ゴリマッチョ、縫いぐるみに転生する

京高

プロローグ ぬいぐるみになった!?

 ――思えば碌な人生ではなかった。アスファルトに倒れ伏しながら青年、予町利剛よまちとしまさは決して長いとは言えない自分の人生をそう振り返っていた。


 他人よりも成長が早かった利剛としまさは、幼い頃からしっかりとした体格を誇っていた。それだけならば『恵まれた』と言えたかもしれない。

 が、彼の場合はそれに加えてかなりきつめの強面が付随していたのだ。


 付いたあだ名はゴリマッチョ。


 学生時代は喧嘩を売っているのかと不良たちに絡まれることは日常茶飯事で、終いには番長にまで祭り上げられたりする始末だった。


 仮に、彼がそんな生活を楽しめたり、一周回って開き直ることができたりする性格であれば、その人生も違ったものになっていたかもしれない。

 だが、本人にとって不幸なことに利剛はそこまで達観することはできず、本音を口に出すこともできずにただただ鬱屈とした日々を送ることしかできずにいたのだった。


 そして、人生最期の時は唐突にやってくる。何気なく視線を向けた先、道路のど真ん中で女の子が倒れていたのだ。しかも、そんな子どもの姿には気が付いていないのか、一台の車が猛スピードで彼女へと近付いてきていた。


 そこから先のことは、ほとんど彼の記憶に残されていない。死への恐怖をやわらげるために脳の自衛機能でも働いたのだろう。

 気が付くと身動き一つとれないまま地面に倒れ伏していたのだった。


(お、女の子はどうなった!?)

(無事だよ。転んだ時に擦り傷ができていたようだけど、それ以外は怪我らしい怪我もしていない)


 どこからか聞こえてきた声を不思議に思うことなく、利剛はその言葉に安堵した。だがその直後、自分を取り囲んだ者たちが厳しい視線を向けてきていることを感じ取ってしまう。


(くそっ。やっぱりそんな目で見られるのかよ)


 女の子を助けたヒーローではなく、連れ去ろうとしたところを事故に遭った間抜けな犯罪者だとでも思われているのだろう。負の感情が込められた視線から、利剛はそう判断していた。


 嫌でも慣れさせられた、いつものことだ。

 いつものことなのだが、せめて死ぬ間際くらいは外見だけではなく正当に評価してもらいたいと思ってしまう。


 ふと、助けた女の子の姿が視界に入る。その腕の中には彼女の半分ほどもありそうなぬいぐるみがしっかりと抱え込まれていた。


(ぬいぐるみは良いよなあ。あんな風に女の子に抱きしめて貰えるんだからよ)


 そういえば、店先に陳列された巨大な縫いぐるみに女性たちが抱き着く様を見て、羨ましく思っていたことを思い出す。

 ちなみにその後、利剛の視線に気が付いた女性たちが「ヒッ!?」と小さく悲鳴を上げたので、慌てて逃げることになってしまったのだったが。


(あー、次に生まれる時は縫いぐるみがいいな。うん。ぬいぐるみになりたい)

(いやいや、ぬいぐるみにだって人には言えない苦労とか悩みとかがあるものだよ)

(俺、ぬいぐるみになって可愛い女の子たちに抱きしめてもらうんだ……)

(全く聞こえてないみたいだね。というか妄想を垂れ流し始めちゃったよ。……まあ、それほどぬいぐるみになりたいって言うなら、できなくはないけど。ただ、今回の善行分のこともあるからなあ。無機物への転生は罰則の意味合いが強いから、収支が合わなくなっちゃうよ)


 考え込む謎の声に、ひたすら妄想を垂れ流し続ける利剛。シュール過ぎる光景である。もっとも、野次馬の誰一人としてそんなことになっていることには気が付いてはいないのだが。


(よし。ありがちだけどいくつかチート級の能力を付けておいてあげるよ。君の努力次第では動き回ったりもできるようになるかもね。それじゃあ、次の人生、いや、ぬいぐるみ生を楽しんでおくれ)

(え?な――)


 こうして予町利剛の人生は終わり、人知れずその魂は流転していくことになるのだった。



   〇 △ ◇ □ 〇 △ ◇ □ 〇 △ ◇ □ 〇 △ ◇ □



 目が覚めると、見えるのは知らない天井だった。


(って、真っ暗なんだから知らなくて当たり前だろ!いや、それ以前に俺は一体どういう体勢なんだ?本当に天井を向いているのか?)


 突然の状況の変化に次々に疑問が浮かんでくる。それらを解決しようと体を動かそうとしたところ、


(は?え?どういうことだ?何で動かない?)


 何故か起き上がるどころか、首を振ることすら、指先を動かすことすらできなかったのだった。


(どういうことだよ!?誰か!誰か助けてくれ!)


 パニックに陥り必死に助けを求めてみるも、その言葉が口をいて声になることすらない。次第に利剛は言いようのない恐怖に苛まれ始めた。

 このままだと狂ってしまう、そう思い始めた時、ようやく待望の変化が発生する。身体のどこか、もしかすると全身だったのかもしれない。振動らしきものを感じたのである。


 しかしそれも束の間のことだった。規則正しいリズムを刻んでいたそれは、一際大きな振動を最後に途切れてしまう。

 再び得も言われぬ恐怖が心の中に広がり始めるが、今度のそれはすぐに霧散することになる。音が、それも待望の人の話し声らしきもの聞こえ始めたのだ。


(な、なんて言ってるんだ!?)


 慌てて耳を澄ましてみるが、しっかりと遮断されているのか意味のある言葉ではなく、くぐもった音にしか聞こえない。それでも、音程やテンポの違いなどから複数の人がいることを突き止めることができた。


 だが、落ち着ていられたのもそこまでだった。突如ビリビリという騒音が響いたかと思えば身体が無秩序に揺すられていく。

 悲鳴を上げる間もない内に、次なる変化が訪れた。光が差し込んだかと思えば、様々なものが目に飛び込んできたのだ。


(あ、やっぱり知らない天井だったうわあああああああああ!?)


 暢気にネタを思い浮かべようとした次の瞬間、彼の身体は外へと引きずり出されていた。


(お、女の子おおおおおおお!?)


 がっちりと両手で体を掴んで真ん丸になった瞳を向けていたのは、まだ幼いと言える年頃の女の子だった。

 ……が、その大きさが尋常ではない。なにせ高く持ち上げている訳でもないのに、利剛の足は床へと届かず所在なく宙をさ迷うばかりだったのだから。少なくとも彼よりも一回り以上は大きいことになる。


(そんな幼児がいてたまるか!?いや、俺の目の前にいるんだけど!)


 驚きやら何やらで思考が一周回って冷静であるかのように見えてしまうほどである。


「うわあ、可愛いぬいぐるみ!お父様、どうもありがとう!」

(はへ?)


 満面の笑みを浮かべて利剛をぎゅっと抱きしめる巨大女の子。

 目覚めるより前に妄想していた瞬間がいとも簡単に訪れたのだが、当の本人はそれどころではなかった。


(ぬ、ぬいぐるみいいいいいいいい!?)


 何度目かになる絶叫が響き渡る……、ことはなかった。

 基本的にぬいぐるみには発声機能などは付いていないので。


 果たして、望み通りぬいぐるみに転生した彼の今世はどうなってしまうのか?

 続きは読者の皆様の評価次第……。

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ゴリマッチョ、縫いぐるみに転生する 京高 @kyo-takashi

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