ぬいぐるみドクター

久河央理

第1話

『痛いよぉ』


 訴える声が聞こえる。


「うわぁぁん、ウサぁ!」


 その主の泣く声が聞こえる。

 その親の困り顔がそこにはあった。


「すみません」


「いえ、お気になさらず。では明日、お迎えに来てくださいね」


 不安に泣く子と頭を下げる親。それと、腕の取れたぬいぐるみ。

 よくあるこの光景を見るたび、彼は親たちを称えたいと感じる。


 だが、称賛は「ドクター」のすべき役割ではない。




 作業場で、ただ向き合うだけだ。


『痛いよ〜』


 無表情のまま、ウサギのぬいぐるみは騒ぐ。


「……君は、痛みを感じるタイプ?」


『いや、ほんとは感じてないけど、痛い心地がして――って、ぼくの声が聞こえてる!?』


 対し、ドクターは抑揚なしに「聞こえてる」と返した。


『えぇ〜そんな人間いるんだぁ』


「……ったく、なんでみんな綿が抜けても喋り続けるんだか」


 萎れた内側の交換なんて、とても子どもには見せられない。ぺろぺろの状態で喋り続ける様子など、もっと見せたくないし、見たくもない。

 それらの気持ちを抑えて、彼は作業を続ける。


「ん? なんだこれ?」


 ぽろり、と綿の間から星形のビーズが出てきた。


『やめて! それは、あの子がくれた大切な「お薬」なんだ!』


「なら、君にはもう必要ないだろ」


 ウサは『ちょっと』と手を伸ばしかける。だが、次に彼が手に取ったものを見て、全てを委ねる決意をした。




 迎えにきた女の子は、足早に受付へと走った。


 再会したウサを大切そうに抱きしめる前で膝を屈め、ドクターは小袋を差し出す。


「これって、わたしがウサにあげたお薬……」


「違う。これは、ウサくんからのお礼、だよ」


 首を傾げた女の子に向けて、彼は耳を赤く染めながら真っ直ぐに続けた。


「お薬がとても嬉しかったから、真似したんだって」


 女の子の顔が一層明るくなる。


「ウサ、だーいすき! 先生、ありがと!」


「……お大事に」


 ふいと背けたその顔は、ほんのり赤く、ゆったり微笑んでいた。

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ぬいぐるみドクター 久河央理 @kugarenma

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