婚約者探しを本気でする悪役令嬢の話(仮題)(なろうにもあり)

晞栂

第1話 父は泣いた。いろんな意味で

「そんなっ、あんまりですわ」


そう言うと少女は手で顔を隠して座り込んでしまった。泣いているのだろうか。わずかに震える肩を隠すように金糸のような髪が揺れていた。


「そうですよ!姉さまになんてことを言うんですか!」


崩れ落ちた少女を支えるように肩に手を置きながら少年は訴える。今も姉を気遣うように純白のハンカチを渡しながら姉さまに涙なんて似合いませんよ。ほら、いつもみたいに笑ってくれないと僕が不安になってしまうよ。なんてつぶやきが聞こえる。


後ろの窓から差し込む光がまるで麗しい姉弟の宗教画のような雰囲気を作り出していた。

ここにもし、高名な画家がいれば後世に残すべき偉大な絵が完成しただろうし、敬虔な神父がいれば天の使いと言って崇めたに違いないだろう。


「演技をやめなさい。泣きたいのはパパの方だよ」


黙って見つめていた父はため息を付きながら机に気だるそうに肘をついた。


「酷いわパパ。これは演技じゃないのよ」

泣き崩れていたはずの少女はいつの間にか裾を正しながら立ち上がっていた。目元には残念ながら涙の跡は見られなかった。

「イーリャの言う通りですよ。私は本当に心配していたんです。で、先程の発言はどういうことですか?」

これまた先程の健気さはなりを潜めて少し棒読みで言いながらも優雅な所作でハンカチをしまった。


それらのやはり演技がかった二人を流し目で見ると、父はもう一度大きく息を吐いた。心労からくるため息だろうが、何故か色気を感じる。気の所為にしたいところだ。


「もう一度言うよ。次の社交シーズンで婚約者を見つけないと今の生活をやめさせるからね」


同じことを聞いたはずなのだが、今度は二人して言葉もなく崩れ落ちた。


「い、今の生活をやめさせると言いますと」


認めたくない、違っていてほしいそんな願いをこめて言葉も出ない少女の分も込めて恐る恐る口にしたがあっさり両断。


「自由にやってる全部かな。やめさせるというよりできなくなるってほうが正しいけど」


「そ、そんな!自由にしていいって言ったじゃないですか」


「パパだって本意じゃないんだ。お前たちは優秀だし、責任感もある。結婚も領民からいい人なんていくらでも探せるからね」

父は席を立つと、項垂れる子どもたちの前にしゃがんで二人の頭を優しく撫でながら、そもそも領地から出したくないと続けた。


「では、いきなりどうして」


父も不本意であるらしいし、なにか理由があるに違いない。

先程まで呻くだけだった少年は現状を打破するために未だに撫で続ける父の顔を見た。


「お前たちを出したことはないけど優秀さは隠せないからね。噂だけ独り歩きしちゃって隣国諸国の王族から求婚がきているんだ。もちろん認めるつもりはないが、貴族なら問題ないけど、王族だと正当な理由がないと一貴族には断ることも難しいんだ。だけど、国内でも貴族の婚約者がいればあとは言い訳がいくらでも立つ」


説明を聞いて自分たちが危機的状況に置かれていることを知った。

これは最近無い真面目な話だ。このままでは本当に自由がなくなる。

今後を悟った彼らは詳しく話すために書斎にあるソファに座り直した。


「そもそもなぜ猶予があるのですか?王族は年齢はあまり関係ないとお聞きしましたけど」


「あー、国外からの求婚が来てるとはいっても一番やっかいなところは国内がまだ落ち着いてないし、国同士の情勢も安定してないからそれを言い訳に止めてるんだよ。まあ、その言い訳も長くは持たないから急いでるんだけどね」


「それならば致し方ないですね。で、す、が!遅くないですか?」


父の説明を黙って聞いていた二人には納得の行かないことがあった。

そんな理由ならば仕方がない。仕方がないがなぜ今なのかと。

ゆえに口調が強めになってしまうのも少年の持つティーカップの中身が異様に揺れても、少女の持つティーカップからピシリと嫌な音がなってもの致し方のないこと。


「パパ?今はいつかしら?」


イーリャと呼ばれた少女は優雅にほほえみながら尋ねた。

無言を貫く父とイーリャの目線は残念ながら合うことはない。


「あら、ではアレクはご存知?」


「もちろん。じゃあパパ、社交シーズンはいつからだっけ?」

アレクと呼ばれた少年も合わせるようにほほえみながら父を見つめた。

目を泳がし続ける父は勢いよく頭を下げた。


「すまない!最初はなんとかなると思ったんだ。そしたらまだごたついてるくせに帝国からも求婚が来るし、噂を聞きつけたあのば、国王から招待状がつい二日前に来るわで、当事者のお前たちにもっと早く言うべきだった」


「それでもっ」

「イーリャ」

まだ受け入れきれない彼女の声を遮るようにアレクは名前を呼ぶ。すると、イーリャはハッとしたように停まってから小さくうなずいた、それを確認すると彼は父のほうに改めて向き直した。


「私達は受け入れますし、ちゃんと婚約者を見つけるんですからちゃーんとフォローしてくださいね」


「ああ、もちろんだよ」


「僕達がいない間の領地のこともよパパ」


「あ、ああ」


うなずくばかりの父を尻目に二人は部屋を出る直前にいたずらをすることにした。


「ママの説得もよ」

「私達手伝わないからね」


扉の閉まる音が無慈悲に現実を突きつけてくる。


「わ、忘れてた」


部屋には灰になった父だけが残された。

社交シーズンの始まりを告げるパーティーの三日前のことでした。





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