骸骨、犬猫問題を考える
「なぁ、現代に犬猫って存在すんのか?」
骸骨がそんなことを言い出したのは、昼食を終えて全員がまったりしていた時だった。
急に話を振られたファティマとアポロニアは互いに顔を見合わせ、再びダマルに向き直ると揃って首を傾げる。
「急にどうしたんですか? ボクが猫以外に見えます?」
「目の前にあるものが信じられないって、大丈夫ッスかダマルさん?」
「いやいや、そうじゃなくてよ。お前らは確かに犬耳猫耳、ついでに尻尾とくっついてるわけだが、元々の犬猫ってぇのは現代に居るのかって話でだな」
「「もともと?」」
再び2人が顔を見合わせる。
「……犬って言うと、カラとかアステリオンを指す言葉ですよね?」
「猫もケット以外に使わないと思うッスけど……」
ファティマもアポロニアも互いに結論が出たのか、もう一度同じようにダマルへ向けられた視線は、どこか可哀想な物を見る目だった。
「ダマルさん……頭大丈夫ッスか?」
「やめましょう犬。骸骨を診れるお医者さんなんて、世界中探してもきっと居ませんよ」
「オイコラ、いきなり人のことを病気扱いすんな」
確かに現代医学はおろか、生きている骸骨の診療が可能な医者は800年前にも居なかっただろう。しかし、流石にこの状況で放置するのもかわいそうになってきて、僕はダマルに加勢することにした。
「昔、まったく同じ名前で呼ばれた生き物が居たんだ。それが居るか、ってダマルは聞きたいんだろう?」
「……なんか知らんが、お前にちゃんと解説されると腹立つな」
「よし、表に出ろダマル中尉。骸骨に関節技が効くか、自分が直々に試してやろう」
「おいおい大尉殿、そいつはパワハラ――いえ、なんでもありません。完全に自分の落ち度によるものであります」
口の減らない骸骨は、どうにも関節技では満足できないらしい。ならばと僕がポラリスの肩に手を置けば、ソファに座っていたダマルは目にもとまらぬ速さでカーペットの上に土下座した。
解体されても平気なガシャドクロではあるが、とにかく低温には弱い。それで死ぬかは試したことがないのでわからないが、マキナを用いないで撃破するには最も手っ取り早い方法だった。
「人の気遣いをなんだと思ってんだい君は」
「悪ぃ悪ぃ、ついつい茶々入れたくなっちまったんだって」
ぺこぺこと軽薄そうにダマルが頭を下げる一方、そんなことはどうでもいいとシューニャが迫ってくる。
「――それで、2人の言う犬猫というのは一体?」
「あぁ、肉食の小型から中型くらいの動物で……体毛をもつ哺乳類で……口で説明するのって難しいな」
「じゃあじゃあ、絵をかいたらいいとおもう! かみとってくるね!」
言葉が難しいならと、ポラリスは思いついた勢いそのままに廊下へ飛び出すと、ドタドタと階段を駆け上がり、またすぐにドタドタと紙束を抱えて降りてくる。
「ダマル兄ちゃん、ペンかして」
「お前なぁ、こいつぁ貴重品なんだぞ……」
「いーから!」
ポラリスはダマルから美しい万年筆をひったくると、椅子にぴょんと座って絵を描き始める。この時点で誰しもの興味が、犬猫の話よりも万年筆へ注がれたことは言うまでもない。
「君、どこで万年筆なんて見つけたんだい?」
「テクニカの倉庫漁ってる時にな。これならインク足せば使えるし、拝借してきたんだわ」
どうやら黙って持ち出したらしい。その上、ポラリスが扱いに慣れていることから、彼女はそこそこの頻度で借りていたのだろう。
逆にそれを知らなかった一同からは、おぉ、と声が上がる。特に見た目の美しさからか、マオリィネが宝石を見るような瞳を向けていた。
そして言うまでもなく、もう1人。
「――ダマル」
「ヒッ!?」
音もなくダマルへ迫ったシューニャは普段と変わらぬ無表情ながら、それはそれは物凄い圧を発していた。
「今まで黙っていたことを咎めるつもりはない。ただ、あれの構造について、詳しく聞かせて。あと私にも使わせるように」
「ハイ、ヨロコンデ」
全員の前で出してしまったのが運の尽きだろう。シューニャが便利な文房具に反応しないはずもなく、それもインク壺にペン先をつけないままスラスラと書いていく様子に感動したのか、物凄い食いつきようだった。
「できたー!」
それもパッと持ち上げられた紙によって、再び思考が犬猫へと戻される。
