第11話 人類最終兵器『ゼウス』

 西暦3110年 地下一階 宇宙船格納庫――。


 

 敷地面積五十K㎡ およそ東京ドーム百個分の広大な空間に大小様々な宇宙船が格納されていた。


 人類の叡智えいちを結集して作られた最後の兵器。一隻で惑星を滅ぼすほどの力を有した悪魔の船は『ゼウス』と呼ばれ、抑止力だけにはとどまらず多くの人間たちの命を奪った。


 人類の数が百分の一を切ったところでようやく過ちに気がついた各国首脳が集まり決断したのが三千世界。


 誰にも干渉しない世界、各々が想像した未来で自由に生きることで戦争はなくなり、人類滅亡のシナリオは一旦幕を閉じた。


 あれから三百年、恒星の莫大なエネルギーを推進力に変換することで、移動手段としても優れた性能を持つ『ゼウス』は再び目を覚ました――。  





 どら焼き、いや土鍋。巨大な宇宙船を前に陽葵はそんな感想しか出てこなかった。メタリックブルーに輝くそのボディはいかにも未来的なフォルムを醸し出していて、男の子なら狂喜乱舞するんだろうなと考えていた。現に隣の春翔は目を輝かせて食い入るように眺めている。


「準備はできたか? 忘れ物があってもとりになんて帰らないぞ」


 相変わらずの白衣に身を包んだ神宮寺が言った、忘れ物も何もない、陽葵が持っているのは制服だけだ。手ぶらの旅行。まさに上級者。


「これどっから乗るの?」

 巨大な土鍋のような宇宙船は四本の脚のような物で支えられている、陽葵たちはちょうど宇宙船の真下辺りにいた。


「ゼウス、搭乗だ」


 神宮寺が真上に向かい話しかけた、すると無音で船底にある扉が開かれる、次の瞬間ふわりと陽葵の体が宙に浮いた。


「きゃっ、え、なにこれ?」


 見ると神宮寺と春翔も同様に浮いている。


「重力装置がついている、大人しくしてろ」


 体はどんどんと上昇していく、初めての無重力体験に興奮したが、高所恐怖症の陽葵は下を見てめまいがした。やがて体は船内に吸い込まれて、開いていた扉がとじると無重力体験は終了した。


「いくぞ」


 大股で歩き出した神宮寺に陽葵と春翔は小走りでついて行く。船内の通路は柔らかい絨毯が敷かれていて高級なホテルみたいだった。頑丈そうな扉が並んでいるがなんの部屋かは分からない。やがてより頑丈そうな大きな扉の前で神宮寺は立ち止まる。


『神宮寺諭吉、確認しました』


 頭上から無機質な機械音が聞こえてくると扉はプシューっと空気が抜けるような音を立てて開いた。


「ここが司令室、操舵室と言った方が分かりやすいか」


 陽葵は神宮寺に続いて部屋に入室した、操舵室と言う割にはハンドルやボタンの類は一切ない。巨大なスクリーンと高級そうな応接セットがあるだけだ。神宮寺は柔らかそうなソファに腰を下ろしてタバコに火をつけた。


