第24話 天野 春翔②
春翔は玄関を開けて勢いよく飛び出すとすぐに白い壁にぶつかって尻餅をついた。しかし、それはよく見ると仁王立ちした白衣の神宮寺だった。
「飛空挺がない……」
神宮寺はポツリと呟いた、春翔はその視線の先に目をやる。家の前に停泊していたはずの小型の飛空挺はすっかり消え去っていて。車輪の跡だけがクッキリと芝生を抉り茶色い土を露出させていた。
「なんでやねん!」
「こっちが聞きたい」
「盗まれたんと違うか?」
「馬鹿な! 誰が操縦出来るんだ? あれは旧型で自動操縦はできんぞ」
「アホいえ、飛空挺の運転が出来るやつくらい不知火側にもおるやろが! キーくらいしっかり外しとかんかい!」
「いやしかし、何のために……」
春翔は二人のやり取りを背中に走り出した、とにかく陽葵の元に急がなくてはならない。自分が駆け付けた所で何も出来ないと分かっていても春翔は全力で走った。
「春翔! 先言っとるで!」
春翔の横を石井がものすごいスピードで追い抜いていった。後ろを振り返ると神宮寺も走ってこちらに向かってくる。春翔はとにかく懸命に足を前に出して走り続けた。森を抜けて着いた場所は高い壁に覆われていて侵入者の行手を阻んでいた。
「入口はないのか!」
神宮寺が叫ぶ。「俺はこっちから回る、春翔はそっちを見てくれ!」
春翔は右に走って行った神宮寺とは逆の左手に向かい再び走り出した。右側の高い壁はずっと続いている、やがて角を曲がりさらに突き進んで行き、更に角を曲がった所で石井を発見した。その奥からは神宮寺が駆けつけてくる。先程の壁からちょうど半周した場所に入口と思われる鉄の扉があった。
「鍵を開けんかい!」
「申し訳ありません、開祖よりアリンコ一匹敷地に入れるなと預かっておりますぅ」
石井の前には屈強なゴリラの幻影が門前に立ち塞がっていた。
「なにぬかしてけつかる! わしを誰やおもとんねん」
「申し訳ありませんがぁ」
「石井さん! 空から入れませんか?」
「あかんねん、この姿だと建物の扉を開けられん」
「すみませんがぁ、お引き取り――」
ゴリラが言い終える前に神宮寺が後ろから羽交締めにした、両脇をガッチリと掴んで離さない。
「春翔! 鍵があるはずだ、探せ」
「ちょ、やめてくださいぃ!」
抵抗するゴリラの足首にゴムが巻かれていた、銭湯でロッカーの鍵を足首に巻き付けるように固定されている。春翔は毛むくじゃらの足を持ち上げると足首から鍵を奪い取った。
「行け!」
ゴリラを押さえつけたまま神宮寺が叫ぶ。春翔は鍵を黒い門に差し込んで開錠すると、体全体を使い押し開けた。そのまま敷地内に体を滑り込ませる。広い敷地内の真ん中には焼け焦げたような消し炭の跡があった。
「こっちや春翔!」
石井の後に続き春翔は入口と思しきガラス扉の前に立った。幸い鍵は掛かっておらず、すんなりと開く。昇降口のようなスペースを土足で駆け上がり長い廊下に並んだ一番手前の扉を思いきり引いた。
「おらんな、次や」
春翔と石井は次々に学校教室のような扉を開けていくがどこにも陽葵の姿はなかった。しかし、廊下の突き当たりを曲がりさらに真っ直ぐ行くと明らかに様子の違う重厚絢爛な扉が一枚、春翔の目の前に立ちはだかった。
「ここやろ!」
石井の言葉に頷いて扉に全体重を掛けた、しかしそれはまるでびくともせずに春翔の身体を弾き返す。先程の門の鍵を差し入れようとしたが全く種類が違うのか鍵穴にすら入らなかった。
「陽葵ちゃん!」
ドンドンドンッ! と扉を叩きながら春翔は叫んだ。扉に耳を付けるが中に人がいるかどうかも分からない。
「陽葵ー! おらんのかー!」
石井が叫ぶも重厚な扉は何の反応もなくただそこに無言で
「どうした、開かないのか?」
「はい、鍵がないととても」
「くそっ!」
神宮寺が扉を蹴っ飛ばしていると門番のゴリラが駆け寄ってきた。表情は分からないが憔悴しているのが見てとれる。
「ちょっと勘弁してくださいよぉ。もうその部屋には誰もいませんからぁ。あーあ、靴の跡が……。校内は土禁ですよぉ」
ゴリラは自分の腕の毛を使って靴の跡を拭いている、その背中に神宮寺が問い詰めた。
「もういないだと。さっきまではいたのか?」
「ええ、あなた方が騒ぎ立てるからぁ。儀式の最中なのにぃ」
「信用できるかっちゅうねん、中見せんかい!」
「もー、見たら帰ってくださいよぉ」
ゴリラは渋々といった具合で左手首に巻かれた鍵を取ると重厚な扉の鍵穴に差し込んだ。あっさりと開いた室内に春翔は飛び込んだ。
蝋燭がゆらめく異様な雰囲気の室内は確かに誰もいなかった。しかし数分前まで人がいたような温もり、気配だけが尾を引いたように部屋の奥に続きぷつりと途絶えた。
「神宮寺さん、陽葵ちゃんの位置情報は?」
「そうだった」
神宮寺は脇に抱えていたノートパソコンを床に置いて開いた。キーボードを何度か叩いて画面を凝視する。
「移動してるぞ! すごいスピードだ」
「パクった飛空挺で逃げよったか」
石井がバサバサッと画面の前に来て覗き見ている、春翔がその後ろから見ると確かに陽葵を示す緑の点が高速で北上していた。
「どこに向かっとんねん! おうゴリラ?」
「僕は何も知りませんよぉ。それより早く出て行ってくれないかなぁ」
ゴリラの幻影は心底困った様子で入口に突っ立っていた、本当に何も知らないような口ぶりだったのでそれ以上石井は何も言わない。
「神宮寺さん、これって……」
「ああ」
「何やねん、行き先が分かったんかいな?」
「おそらく飛空挺が向かっているのはゼウスだ」
「なんやて、不知火のやつ何考えとんねん」
「目的は分からんが追う事も不可能、お手上げだ」
神宮寺が両手を上げると石井がバサバサバサッとその場で浮いた。
「わしが行ってくる。自分らは家で待っとき、春翔、そこの窓開けんかい!」
春翔は言われた通り廊下に面した窓ガラスを開け放った。石井はものすごいスピードでそこから飛び出すとあっという間に空の彼方に消えて行く。春翔はその姿をただ見送ることしか出来なかった。
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