自信満々に机へ置かれたそれは、なるほど確かに2つの動物らしきものが描かれていた。と、言えるだろう。
「……聞きたいのだけれど、これ、動物なのよね?」
「と、とりあえず4本足なのはわかるッス」
「なぁチビッ子。こりゃどっちが猫でどっちが犬だ?」
つまり、それくらいの感じである。
自分も絵心などないので敢えて突っ込まないが、ポラリスもまた中々の画伯であった。
「えーっ!? 見たらわかるでしょ!? こっちがイヌで、こっちがネコ!」
「お、おぅ……そうか、これが犬か……」
「こういう触腕を持つ生物は漁港で見たことが――むぐっ」
「シューニャ、ストップ。とりあえず1回静かに」
「しょくわん?」
きっとシューニャの中では、イカやタコに似た生物としてイメージが定着しかかったのだろう。実際、自分の目から見ても、そうだと言われた方が納得できる。
だからと言って、子どもの絵をいきなり辛辣な評価でぶち壊すのは、大人のするべきことではないため、僕は彼女の口を覆い、余計なことを言わないよう全力で抱き寄せておくことにした。
「おぉ……猫ってこんなのだったんですね。なんて言えばいいですか、色々生えたミクス――ぐニッ」
「よし、ファティも黙るように」
口さがない2人を頑張って抑え込みつつ、ダマルになんとかしろと視線で訴える。
すると骸骨は困ったように髑髏を右へ左へ振っていたが、やがて何か思いついたように下顎骨をパッと開いた。
「お、おーしチビッ子! ちょっとマオリィネと外で氷作って来い!」
「んぇ? どして?」
「いやぁ、ダマルさんはかき氷が食いたくなってな! お前の作る氷なら綺麗だしよ。アポロニアに果物のソースでも作ってもらえば、久しぶりに食えるかと思ってな!」
「かき氷!? やるやる! マオリーネてつだって!」
「え? え? 何かよくわからないのだけれど、その、何を手伝えばいいの?」
「とりあえず皿もってけ。それだけありゃ、おチビがなんとかしてくれらぁ!」
混乱するマオリィネの手を引いてポラリスは走り出す。
そうして扉が閉められたところで、僕はようやく2人を解放できた。
「ぷふぁ。もー、おにーさん急に何ですかぁ?」
「……い、いきなり押さえられたから驚いた」
「2人とも一応大人なんだろう? 子どもの可能性を壊すようなこと言うんじゃないよ。ダマル、改めて犬猫を描いてやってくれ」
「おうよ」
そうしてダマルが描き上げた犬猫は、大体の特徴をとらえているものだった。
これにはアポロニアとファティマも成程と納得し、その一方で現代に犬猫そのものは存在しないことも判明する。
「犬は
「そッスねぇ。ペンドリナなんて兜狼を飼いならしてたッスから」
「ということは、ボクたちの御先祖様なんでしょーか?」
「さぁな。まぁ、お前らが犬猫って呼ばれる理由の原初は、ほぼ間違いなく俺たちの時代にあるんだろうよ。とりあえずはスッキリしたぜ」
話題を持ちかけたダマルとしては納得がいったらしい。キメラリアという種族については謎が多いため、この辺りが妥協点だったのだろう。僕としても現代において犬猫というのがキメラリアの種族を指す言葉になっていることが分かったのは、ある意味収穫でもある。
ただし、その犠牲は大きかったかもしれないが。
「ダマル兄ちゃん! かき氷できたよー!」
部屋に飛び込んできたポラリスが、つやつやと表情を輝かせながら息をつく。
「おう、どんなもんだ? 上手くできたか?」
「バッチリ! おそと見て!」
「……お外?」
駆け巡った嫌な予感は間違いではないだろう。
恐る恐る視線を向けた窓の外。そこには何か白いテントのようなものがあった。
「お、おぉ……? なぁおチビよ。お前まさか、あれ全部か?」
「がんばったよ! これなら、ダマル兄ちゃんもおなかいっぱいになるでしょ? ぜんぶあげるね!」
「か、カカ、全部……全部、か」
骸骨の白い頭蓋骨に、血など通っているはずもない。
しかし僕の目に映ったその顔は、明らかに青ざめているように見えていた。
その日、ダマルが風呂から出て来られなくなったのは、言うまでもない。
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