第25話 不知火の誤算と石井の正体

「子供を創りなさい。先ほど肉体を失った者達の魂はその子供に宿り、再び現世を生きることが出来るでしょう。そうしてあなたは初めて赦されるのです」


 不知火は腕の中で意識が朦朧もうろうとしている陽葵の耳元で囁いた。あらわになった真っ白な太ももに手を置くと陽葵はコクリと頷いた。唇を重ねて鼠蹊部そけいぶにゆっくりと手を移動させた所で邪魔が入った。


「神の代弁者。奴らがこちらに向かっております」

 

 肩に止まった蝿の幻影は換気口から中に侵入し、緊急事態の報告をしてきた。邪魔をされた事は業腹だったが幻影を握り潰したところで何の意味もない。不知火は「わかった」とだけ呟くと陽葵をシーツにくるんで抱き上げた。


 そのまま部屋の奥にある裏口から裏庭にでる。そこには信者に盗ませておいた飛空挺がすでに駐機していた。大昔に大量生産されたタイプの小型飛空挺は離陸、着陸に滑走路を必要としないだけでなく、操縦が単純明快で子供でも乗りこなすことが可能だった。コックピットにされるがままの陽葵を座らせると、不知火はエンジンを稼働して直ぐに飛び立った。


「陽葵、もう少し待っていてくださいね」


「はい……」


 目的の場所には直ぐに到着した。ブルーメタリックの巨大な宇宙船ゼウスを目の当たりにして不知火は感動していた。


「素晴らしい――。これがゼウス」


 離着陸用の甲板に飛空挺を停めると再び陽葵を抱えて歩き出す。そして船内入口の扉の前で立ち止まった。おそらく登録者しか扉を開く事はできないと考えていた不知火の予想は的中、陽葵に囁く。


「陽葵、ゼウスの扉を開けてください」


「はい……」


 陽葵がゼウスに命じると固く閉ざされていた鉄の扉はあっさりと滑らかに開かれた。長い廊下を進み、陽葵に案内をさせて司令室まで侵入した不知火はソファに陽葵を寝かせて部屋の中を見回した。やはり操縦桿そうじゅうかんの類は一つもないオート制御。音声で操るタイプと推察した。


「ゼウス。私の命令を聞けますか?」


『登録者以外の指令は受け付けません』


 やはり。不知火は質問を変えた。


「ゼウス。エネルギー充電量はどのくらいですか?」


『登録者以外の指令は受け付けません』


 指令ではなくて質問なのだが……。不知火はそれ以上は諦めて陽葵の隣に座り耳元で囁いた。


「ゼウスの充電量を聞いてください」


「はい」


 陽葵の問いかけにゼウスはあっさり『7%です』と答えた。不知火は続く質問を陽葵に指示する。


「ゼウス、雷帝の出力を下げて陸地のユピテルだけを吹き飛ばす事は出来ますか?」


『可能です。その場合、現在のエネルギー1%を使用する事になります』


 不知火はその場で顎に手を当てて熟思した。儀式を途中で中断されたがゼウスに来たのは好判断だった。この場所に飛空挺なしではだれも辿り着けない。フルパワーまで充電するにはまだかなりの年月が必要に違いないがそれまでここで過ごすのも悪くない。惑星シヴァーでの生活にも些か飽きていた。


「殺すか……」


 陸地に残された脳と闖入者達。ゼウスの操縦をさせる為に生かしておこうとも考えていたが、陽葵がいれば問題はない。もはや不知火にとってゼウスと陽葵を何とか取り戻そうとする邪魔な存在でしかなかった。


