めぐりあい

のぼり

第1話あの日

 あの日の事をさきはよく覚えていない。ただ怖かっただけだった。どれだけの時間がたったかも分からない。ただ知らない場所で目が覚めた。ただそれだけだった。毛布にくるまれベッドに寝かされている私を心配そうに覗き込む見知らぬ大人の顔…。その後清水宏、真理子夫婦に引き取られて大事に育てられる。

あれから19年、地元の大学を卒業して県庁に勤務して2年目である。上司にも同僚にも恵まれ職場でも順調に日々を過ごしている。

ある日いつものように最上階にあるランチルームで同期で最も仲の良い高橋真澄と弁当を食べているところへ男性が近づいてきた。

「君が清水くん?」丁度食べおえた食器を片付けて立ち上がる「はい清水です。恐れ入りますがどちら様でしょうか?」「おっと失礼。お邪魔する気はなかったんだけど、ついね。」言葉の割には気にしている様子の見えない男は「僕は村井です。4月からこっちで勤務するんだ。これからちょくちょく顔を会わせると思うからよろしくね」「4月‥人事異動ですか?」「そうだよ。一緒の課なら嬉しいなぁー」「あのぅもう異動の内示が?」「僕は今離島地域だからね、2月に出てるんだ。お邪魔したね。失礼」一人で話すだけ話して出ていったしまった。「何あれ?」同じ課で2年先輩の渡辺が尋ねる「さぁ、私も存じ上げない方ですから。」「渡辺さんは知らないんですか?」さきが逆に尋ねる「俺より先輩だったら分かんないよ。本庁にいてもいまだに知らない人ばっかだし」「そうですよね。何しに来たんでしょう?」真澄は不思議そうに首を傾げる「それより志水さん気を付けなよ。先方は完全に君狙いだったぞ」「そうよ、さき。気を付けないと。」「気を付けるって同じ職員なんだし、何をどう気を付ければ良いの?」「清水さんは人気あるからね。」と渡辺。「私が?何かの間違いですよ。目立つ事何もしてないですし」「まぁさきのは通常運転だからね」と真澄が笑う「私、おかしい?」「ううん。どこもおかしなところ無いよ。良いところばかりだよ。」「私の何がいけないの?」「強いて言うなら悪いところがないのが目立つんだよ」「えっ」真澄の言葉に絶句するさきだった

「どうしたの?清水さん。お昼あとから考え込んでるみたいだけど。」「すみません。ちょっと考え事をしてしまって。気を付けます」「いや、良いんだけどさ、何だか珍しいと言うか新鮮って言うか」杉山班長が隣の席から心配そうに覗き込んでいる「もしかしてお昼時間の事気にしてる?」「いえ大丈夫です」「なんだ。どうした?相談なら乗るぞ?」「大したことじゃないです。」「渡辺何があった?」杉山班長が渡辺に話を振る「班長大丈夫です。私が気にしすぎなんです。そっとしておいてください」「困り事は早目に相談してくれよ?」「そんな大層なことじゃないですからすみませんでした、渡辺さんもごめんなさい巻き込んじゃって」「私は何の迷惑も受けてないよ。」渡辺は手を振って答えた。「班長、村井さんって知ってるんすか?」「村井?どこの所属だって?」「さぁ、離島地域担当だって言ってたんですよ」「離島地域かぁ‥すぐは判らんなぁ」「そうですか、4月からはこちらの勤務になると仰っていましたよ。」「3年前に異動したやつなんだろうなぁ」「まぁ良いじゃないですか、何かされたわけじゃないですし。」「気になるよー清水さん気を付けなよ。」「職員同士で何かあると思えませんけれど?」「まあねぇ。さぁ仕事しましょう。今考えても仕方ないですし」「何かあった時は相談してくれよ❗」「班長にまで心配をお掛けして申し訳有りませんでした。」「良いよ。きにしないで。さあ仕事仕事」年度末に向かい議会や業務に大忙しだ。先輩に絡まれた位なんでもない。

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