【短編】猫の加護

大河原雅一

【短編】猫の加護

おっさんは猫の加護を持たない「ギフト無し」だ。

50年近く生きてきたが、一度も猫に触れたことがない。

「猫が嫌いなのか?」と問われれば、嫌いじゃない。むしろ好きだ!

SNSで流れてくる猫画像を見て癒されたりもする。

なのに現実では一度も猫に触れたことがない。

動物に嫌われてるわけじゃない。

散歩中の犬なんかは普通に擦り寄ってくるから、メロメロになるまでわしゃしゃしてやるのだ!

「ここがええんか?これがないと生きていけない体にしてやろう!」

気がつけば飼い主さんが苦笑している程度には動物と触れ合うことができる。


猫に触れる機会は何度もあった。


例えば猫が住宅地の道端にいた時、近くにしゃがみ込んで「おいで〜」と語りかける。もちろん満面の笑みでだ!

すると何故か猫は「ふしゃー!!」と毛を逆立てて威嚇した後、逃げ去ってしまうのだ。

住宅地の道端にしゃがみ込んでニヤニヤしているおっさんはここに誕生した!

(事案発生一歩手前である)


また別の機会として猫カフェを訪問したこともある。

「アレルギーは多分ないと思います。じつは猫を触ったことがないもので・・・」

「そうでしたか、大丈夫ですよ。脅かさないように優しい気持ちで接してください」


席に案内される時、近くにいた猫達がささっと散って行く。

「こんな感じなんですよ」

「あはは・・・じきに慣れると思いますよ。焦らずに、どうぞごゆっくり。」


まずはカフェの空気と一体化しようと鞄から一冊の本を出す。

タイトルは「動物の気持ちシリーズ 猫(仮)」だ。

ここを訪れる前に近くの本屋で購入したものである。

初心者向けとあって写真やイラストが多め、文字少なめで読みやすい構成となっている。

本を読むフリをしながらチラチラと店内を見渡してみる。

猫達は寝ていたり、他の客になでられていたり、自由でまったりとした空間が広がっていた・・・おっさんの席の周り以外は。


「そろそろかな」

15分ほどまったりした後、鞄からもうひとつのモノを取り出す。

そしてペリペリと包装のセロハンを取り除く。

ふっふっふ、これが【ねこじゃらし】だ!

(本屋のペット書籍コーナーで販売されていた)


まずは店内中にアピールするように大きく掲げてからゆっくりと振り下ろす。

気分は釣り人だ。

ちょっと左右に振りながら上下にも動かす。


「来た!」

ぱっと見で猫が2匹、こっちを見ている!

そ〜れ、ふりふり・・・


「あぁ、癒される!」

猫じゃらしに飛びついている猫達を見て、これ以外の感想は出てこない。

(知能が下がっている)


はやる気持ちを抑えながらそっと手を出す。

するとどうだろう。猫達の動きがピタッと止まったではないか!

そして「は?なんでお前ここにいるの?」と冷めた目でみてから、さっと立ち去ってしまったのである。


とほほ。

今回もダメだった・・・


「ご利用ありがとうございました!」

見送ってくれた店員さんの目にはちゃんと【哀愁漂う中年サラリーマン】と映っただろうか。

本屋で別の本を買って帰ろうかな・・・


【猫の加護】への道は遠い。


__


この世には猫の加護を持たない者達がいる。


本屋の名前は【ねこ書房】

人間社会に精通している猫又が「人ならざる者」を導く場所である。

そして人の世に馴染むための第一歩として、猫の加護を与えている場所でもある。

猫の加護を得て、猫のネットワークに登録することで様々なトラブルを回避でき、更に身元保障にもなるのだが、いくつかの条件を満たさなければならない。

その一つが「猫と触れ合えること」。

すんなり猫の加護を得る者もいれば、中々得られない者もいるのだ。


常世と浮世の中間で営業中の看板を出しているのが【ねこ書房】である。


「らっしゃい」

無愛想な店主にも関わらず、本屋の客足が途絶えることはない。

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【短編】猫の加護 大河原雅一 @mactoo

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