「まあ座れ。ゼウス、コーヒーを三つくれ」

『かしこまりました』


 陽葵は言われるがままに神宮寺の前に座った、革張りのソファにお尻が沈む。春翔も横に腰掛けた。


「ゼウスなのに命令されるって変だね」

 人間に命令される神、陽葵は矛盾を口にした。


「ハッハッハ、確かにお前の言う通りだ」


「ちょっとユッキー、女の子にお前はないでしょう、陽葵っていう可愛い名前があるんだからさあ」


 陽葵は頬を膨らませて講義する。


「ちょっと待て、なんだそのユッキーってのは」


「諭吉だからユッキー、決まってるじゃん」


「いや、おまっ――」


『お待たせしました』


 いつの間にかテーブルの横に、コーヒーをトレンチに乗せたロボットがスタンバイしていた。五等身の体に可愛らしい瞳。陽葵が生まれた時代のペッパーくんのようなフォルム。


「まあ、呼び方なんかなんでもいい」


 ロボットは丁寧に陽葵たちの前にコーヒーを配ると、無音で帰っていった。


「いいか、基本的に全ては音声で操作する。俺たちの声は登録済みだ、飯は言えば大概のものは出てくる」


「え、ケーキとかも?」


「多分な」


「嬉しいー! あっ、でも食べ過ぎると太っちゃうな。春翔くんは痩せてる方が好み?」


「え、あ、いや、どちらでも」


 春翔は陽葵が見つめると視線をそらした。


「とにかく、必要なものがあればゼウスに頼め」


「はーい」「はい」


「じゃあさっそく出発するがお前ら、あ、いや、春翔に陽葵。本当に良いんだな?」


「はーい」「はい」


「まったく緊張感のない奴らだな、まあいい出発だ」


 神宮寺は立ち上がりゼウスに命令した。


「ゼウス、エンジン起動、出発準備」


『かしこまりました』


 するとほんの僅かな起動音と共に船体が少しだけ揺れた、ゼウスが続ける。


『起動完了、現在地のデータ抽出。惑星クリューソス、生命反応三、生体反応六百六十三。船長、神宮寺諭吉、船員、天野春翔、菊地陽葵。初めての搭乗ですね、船の説明はどうされますか?』


「けっこうだ、さっそく惑星シヴァーに向かってくれ」


『かしこまりました、到着までは二十八年と三ヶ月を予定しています。それでは快適な宇宙の旅を満喫してください』


 すると巨大なモニターに電源がはいり現在地と目的地が表示された。


 現在地、惑星クリューソス――。

 

「ちょっとちょっとユッキー、ツッコミどころが多すぎるよ」


「なんだ、もう引き返せないぞ」


 コーヒーに砂糖をドバドバ入れながら神宮寺は言った。


「いや、そうじゃなくて二十八年? そんなにかかるの?」


 船内はかなり広そうな上に快適な空間を演出しているのは陽葵にも分かる、しかし二十八年と言うのは乗り物に乗っている時間としては長すぎる。


「バカ言うな、お前たちが生きていた時代だったら何千億年かけても到着しない距離だぞ」


「そうなの?」


 陽葵は春翔に同意を求めるとバツが悪そうに頷いた。


「えー、ひまー! おばさんになっちゃうー」


 二十八年後、陽葵は四十五歳。


「大丈夫だ、今の身体はそうだな。二十年で一年歳をとるくらいのスピードだ。それに硫化水素のカプセルも用意してある、希望なら着くまで寝てろ」


 なるほど、あの中なら老化もしないし時間が経つのもあっという間だ。最悪そうしようと陽葵は考える。


「あ、あと、惑星クリュ、なんたらってなに? 出発地になってるけど」


「何って今いた惑星だよ、言ってなかったか?」


「聞いてないし、地球どこだし」


「地球は更に遠くにある、経緯を説明するか?」


「いや、大丈夫。もうお腹いっぱい」


 考えることに疲れた陽葵は一旦思考を停止した、目を閉じるが宇宙船が動いているかどうかも分からない。神宮寺と春翔はまたわけのわからない話に花を咲かせている。

 

「光速度不変の原理は崩壊したんですね?」


「そうみたいだ、でなければ宇宙の果てには永遠に到着しないからな」


「すごいですね、相対性理論が根本から覆るじゃないですか」


「それが覆した人間が傑作なんだが――」


「あー! そう言えば自分の部屋とかある? お風呂は、トイレは?」


 大事なことを聞き忘れていた陽葵は二人に割って入った。神宮寺はため息をついて質問に答える。


「あるよ、個室に全て備えつけてある」


「じゃあ、春翔くんの隣の部屋がいいな」


 陽葵は春翔を見つめるが耳を赤くして俯くだけだった。


「勝手にしろ、だが繁殖はするなよ。俺は助産師の資格はないからな」


「サイッテー」


 ハッハッハー! と笑う神宮寺を陽葵は冷めた目で見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る