31 帝国都市で衣装替え

 トンネルを掘っている途中でノアとオクターヴが戻って来て、

「何だコレは!」

「わあ、面白い!」と、騒いでいる。


 アルトに方角を聞きながら小さいトンネルを幾つか掘った。

 フッカー将軍と私たちが乗っていた馬車が兵士と他の馬車と共に追いかけて来る。

 一番長いトンネルを掘り終えた所で、アルトは馬車の横でフッカー将軍と話始める。

「待ち伏せの場所は何処なんだ?」

「通り過ぎたようですな」

「急造だから他の者が通ると危険だな。埋めておくか?」

 アルトの言葉に、馬車の中から顔を出したノアとオクターヴ、スヴェンがちょっと口の端を歪める。アデリナは知らぬげにスヴェンの後ろに隠れた。

「そうですな。その方がいいでしょう」

 将軍が厳めしい顔で頷いて『カバー』アルトは土魔法でサッサと埋めた。


 私達の後を待ち伏せしていた連中が、トンネルの中を追いかけて来ていたなんて、私は知らなかった。だから彼らが生き埋めになったかもしれないなんて、知らないったら知らない。


 フッカー将軍が物見を出して、その後は待ち伏せの者もいないようで、曲がりくねった隘路を進んで、無事に谷の下を通過して私たちは一息ついた。

「割と早かったわね」

 将軍やら兵士やらが微妙な顔になっていた。


 アルトが魔力切れだと言って私を抱き寄せる。

「何をしているんだ!」

「ゴーレムを出し過ぎたんだ」

 アルトが気だるげにオクターヴに答えている。


 ええと、本当に魔力切れなのかしら。

 くったりと私にくっ付いて、唇が近付いて、アルトが私の魔力を持って行ったのは最初の内だけで、その後も、しばらく唇がくっ付いていたのだけれど。そのまま暫らく私の膝枕でゴロゴロしているんだけど。



 谷を越えてしばらく行くと帝国の国境の街トラウンだった。


 トウランには兵士が沢山いて出迎えてくれた。ちょっとびっくりしたけど歓迎された。ここからは荷馬車ではなくちゃんとした馬車になった。帝国の紋章入りの立派な馬車である。


 のんびりゆったりした旅を続けて、やがて大きな街に着いた。立派な宿で帝国の衣裳に着替えた。侍女が何人か宛がわれて、着替えを手伝ってくれる。久しぶりのドレスだ。髪が短いので切った髪を出したら髢にして綺麗に結いあげてくれた。


 軽くノックの音がしてドアが開かれアルトが入って来る。

 軍服姿だ。少し大人っぽく見える。ちょっと眩しい。


「やあ綺麗だ、メリザンド。私はアルトゥル・アルヴァ・フォン・ヴァルデマールだ」

 そう言って手にキスをする。

 ああ、やっぱり。ベルゲン帝国皇帝の家門の名はヴァルデマール。

 アルトは皇子様だった。

「光栄ですわ殿下。メリザンド・リュシール・マイエンヌでございます」

 アルトが名乗ったので私も名乗った。


 お互いにちゃんと名乗り合ったのは初めてだった。

 私はもう侯爵令嬢ではないけれど、この場では仕方がないだろうか。

 それとも身分詐称で罰せられるか。


 アルトがちゃんと名乗れるという事は、もう皇帝陛下と連絡がついているという事だろう。もしかしてフッカー将軍が迎えに来た時点で帝国に帰る予定だったのか?

 とんだ回り道をさせてしまったものだ。


 アルトのエスコートで応接室に行く。これがちゃんとエスコートしてくれるのだ。アルトがチラと私を見て、もう一度見る。変な顔をしていただろうか。

 聖女姿のアデリナ。騎士姿のオクターヴとスヴェン。魔導士姿のノア。皆かっちりと支度を整えて待っていた。


 アルトが席について人払いをする。

「ちょっと窮屈な格好だわ」

「今までさんざん自由な格好をしていたからな」

「メリー様は貴婦人でいらっしゃるのね」

 アデリナが言う。

「いや、もう貴族じゃないし」

 さっきはつい見栄を張って昔の名前を言ってしまったが。


「メリーは貴族になる。取り返してあげる」

「ほう、大きく出たものだ」

 オクターヴが揶揄する。

「待って、私の為に誰にも余計な心配をして欲しくないわ」

 無理をして、嫌な事や余計な事をしたり受けたりして欲しくないのだ。

「私は平民でいいの」

 望む道を選んで欲しい。


「メリーの為じゃない、僕の為だ」

 アルトは私の手を取ってきっぱりと言う。

「これからも何一つ変わらない」

 その顔を見るとエメラルドの瞳が見返した。

「側にいる」

「うん。うん、アルト」

 そう言ってくれるのは嬉しい。嬉しいのだけど、世間は厳しいものだわ。

 でもそうね、私で出来る事は頑張りたいと思う。

 一緒に居る為に。


 帝国の皇子に落ち人に聖女に魔族に暗部に──。

 ずいぶんなメンバーだ。

「スヴェンにはこのままで側にいて欲しい。わたくしは」

 アデリナは手を組んで言う。

「そうね、でもこの中で一番手練れなのはスヴェンだわ」

「俺はただの護衛です」

 この人はいつも無口でアデリナの一歩後ろに控えて守っている。

「騎士になったら? 神殿騎士とか聖騎士とか」

 神殿に属する高位の騎士を神殿騎士とか聖騎士とかいうんじゃなかったっけ。騎士伯とか帝国であったような。そうなると全方位でアデリナを守れるのじゃないかしら。

「また、軽く言ってくれる」

 オクターヴに睨まれたけど。


「僕はノアに教えて欲しい事がある」

「なに?」

「ちょっと向こうの部屋で──」

「おい」

 オクターヴが咎めている。私の為でもなさそうだ。



 3日後にベルゲン帝国の帝都エルディングに到着した。

 馬車はそのまま帝都の中にある離宮に入って行った。

 離宮の警備はそのままフッカー将軍とその兵士たちが当たるという。

 途中で合流した侍女たちもそのまま任務に就いている。


「此処に住まうのか?」

 オクターヴが聞く。

「いや、面会してからになる。すべては会ってからだ」

 誰に面会するのかとか誰も聞かない。

 私に名乗ったアルトも他の人間には名乗っていない。


 そうか、まだ何も決まってはいないのだ。いつ会えるかも決まっていないそうだ。排除されることもありうるのか。

 それでも誰も何も言わない。私は行く所も無い訳だけど。


 離宮の一室を宛がわれた。

 もちろんみんな個室で、ここでバラバラにされるのかと不安になった。



 寝るのは嫌い。一人じゃ眠れない。ヒツジが欲しいの。

 全然眠れなくて寝返りを繰り返す。

 色々考えていたら落ち込んでゆく。際限なく。


 そんな時、誰かが飛んで来た。

「ノア?」

「ノアの方が良かった?」

 ベッドの天蓋のレースの向こうから現れたのはアルトだった。

「アルト!」

 いつの間に転移を覚えたのか。

「ノアに教えてもらった」

「そうなの?」

 そんなに簡単に覚えられるものなのだろうか。

 手を伸ばすと掴んでくれた。私はヒツジが欲しいの。


 そうじゃない。私は一人で、独りぼっちで、強がっても──。

「側にいる」

「うん」

「一緒に居るよ」

「うん」

「だから泣かないで」

「……うん」

 強がっているけれど、私は弱虫だ、こんなにも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る