相変わらず軽いやっちゃなあ」


「それよりあの変態どこ行った? 一発殴ってやらないと気が済まない!」


 陽葵はつい先ほどまでの記憶を思い出して怒りが込み上げてきた。


「牢屋に閉じ込めたった、あいつは危険すぎるわ」


「よーし」


 陽葵は腕まくりする仕草をすると部屋を飛び出して行った。


「おい、逆にまた洗脳されたら面倒だ。春翔、付いて行ってやれ」


「わかりました!」


 陽葵はゼウスに案内させながら宇宙船最深部にある牢屋に向かった。煌びやかに装飾された船内は唐突に無機質なコンクリートの壁に変わり、ひんやりと冷たい空気が辺りを支配していた。黒い鉄格子が縦に伸びた牢屋が七つ並んでいる。その一番奥に不知火は居た。


「おや? どうされました」


 不知火は牢屋の真ん中でパイプ椅子に足を組んで座っていた。陽葵は、一瞬こちらが牢屋の中で監視されているような錯覚をおこした。


「よくも好き放題してくれたわね」


「解けましたか……。ずいぶん早いな」


 不知火は顎に手を当てるとマジマジと陽葵の顔を覗き込んだ。


「そちらの少年は?」


 少し遅れて駆け付けた春翔に不知火は質問した。


「あ、天野春翔です」


「春翔くんいいのよ、こんな変態に自己紹介しなくて」


「変態? とは」


 不知火は立ち上がると一歩、二歩、黒い鉄格子に近づいてきた。百九十センチはありそうな不知火を陽葵は見上げた。


「アンタみたいな奴を変態って言うのよ」


「光栄です」


「褒めてないし!」


 不知火は陽葵の言葉を無視するとしゃがんで春翔の事をじっくりと観察している。


「君は……。そうか、君の力か……」


「え、なんでしょうか?」


「春翔くん! 変態が感染るよ」


 不知火はクスッと笑みを漏らすと立ち上がり元いたパイプ椅子に座り直した。長い足を組んで慇懃に話しだす。


「陽葵……。あなたは子供を作りなさい」


「ハァァァッ! なに言ってんのよ!」


「それがあなたの役目です」


「あのねぇ! 今どき女は子供を作るべきなんて考えは古いのよ! 古ッ! フェミ男、古ッ!」


「少年……」


 捲し立てる陽葵だが不知火にすっかり相手にされずにその場で地団駄踏んだ。


「君は悲しい宿命を持った人ですね、しかし……」


「え?」


「だからこそ美しい……」


 鉄格子の向こうにいる不知火を引っ叩く事も出来ずに陽葵は牢屋を後にした。あの男と話していると調子が狂う。妙に耳障り良い声が逆に癇に障った。




「あー! 腹立つ!」


 陽葵は司令室のソファにどっかと座ると足を投げ出した。


「もうええやんけ、ほっとき」


「あの変態、子供を作れとか言うんだよ!」


「良いじゃないか、相手もいるし」


 神宮寺が春翔を顎でしゃくった。


「まぁ、春翔くんの子ならいいけど……。あ! 子供と言えばユッキーの子供は見つかったの?」


 神宮寺の眉間に皺が寄る。

「何のことだ?」


「えっとほらお札の、一葉と英世」


 神宮寺はため息を吐いて春翔を見た。


「春翔が気が付いたんだろう?」


 春翔は申し訳なさそうに頷いた。


「まあ良い、別に隠すような事じゃない」


「なんやねん? おもろそうな話やんか」


 陽葵は以前の時代で出会った二人の子供、神宮寺が宇宙を旅する理由をかいつまんで石井に説明した。


「そら難儀な旅やな……。しかし残念やがこの惑星で一葉と英世っちゅう名前は聞いたことないな」


「ああ、すでに確認済みだ」


「大丈夫だよユッキー。きっと次の惑星にはいるって」


「だと良いがな……」


 それだけ言うと神宮寺は立ち上がり、複雑な表情のまま司令室を出て行った。


 一方で指揮官を失った不知火派は混乱が予想されたが一部の熱狂的な信者を除いてはみな安堵していた。彼らは再び肉体を手に入れると争いの無かった頃の生活を取り戻していった。陽葵たちもすっかり惑星シヴァーでの生活に慣れ、まるで故郷のように馴染んでいた。そうして十四年の歳月が流れ、宇宙船ゼウスのエネルギー充電が完了するまで残り一年。平和な惑星に不穏な足跡がヒタヒタと迫っていた。

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