第3話 サイン会場

 不安に苛まれながら、俺は冒険者ギルドの受付で確かめた。受付の若い男が躊躇いもなく応ずる。


「聖女様なら今サイン会じゃないかなあ」

「サイン会……アイドル的な存在なんですね」


 ギルド職員に尋ねると、年の変わらぬ男は笑った。


「確かにそうだけど、あんた何も知らないのかい? 初心者マーク付きなのは分かるけど、どこの田舎出身だ」


 男はそう言ってまた笑っている。

 何も知らないからと馬鹿にしやがって。こちとら日本生まれだ馬鹿野郎。聖女の次はお前を東京湾に沈めてやる。家族全員、一族郎党角刈りにしてやるから覚悟しろ。

 後で女神にバリカンを用立ててもらわないと。

 聖女はサイン会だな。いずれ沈める男に場所を確認し、俺はぬいぐるみを手にギルドを後にする。


 ――真っ昼間の屋外サイン会場は、賑わい華やか過ぎた。街の中央広場は人でごった返しだ。まるで人がゴミのよう。

 なるほどアイドル、もはや偶像崇拝の域を超えている。何万人いるんだ。よくも炎天下、ここまで人を集めたものだ。


 警備は厳重。今襲撃するのはとても叶いそうにない。というか、ここで殺ったら全然暗殺ミッションじゃなくなる。

 スナイパーライフルが必要だな。

 今、手持ちはナイフひと振り。

 くそ、握手に乗じて殺るとして何時間待ちだ。お前ら全員転売屋じゃないだろうな。こっちは正当な用件があるのに、お前らのせいで手に入るものも入らない。

 マジふざけやがって。


 しかし聖女のこの人気。こいつが書いた作品なら、小説作法がめちゃくちゃでも何百万部と売れそうだ。

 なんか、全然関係ないのにムカついてきた。

 暑さのせいか、それとも……。

 自問自答する中、手にしたぬいぐるみが撤退を指示した。

 女神の形をしたそれを携え、俺は姿も確認出来ぬまま一時撤退を余儀なくされる。

 今は女神に従うとしよう。


 いずれここに集まった奴らと転売屋は火炙りだ。次の目標は異端審問官に決定した。異世界転生からの人生の目標が見つかったぞ。

 魔女は正しくこんがり焼く。それが正しい異端者裁判。

 思いを胸に、サイン会場を後にする。


 ――宿泊施設は突き止めた。

 部屋番号まで手に入るとは、女神の執念も凄まじい。今はすっかりぬいぐるみだが、苛烈と悪辣を絵に描いたよう。もやは魔女はこちらだが、常に正義は我にあり。

 この素晴らしき世界に鉄槌を。

 玉ねぎのよう切り刻んでくれる。涙を流すのは貴様だ聖女。人気だけは一丁前の聖女め。お前のせいで人生めちゃくちゃだ。

 こっちは宿にも泊まれぬブラック残業。聖女ときたら超がつく高級ホテル。なんだこの異世界は。


 魔王はどこだ。さっさと街ごと焼き払え。

 ええい化け物、なぜ動かん。薙ぎ払え!


 ……仕方ない、俺が動くとしよう。

 正しい魔王のあり方を異世界住人共に教えてやる。

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