第30話 復讐
細い管で繋がれた姉の傍らで、武志は思考を巡らせていた、穏やかな寝顔で横になる絵梨香は事故から既に三日間、目を覚まさないでいる。
トラック運転手の証言が事実ならば、三日前の午前三時に埼玉県の倉庫から東京に荷物を搬送中に事故は起きた。法定速度の七十キロで片道三車線の国道を走行中に、信号も無い場所から急に女の子がフラッと飛び出して来たという、咄嗟にハンドルを切ったが避けきれずに轢いてしまい、すぐに救急車を手配して病院に搬送されたが、頭を強く打っており意識不明の重体になった。
医者の話では現状命に別状はないが、意識が回復するかは五分五分との事だ、さらにこれは家族、一番最初に病院に駆けつけた武志だけに知らされた事だが、どうやら違法な薬物反応と複数人との性交渉の跡があると聞いて武志の血液は逆流した。
先生にお願いしてその事実をこれから来る両親には黙っているように頼んだ、どのみち事件性がある場合は警察に連絡をしなければならないとの事だったが。
不可解な点はいくつもあった、絵梨香が轢かれた埼玉県鳩ヶ谷市の国道は大きな幹線道路だが、なぜ彼女がそんな場所にいたのか説明が出来ない。この辺りには電車も走っていない、道路沿いに飲食店が数件あるが深夜まで営業している店は無かった。
更に薬物反応、複数人との性交渉の跡、どれも絵梨香とは全く結びつかずに、だれか赤の他人の話を聞かされているようだった。
そうなると、何か事件に巻き込まれたと考えるのが自然だったが。
薬物反応に性交渉の跡――。
家族としてはとても耐え難い事実が脳裏をかすめる、しかし、偶然なのか。女性であれば誰にだって危険は伴う、赤羽はお世話にも治安が良い場所とは言えなかった。
「姉ちゃんごめん」
絵梨香のスマートフォンを寝顔にかざした、幸い事故にあった際に故障する事なく鞄に入っていた。ロックが解除される音がした、設定によっては目を開けていないと解除出来ないが、横着者の彼女がわざわざ設定変更しているとは思えなかった。
もし解放できなくてもパスコードの想像は容易い、おそらく佐藤の生年月日辺りだろう。スマートフォンの設定から位置情報サービスを選択した、三日前に何処に、どれくらいの時間滞在したかを確認する事が出来る。こちらも設定を変えられていると確認する事が出来ないが心配には及ばなかった。
『東京都 北区』
『東京都 文京区』
『東京都 北区』
『埼玉県 鳩ヶ谷市』
埼玉県鳩ヶ谷市を選択するとさらに詳しい位置情報が出てくる、その場所を自分のスマートフォンの地図アプリで調べた。後ろで病室の扉が開く音がした、慌てて絵梨香のスマートフォンをポケットにしまってから振り向いた。
「あ、えーっと……」
何処かで見たような、思い出せない、しかし年齢的に見ても姉の友人だろうと当たりを付けた。
「星野です、絵梨香さんのお見舞いに……」
名前を聞いて思い出した、最近友人になった可愛い女の子の話を姉から聞いていた、赤羽にある寿司屋『星野』の娘と聞いて印象に残っていたのだ。
「ああ、ありがとうございます、弟の武志です」
星野と名乗る女性は、お見舞いにしては豪勢な花束を両手に抱えていた、病室に入ってくると花束をテーブルに置いてベットで眠る絵梨香の傍らに佇んだ。
「絵梨香さん……」
小さな声で呟いた彼女の目は真っ赤に充血していた、武志は彼女を一人に、いや二人にしてあげようと思い病室を後にした。
病室を出るとタクシーを捕まえた、先程、地図アプリで表示された住所を運転手に告げる。三十分もかからずに目的地に到着した。
『ホテル ラビリンス』
夜になれば鮮やかなネオンに変わるのであろう看板は、明るい日差しの下で見ると悲しいほど陳腐に見えた、ワンガレージタイプのホテルで駐車場が部屋に直結している、一階が駐車スペースで二階が部屋になっているようだ、 二階建ての建物でもホテルと呼称するのかと武志は疑問に思った、しかしこの作りでは犯罪が横行するのも無理はない。
広い敷地内のホテルをぐるりと一周した、部屋数は八部屋で各ガレージに防犯カメラが設置されている、せめてこの防犯対策が起動していないフェイクカメラではない事を願った。
武志は車が停まっていないガレージに、と言っても現状二台しか停まっていないが、なるべく近づくとスマートフォンを取り出してWi-Fiスポットの確認をする、どうやら近くにフリーのWi-Fiは飛んでおらず『|Labyrinth Wi-Fi』だけが表示された、試しに繋いでみたが当然パスワードを入力する画面が出てくる。
武志はガレージの奥に続く扉を開いた、二階に上がると入口の扉の横に小さな液晶タッチパネルが埋め込まれている、宿泊か休憩を選択するボタンがあるので休憩を選択する、機械音と共に扉が解錠される音が鳴り響いた、部屋の中に入室する、扉が閉まると再び機械音が鳴って施錠される。
なるほど、精算機で支払いを済ませなければ部屋からは永久に出ることが出来ない仕組みだ、武志は感心して部屋の奥に進んだ。思ったよりも広い室内にはキングサイズはあるであろうベットが一つ、ソファにローテーブル、洗面所は開けていてそのままバスルームに続いている。もっと仰々しい室内を想像していたが思ったよりもシンプルで小ざっぱりとしていた。
「おっと、感心してる場合じゃなかった」
誰もいないのを良いことに武志は声にだして呟いた、ソファに座り、カバンから薄型のノートパソコンを開いて起動させる。立ち上がったパソコンをホテルのWi-Fiに繋げた、パスワードは部屋の大型テレビに映る専用チャンネルに表示されていた。
続けて、武志が作ったプログラムにWi-Fi情報を読み込ませる、すると現在このホテルのWi-Fiに繋がっている端末が表示される。
『takesi pc』
『kondou iPhone』
武志のパソコンに、恐らく近藤という客のスマホ、あとはセキュリティカメラが八台分表示された。
武志は安堵する、最近の防犯カメラは殆どがWi-Fi制御で端末とパスワードがあれば、何処からでも映像確認が出来るようになっている、しかし一部では映像データを蓄積していくアナログタイプも存在した。それだと映像を盗み見るには、現物を盗み出すしか方法がない。
しかし、武志は溜息を付いた。フリーのWi-Fiなど今では至る所で飛んでいる。皆、何の疑いもなくスマートフォンやパソコンを繋げるが、武志からすれば、あんなものは個人情報を抜き取る為のゴキブホイホイに等しい、武志程の知識が無くてもWi-Fiに繋がっている端末の情報を抜く方法などいくらでもあった。
メーカーを確認してパソコンにカメラアプリを取り込んだ、パスワード入力画面出がてくるので、自作したパスワードの解析ソフトに解析情報を入力する、細長い棒が現れて0%から徐々に数字が伸びていく、パスワードが複雑なほど解析に時間がかかるが、すぐに100%になり数字が表示された。
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