第7話 両想い。
莉奈は目が覚めると頭がガンガンした、ベットから上半身を起こして辺りを見渡すが自分が何処にいるのか皆目検討がつかない、ふと横に目をやると上半身裸の佐藤が寝息を立てて眠っていた。
「きゃっ」
控えめに叫ぶと少しづつ記憶が呼び戻されてくる、佐藤と個室居酒屋に入って勇気を出して隣に座ったものの迷惑がられてしまい、恥ずかしかった所までは鮮明に覚えていた。
莉菜は恐る恐る自分の格好を確かめた、チェックのプリーツスカートに肩が半分でるニット、ブラもしてるしパンツも履いている。
「はぁ……」
どうやら何も手を出されていないようだ、そんなに自分は魅力が無いのか、察するにココはラブホテルだろう、初めて入ったが雰囲気で分かる。
ラブホテルまで来て何もされない――。
布団から出てやたらと大きな鏡の前で笑顔で決めポーズを取ってみるが、むくんだ顔はまったく可愛くなかった。
「ブスだなあ」
化粧の崩れた寝起きの顔をまじまじと見て呟いた、こんな顔を佐藤に見せたくないが黙って帰るのも感じが悪いなあ、と考えながら辺りを見渡していると小さなテーブルにノートとボールペンが置いてあるのに気がついた、ボロボロのノートを開いてみる。
『佐々木部長だいすきー、早く奥さんと別れてよー』
『めぐみ愛してる、ずっと一緒だよ』
なるほど、どうやらこのラブホテルに訪れたカップルが自由に思いを綴るノートのようだ。やたらと不倫が多いのが気になったが、莉菜はノートのなるべく目立たない場所に相合傘を書いた。
『寿木也くん×莉菜』
中学生の様なイタズラをして満足するとまっさらなページにメッセージを残した。
簡単に身支度を整えると、寝息を立てている佐藤がはいだ布団を掛け直した。誰かいる訳でもないのに莉菜は辺りをキャロキョロと確認すると頬にキスをしようと顔を近づける。
「んー!」
そのタイミングで佐藤が寝返りを打ったので頬にしようとした莉菜の唇が佐藤のそれと重なった、しばらくそのまま固まっているとゆっくりと唇を離した。
「まいっか……」
彼との最初のキスが自分が思い描いていたシチュエーションと多少違うことに不満を抱きながらも、ニヤつきながら莉菜はラブホテルを後にした。
※
スマートフォンの着信音で目を覚ますと液晶画面を顔の近くまで持ってきて誰からか確認する。
『進藤絵梨香』
嫌な予感がしたが、出なければ出ないで後々文句を言われるのは分かっている、しばらく放置した後に画面をスワイプした。
「もしもし」
「あんた赤羽に戻って来てるなら連絡くらいしなさいよ」
「すみません、ちょっとバタバタしていたもので」
「嘘つきなさいよ、昨日、幸四郎達と飲んでたでしょう」
チッ、佐藤は心の中で舌打ちした、恐らく絵梨香の弟である武志の仕業だろう。武志は赤羽のキャバクラでキャッチをしているので幸四郎達と出くわしたに違いない。
「昨日まで斡旋だったんだって」
「知ってるわよ、見てたんだから」
「え、来てたの」
「そんなに暇じゃないわよ、ネットでね」
競艇の試合の様子はライブからリプレイまでインターネットで閲覧する事が出来る、そんな物を見る若い女は珍しいだろうが。
「で、今何してるのよ」
佐藤は上半身を起こして辺りを見渡したが、隣に寝かせたはずの莉菜の姿はなかった。
「ラブホ」
「へー、ついに童貞捨てたの」
「俺の童貞はそんなに安くないんだよ」
「プッ、失敗したわけね」
「何とでも言っとけ」
スマートフォンを耳に当てながら備え付けのミニ冷蔵庫を開けると、ミネラルウォーターを取り出して一気に殆ど飲み干した。からからの喉が一気に潤いを取り戻す。
「とりあえず今から買い物付き合ってよ」
「なにゆえ俺が」
「あら、あんた私のこと好きなんじゃないの?」
「勘弁してくれよ、小五の話だろ」
佐藤が小学校五年生の時に北海道の根室から、突然引っ越して来た絵梨香はそれまでの女子の勢力図を大きく変えた。才色兼備、容姿端麗、思った事は口にする、誰にも媚びない性格は憧れと敵を同じ数だけ作った。
すぐに佐藤は恋に落ちた、コソコソと告白するなんて格好悪いと当時考えていたマセた小学生は、昼休みに教室の壇上に上がると大声で気持ちを伝えた、周りからは冷やかしの声と歓声が上がる、絵梨香は流石に照れくさそうに教室を出ていった。
その時の返事は未だに聞いていない――。
「じゃあ一時間後に駅前ね」
言いたいことだけ言い終えると一方的に電話は切れた、渋々シャワーを浴びて出かける準備をした所でテーブルの上に置いてあるノートに気がついた、ページが開かれている。
『寿木也くんへ、先に帰ってごめんなさい、ひどい顔してるから恥ずかしくて。昨日のことはあまり覚えてないんだけど迷惑かけてないかな? 忙しいと思うんだけど今日も逢いたいな、今度は私にご馳走させてください。 莉菜』
佐藤は部屋の中を走り回って喜びを表現した、てっきりラブホテルに連れ込んだ事に腹を立てて帰ってしまったと思っていたのだ。
個室居酒屋で酔いつぶれた莉菜をおぶって外に出た、何をしても起きないので仕方なく近くのラブホテルに連れ込んだ。
本当はおっぱいぐらい揉んでおきたかったが、いつ起きるか分からない恐怖で結局何も出来なかった、倒れるように横に寝てからは一切の記憶がない。
パラパラとノートをめくって他のページを見てみる、やたらと不倫が多いホテルだなと感じた所で手が止まる。
『寿木也くん×莉菜』
「えっ」
相合傘に入った自分の名前を見て心臓の鼓動がどんどん速くなった、同姓同名の偶然だろうか、先程のメッセージと比べてみるが同じ筆跡に見える。
莉菜ちゃんも俺の事が好きなんじゃ――。
佐藤は布団にダイブすると一心不乱にクロールした、泳がずにはいられない、あんな可愛い子が俺の彼女に。
『ピロン』
テーブルの上のスマートフォンが鳴った、ラインを開いてチェックする。
『遅刻しないように』
絵梨香からのメッセージだ、時刻を確認すると約束の時間まで十分しかない。佐藤は急いでダウンジャケットを掴むとラブホテルを後にした。
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