 不知火は陽葵を抱きしめると息を吹きかけるように命令を下した。壊れた人形のように「はい」としか返事をしない。


「ゼウス、陸地部分を雷帝で消してください……」


『かしこまりました』


 船内に『ヴゥーーーーーーーン』と機械音が響き渡る。

『エネルギーチャージ七十五% 九十% 百% 雷帝発射準備完――』


「ゼウス! やめんかい!」


 雷帝が発射される直前、司令室の扉が開かれると同時に石井が飛び込んできた。『キュゥゥゥゥン』と甲高い音が船内に鳴り響く。


『最上位命令権所有者の指令が入ったため雷帝での狙撃を緊急停止しました』


 不知火はその場で立ち上がり石井に視線を送った。さまざまな疑問が脳内を駆け巡るがまずは最初の質問を投げかけた。


「どうやって船内に?」


「ゼウス! この男を拘束せんかい! 陽葵に傷一つつけるなよ」


『かしこまりました』


 石井は不知火の質問を無視してゼウスに命令した。当たり前のようにその命令に従うゼウスに不知火の頭は混乱したが、その刹那。体が一気に重くなりその場に片膝をついた。


「ぐっ! これは?」


 その間もどんどん体は重くなりやがて地面に張り付くような体勢になると不知火は声すら出せなくなった。


『拘束完了しました』


「あかんゼウス、もうちょっと重力をゆるめや。死んでまうわ」


『かしこまりました』


「ゼウス、陽葵を別室に頼むわ」


『かしこまりました。いつも過ごされているお部屋にお連れいたします』


 すると船内にいた人型ロボットがゆっくりとソファに座り傍観していた陽葵を抱き上げて司令室を出て行った。シンと静まり返った部屋で不知火は石井と対峙する。少し軽くなった体を不知火は何とか座る体制に整えた。


「反重力装置ですか?」


「せや」


「先程の質問に答えて――。いや、大体分かりました」


「陽葵になにしとんねん!」


「なにも、少し暗示をかけただけです。まだ途中なので時間が経過すれば元に戻りますよ」


「ほんまやろな? 嘘やったらしばき回すで」


「ええ、あなたに嘘はつきません。私が世界一尊敬する人物ですからね」


 不知火は膝を立ててそこに肘をついた。体が鉛のように重いが目の前の男に敬意を払いたかった。


「しかし、まったく気がつきませんでした」


「若い頃のイメージがないんちゃうか、まあ最近はずっと鳥の姿やしな」


「なるほど」


「収容施設の人たちはどないしてん? 建物内には見当たらんかったぞ」


「彼女たちは次のステージに向かいました、私はその手伝いをしただけですよ」


「われ、ポセイドンをまた殺人につこたんか!」


「殺人兵器を殺人に使うのは理にかなっていると思いますが、それに……」


「なんやねん」


「ゼウスに比べればポセイドンなど赤ん坊です。それを作ったあなたはまさに神の子。終末戦争を終わらせた人類最終兵器ゼウスの創始者=アルベルト・アインシュタイン」


「こいつは元々宇宙船として開発したんや!」


「その割には物騒な装置を内蔵していますね。これ重力をさらに上げれば人間が跡形もなく消え去りますよね?」


「長い旅になれば仲間割れや犯罪に手を染める奴もおるんや、あくまでも秩序維持のためや」


「雷帝で死んだ人間は何十億人といますよ」


「雷帝は衝突する隕石を退けるためや、決して人に撃つもんちゃう」


 不知火はため息をついた。稀代の天才と謳われたアインシュタインも所詮は人の子。崇高すうこうなる別次元の存在にはついぞ届かないのかもしれない。


「優也の親父おやじや思て見逃しとったけどもうあかん。悪いが牢屋に入ってもらうで」


「殺さないのですか? その方が楽でしょう。この重力装置を最大にすれば跡形もなく消え去るのでは」


「あほ、お前と一緒にすな! 命ちゅーのは尊いもんやねん」


「命が――。なるほど、同じ神の子でも与えられた能力や使命に違いが……」


「ゼウス! この男を牢屋に入れとけ、絶対出すなよ。ほんで陸地におる神宮寺と春翔をすぐに回収してきてくれるか」


『かしこまりました』


 人型ロボットが二台現れると不知火の両脇を抱えて部屋から連れ出した。そして宇宙船内にある七つの牢屋の一つに投獄された。

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