第6話 疑心暗鬼
三時間ほど五人で飲んだ後に三人はキャバクラに消えていった、思いもよらずに莉菜と二人っきりになれた佐藤だが、この後どうしていいのかが分からなかった。
「今日は仕事休みだったんだね」
「うん、休んだの、寿木也くんに逢えるかもしれないと思って」
顔が赤いのは酒を飲んでいるからだろうか、下を向いたまま目を合わせない彼女は先日一緒に鉄板焼を食べた女とは別人のようにしおらしかった、馬鹿丸出しの喋り方も治っている。
「うそ、嬉しいなあ、じゃあもう一軒行こうか」
遠慮がちに佐藤は提案した、前回はここで断られたので緊張感が高まるが今日は行けそうな気がした。
「うん、いこっ」
やっとコチラを向いた莉菜は笑顔だった、あまりの可愛さに卒倒しそうだったがボートで鍛えた体幹をフルに使って何とか耐えた、しかし待てよ、何処に行けば良いのだろう、馴染みの店はたった今出てきてしまった、他に気が利いた店を佐藤は知らない。
事前に分かっていればネットで雰囲気のいい店を検索しまくって予約している所だが今日はイレギュラーだ、童貞どころか彼女も出来たことがない佐藤には突然の幸運を生かす知恵がなかった。
「どこに、行こっか?」
馬鹿な質問をしてしまったと思ったが手遅れだ、優柔不断な男は嫌われるとネット調査でも出ていたではないか。
「どこでも良いよ」
なんてこった、馬鹿な質問をしたにも関わらず状況がまったく変わらない答えが返ってきてしまった、佐藤は頭をフル回転させて考えを巡らせた。居酒屋、バー、ダーツ、ビリヤード、カラオケ、赤羽には一通りあるがどれが正解なのだ。
ラブホテル……。
いやいや無い無い、それは無い、いや待てよ、その先入観が良くないのかも知れない、一節によると男性よりも女性のほうが性欲が強いとも聞く。子孫繁栄の為に当然の摂理だとネット情報で見かけた気がした。
ラブホテルなのか、そうなのか、佐藤の頭はすでにラブホテル一択になっていて、どうやって誘うかに考えはシフトしていた。
これ以上決断を遅らせる事は出来ない、優柔不断だと思われてしまう、言うぞ、佐藤は決死の覚悟で提案した。
「莉菜ちゃん、ラブホ――」
「そこの美男美女のお二人さん、居酒屋どうですか、個室だからイチャイチャ出来ますよー」
突然話しかけてきたキャッチのお兄さんに佐藤の提案はかき消された、舌打ちしたくなったが店員さんに横柄な態度をとる男は嫌われると、テレビでやっていたのでぐっとこらえた。
「個室いいですねー、寿木也くんは嫌?」
「え、いい、いいよ個室、すごく良い」
「ありがとうございまーす、では二名様ご案内しまーす」
危なかった、正解は個室居酒屋だったか、ありがとうお兄さん。
駅前の真新しいビルの八階に移動すると小綺麗な個室が並んでいた、四人がけの座敷に掘り炬燵のテーブルが置かれていて、佐藤は手前の席に体を滑り込ませた、確か奥は上座だから女性をそちらにしたほうが良いだろうと考えていると、莉菜は佐藤の隣にちょこんと座った、ふわりと甘い香りに頭がクラクラする。
なんだとー、想定外の出来事に佐藤は頭がパニックになっていた、これはあれか、
今思えば、そもそも都合良く展開が向きすぎではないだろうか、彼女のキャラクターも先日とはあまりにも違いすぎる。
財産狙いか――。
確かに二十二歳の若さで既に二億円以上の貯金がある、あまり散布するタイプでもないのでこれからも右肩上がりで増えていくだろう、そんな事にも気が付かないでノコノコと個室居酒屋まで来てしまった自分が情けない。
昔からそうだった、ちょっと目が合っただけで自分の事が好きなんじゃないかと勘違いした挙句に告白しては振られた、女はいつだって男を勘違いさせる、期待させて突き落とされるのはもう沢山だ。
「莉菜ちゃん俺帰――」
「お飲み物はどうしましょーか」
先程の定員がドリンクのオーダーを取りに来た、このタイミングで帰るのは流石に難しいか。
「あっ、じゃあレモンサワーを」
「あたしも同じのください」
でたでた、相手と同じ行動を取ることによって好意を抱かせるミラーリング効果を狙っているな、そんな子供だましは通用しないぜ、佐藤は心の中で嘯いた。
「なんか横に座るとお店みたいだね」
上目遣いで佐藤に話しかけてくる、あまりの可愛さに理性がすっ飛びそうになったが、左手で自分の太ももを思い切りつねって我に返った。
「そうだね、でも横だと少し喋りづらいかなあ」
今の状況だと咄嗟に逃げ出すことも出来ない、まずは脱出ルートの確保が先だ。
「あっ、ごめんなさい、そうだよね」
莉菜は顔を真っ赤に染めると、席を立って佐藤の前に座り直した。
「どーもお待たせしました、レモンサワーが二つですねー」
ジョッキを二人の前に置くと莉菜が席を変わった事に気がついた店員が付け加えた。
「ありゃ、彼女さん席移動しちゃったんですか、隣でイチャイチャしても大丈夫ですよ、このボタンを押さない限り個室には誰も入って来ませんから」
それじゃごゆっくり、と言って店員は個室の扉を締めた、目の前に座る莉菜は耳まで真っ赤になっていた。
ハッ、もしや彼女は自分とイチャイチャしたかったのではないか、だから隣に座ったのに自分が迷惑そうに遠ざけてしまった。
そうなのか、分からない、童貞には難しすぎるシチュエーションだ。
「か、か、彼女だってね、あたし達そう見えてるのかな」
莉菜は乾杯もしないでレモンサワーを一気に半分ほど飲み干した、佐藤も負けじと半分まで飲み干す。こうなったら酒の力を借りなければどうする事も出来ない。
「そ、そうだね、こんな可愛い子が彼女だったら鼻が高いなあ」
「ぜんぜん可愛くないし、あたしなんてブスだし」
もうレモンサワーを飲み干している、ボタンを押して店員を呼び出すと同じものを二つ頼んだ、そして会話は無くなっていった。
二人は信じられないピッチでレモンサワーのジョッキを開けていったが会話は続かなかった、お互いに十杯程飲んだ所で佐藤はトイレに立った、フラつく足取りで何とか戻って来た時には、莉菜はテーブルに突っ伏して眠っていた。
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