32 継母と対決


 次の日、皆で顔を合わせてどうしたもんかと話し合った。あんまりこんな所に居たくないのだ。何故か分からないけれど落ち着かないというか。

 そんな時に呼び出しがかかった。


「アルトゥル殿下。皇妃様がお呼びでございます」

 皇妃の女官がぞろぞろと来て、先頭の年配の女官が命令するように告げる。

「分かった」

「外に馬車を待機させております」

 すぐにアルトを連れ出そうというのか。

「ちょっと待って、私も行くわ」

「おひとりで、とのことでございます」

 私は唇を噛む。きっと罠を仕掛ける気だわ。皇帝と目通りする前に。


「ちょっと──、ん?」

 引き留めようとしてふと【救急箱】の中を覗いた。

「どうしたの? メリー」

「《わたくしの履歴書》なに、これ?」

【救急箱】に冊子が入っていたのだ。取り出すと紐で括られた薄い冊子が幾つも出てきたのでその場に並べると、オクターヴとノアが紐を外して私達に手早く渡してくれた。皆でパラパラとめくって中に目を通した。


『わたくしの名はゾフィー。エルディングの下町で娼婦をしているタマラがわたくしの母親だ。父親は分からないという』

「ええ? これ誰のこと?」

『わたくしは五歳まで娼館で育った。ある日、モルトケ男爵という男が現れて、母親タマラとわたくしを引き取った』

『モルトケ男爵は母タマラの客のひとりだ。タマラは金の髪に青い瞳で顔立ちがよく、わたくしも母に似ている。男爵はわたくしの顔立ちに目を付けて──』

「何だこれ、誰かの自伝というか経歴というか──」

「ゾフィーって誰?」

「確か皇妃殿下の名前がそうだけど」

 アルトに聞くと答える。皇妃とか──。


「ちょっと待って下さい、男爵の娘? しかも庶子ですか?」

 パラパラとページを捲っていたアデリナが確認する。

「ダールマン伯爵と結婚。夫毒殺?」

 オクターヴが女官を見て目を細める。

「サロンなどを展開、美貌と話術でゲープハルト侯爵に取り入り、時の皇太子を虜にして」

 スヴェンは眉を顰め冊子を声に出して読む。

「わー、色々してきたんだー、魔族よりすごいー」

 ノアが面白そうに茶化す。

「側妃と王子を殺しているの?」

 アルトに確かめる私に「よくある話だろう」と肩を竦めた。

 そりゃ私もアルトも殺されそうになったけれど。その所為で周りにいる人が巻き添えを喰らって死んで──。

 ちょっと待って、という事は、これまでにどれくらい巻き添えになったというのか。


 アルトを迎えに来た女官の顔色が悪くなる。

「わ、わたくしはこれで、さあアルトゥル殿下──」

「ちょっと待って」

 あくまでアルトを連れて行こうなんて、そりゃあ連れて行かないと怖いことになるんだろうけど、その忠義心を別の方向に使って欲しい。

「これを帝国中にばら撒いてもいいのよ」

「そんなことが──」

「出来ないと思うの? 取り敢えずこれはあげるわ。ほら何部もあるんだから」

 そこに居る女官達に冊子『わたくしの履歴書』を一抱え掴んで渡す。

「アルト、行かなくていいわ。そうよね」

「わ、わたくしの一存では──」

 あくまでも連れて行こうとする女官と私の攻防を尻目に、ノアが呑気に言う。

「ねえメリー。おいら、これをこの離宮にいる人に配るー」

「よし、任せろ」

 ノアとオクターヴは冊子を抱えて走り去った。

「ああ」

 女官達はその後を追いかけるようにして部屋を出て行く。


 ふと見るとアルトが呆れた顔で私を見ていた。

「メリー、強いんだ」

 口を尖らせてむくれると、息を吐くように笑った。

「ありがとう。あの人には色々思っている事があるけれど、先に皇帝陛下にお会い出来たらと思っていたんだ」

 アルトは部屋に居た警備兵に、フッカー将軍を呼んで来るよう頼んだ。

「この冊子を王宮と軍にも配ったらどうだろう」

「俺、この国のギルドに配って来る」

 スヴェンが冊子を一抱え持ち上げる。

「わたくしも教会に持って行きますわ」

 アデリナも冊子を持つ。

「大丈夫か?」

 アルトが心配すると「俺達がついて行ってやる」帰って来たノアとオクターヴが一緒に行くという。

「気を付けて、何かあったら知らせて」

「うん、ミモに知らせるよ」

「分かった」

 この離宮で気配を消していたミモが「ぴよ」と私の肩に飛び乗った。



 しばらくして離宮に来たフッカー将軍は皇妃殿下を伴っていた。後ろにぞろぞろと従える騎士は誰の手の者だろう。

「わたくしごときに怯えて離宮で布団を被って震えておいでと伺いましたので、わざわざ出向いて差し上げましたの」

 にっこりと微笑んで優し気に言う皇妃殿下は、金の髪に青い瞳で女神のような方に見えた。

「ねえ、アルトゥル殿下。ここで死んで頂戴」

 単刀直入に告げる。

「何故そんなことを言うの」

 皇妃殿下はチラリと私を見て続ける。

「お前みたいな子がいると帝国が乱れるのよ。あなたも同じよ、分かるでしょう」

「分かりませんわ。馬鹿とハサミは使いようって言うでしょ」

「またメリーが面白いことを言う」

 アルトは緊張していた顔を少し緩める。

「誰でも欠点と長所があるのよ、上に立つものはちゃんと見極めろって事だったかな?」

「なるほど」

 皇妃は私たちの話を無視して続ける。

「これは私の役目、この帝国の為に成す事ですの。国の為にならない者は排除しなければいけないのよ」

 あくまで女神のように微笑みながら決めつける皇妃殿下。

「この世界にはたくさんの国があります。この国にも諸侯がいてそれぞれ領地を治めている。行くべきところ、あるべきところはあなたが決めるんじゃない」

「何を一介のただの流浪の平民が──」

 皇妃の蔑みの視線にアルトの方が憤った。

「メリーにそんなことを言うのは許せない」

「私の望みはアルトと一緒に居ること。失うことは出来ない。死ぬなんて、殺すなんて許さない」

「許さなければどうだというの。何もない癖に」

「何もないと思うの?」

 ニヤリと笑ってはったりをきかせたけれど自信はない。


 だが、そこに近衛騎士団が来て団長が皇妃に告げたのだ。

「皇帝陛下より、取り調べの沙汰あり。皇妃宮にて謹慎されるように」

 手に持った書状は逮捕状みたいなものだろうか。案外早く皇帝まで届くんだなと思った。一応こちらの勝ちと思っていいんだろうか。

「わたくしはこの国の為に生きてきたのよ!」

 騎士に拘束されて引き摺られながら、皇妃がまだ喚いている。

「本当よ、あんな子を生かしておいてはいけないわ!」


 アルトを引き寄せて背中をポンポンすると、私の肩に頭を乗せた。うーん、どんどん背が伸びているような気がする。

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