姉とゲーセン、サービス台に先生

大塚

第1話

 感染症の春。予定が全部吹き飛んだ。


 友だちと行く予定だった旅行も、サークルの飲み会も、付き合い始めたばかりの恋人とのデートも全部なくなった。海にも山にも行けなくなったし、なんなら実家にも帰れない。授業はほとんどオンライン。一人暮らししてる意味ないかも。バイトのシフトも激減した。いや、一人暮らし無理かも。

 恋人と交わすLINEのネタも尽きてきた。だって付き合い始めたばっかだもん。これからお互いのことを色々知っていくターンだったんです、けど。

 アパートのベッドの上で腐ってたおれを、訪ねてきた人間がいた。姉だ。二駅先で暮らしている。社会人。とはいえ業務はほとんどリモートに切り替わっているとか。

「ね、クルマ出して! クルマ!」

 姉はいつも唐突だ。たしかにおれは運転免許証を所持している。姉は持ってない。でもおれも自家用車は持ってない。大きなマスクで顔を半分隠した姉にせっつかれるがままにレンタカーを借りた。半日。大きな買い物でもするのかと尋ねれば、おれたちが住んでいる街の隣の市にあるクソデカゲーセンに行きたいのだという。


 そこで不意に思い出した。姉、オタクだった。


 クソデカゲーセン系列の店でしかリリースされない限定のフィギュアがあるのだという。池袋あたりまで出れば系列店はたくさんあるはずなのだが「いや、でも、人間がいっぱいいるのは嫌」との回答、気持ちは分かる。気持ちは分かるしおれも暇なので、助手席に姉を放り込み、片道30分のドライブに繰り出した。

 クソデカゲーセンは空いていた。これも感染症のせいだろうか。姉は目当てのフィギュアの元に早足で突っ込んで行った。おれは、姉と違って嗜む程度しかクレーンゲームで遊んだことがない。ゲーセンに来るのも数年ぶりだ。事前に崩してきたらしい百円玉を流れるように投入する姉を横目に、店内をぐるりと見て回った。フィギュア、ぬいぐるみ、お菓子に化粧品……最近のゲーセン、なんでもあるな。でも何が欲しいという気持ちはおれにはない。ただただ珍しいものを眺めるような気持ちで、透明のアクリルの向こう側に陳列された品物たちを見て回った。


 訳が分からないぐらい広い店内のいちばん隅に置かれたゲーム機の前で、足が止まった。そこには様々なジャンルの──アニメ、ゲーム、その他色々──のぬいぐるみが雑多に積まれており、

「これは〜、サービス台だね〜」

 いつの間にか姉が背後に迫っていた。目当てのフィギュアは無事ゲットできたらしい。マスクをしていても分かるほどに顔が輝いている。良かった。

「サービス台?」

「うん。なんていうか、こう、旬が終わったジャンルの商品をまとめて置いて、初心者にも取りやすくする……っていう」

「処分台」

「オブラート!」

 言われてみれば確かに、以前流行ってたアニメのキャラだとか、一時期めちゃくちゃ人気があったゲームのキャラなんかがちらほらと目に付く。姉はオタクでおれはそこまででもないつもりだけど、この深夜アニメ面白いよ、とすすめられると取り敢えず見てしまうのは弟の性質というものだろうか。人気のある、あった作品のキャラクターの顔と名前ぐらいはひと通り分かる。

「やってみる?」

「いや」

 いい。だって別にぬいぐるみとか要らんし。

 姉の目当ての商品が手に入ったなら、もう帰宅しても良いだろう。そう思って踵を返そうとした瞬間、

「あ」

 視界に飛び込んできた青いパーツ──髪か。ぬいぐるみの髪の毛だ。フェルトみたいな布でトゲトゲの髪型を表現している。

「あ〜、あの子!」

 姉がなぜだか嬉しそうに声を上げる。昨年末、世の中がここまで訳の分からないことになる直前に最終回を迎えたアニメのキャラクターだ。最終回の二話前に死んだ。原作があるわけではない、完全オリジナルの深夜アニメだった。人気があったかどうかは知らない。でもおれは楽しく見ていた。姉も見ていた。姉の好きなキャラクターは最終回を生きて迎えた。おれは──別にあの、青い髪の男性キャラクターが好きだったわけではないのだけど。

「え、なんか懐かしいね。終わってまだ半年も経ってないのに」

「うん」

「あ、すみませーん! ちょっと出して欲しい子がいるんですけど!!」

「え?」

 姉が消毒用に使うと思しきスプレーとタオルを手に歩いていた店員さんを呼び寄せ、件のキャラクターをぬいぐるみの山の頂点に置かせてしまった。

「やってみたまえ、弟よ」

「ええ……」

 姉が百円玉を投入し、おれは渋々操作レバーを動かす。

 サービス台、処分台、初心者台のはずなのに、青い髪の男を手に入れるのに五百円かかった。


 その後ファミレスで飯を食い、姉を自宅まで送って解散した。レンタカーを返し、歩いて自宅に戻る。片手に二頭身のぬいぐるみを握り締め。

 今夜はサークルのZOOM飲み会だっけ。付き合ってることになってる恋人はきっと来ない気がした。コンビニで買った酒とつまみの袋の中にぬいぐるみを放り込み、部屋の明かりを点けた。

 ノートパソコンを開き、デスクの上にぬいぐるみを置いた。青い髪の男。名前はXという。主人公たちよりちょっと年上だった。上司っぽいポジションだった。出番はそこそこあったし、声優も有名な人(と姉が言っていた)だけど、こういうグッズになってるイメージはなかった。登場する度に嫌味な物言いをするキャラクターだった。最後はひとりで死んだ。彼が死んだことを、最終回の後も誰も気付かないんじゃないかな、みたいな死に方だった。そういやって呼ばれてたなー、主人公から。そんなことを考えていたら、姉からLINEが来た。今日手に入れたフィギュアの写真だった。嬉しそう。良かった。

『先生の写真も送ってよ!』

 は?

『ぬい撮りしなよ!』

 何て?

 思わず検索サイトに頼っていた。ぬい撮りとはつまり、出先やなんかでぬいぐるみの写真を撮ること。字面のまんまじゃないか。あんまりTPOを弁えずにぬいぐるみの写真を撮りまくると白い目で見られることもあるということ。それはそうだろう。そして今。

 Xの前に買ってきた缶ビールを置いて写真を撮る。それを姉に送る。

『いいね!』

 定型文みたいな返信が来た。

『ラーメン食べに行く時とか先生も連れて行きなよ!』

 なぜ。

『先生、ラーメン好きそう』

 そんな描写あったか?

『先生は第二の人生なんだから、色々経験させてあげて』

 姉はXの何なのだろう。分からない。じゃあまた写真撮ったら連絡する、とだけ返して切り上げた。絶対だよ! と追い討ちが来た。おお、姉よ。


 あと5分もしたら飲み会が始まる。Xを飲みの相手からは見えない位置に移動させ、もう一枚だけ写真を撮った。まあ、鞄にも入るサイズだし、しばらくは友達とも遊べないし、ラーメンだってひとりで食いに行くから、Xの第二の人生を記録してやっても、悪い気はしないんだけど。

「ラーメンより焼き肉の方が好きなんじゃね? 先生」

 なにー? とスピーカーから声がした。飲み会始まってた、やべ。


おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

姉とゲーセン、サービス台に先生 大塚 @bnnnnnz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説