四章 帝国へ

29 帝国へ


 残った軍人は立派な髭を生やした恰幅のよい人だった。

 黒髪を後ろに撫で付け、鋭い目をした、ちょっと怖そうな40絡みのオジサマだ。


「この人は、フッカー将軍だ。僕を迎えに来てくれる予定だった」

 アルトの爆弾発言。

 将軍に迎えに来させるって……?

「村まで?」

 頷くアルト。

「でも、村は襲われて──」

「うん。本妻に気付かれて、兵を差し向けられた。あの村の人達は僕を育ててくれたんだ」


 アルトの顔が悲しみに歪む。兵を差し向けるって、かなり身分が上だな。

「我々が気付いて追い払いましたが、村は焼かれて人は居なくて、ここで待つしかなかったのですが」

 それであの兵士達はすぐに居なくなったんだろうか。検問はこの人たちだったのかもしれない。分からないけれど。


「フッカー将軍、メリーは僕の命の恩人なんだ」

 フッカー将軍が帝国式の儀礼をする。

「あなたには非常に感謝しております」

「僕の大事な人だ」

「承知いたしました」

 ええと、何を言っているの?


 偉いさんみたいな方に紹介されてしまったけど、

 私達の約束はおままごとみたいなもので、

 いや、本気だけれど、本気だけれどそれは本人同士の口約束で、

 いや別にアルトが嫌とか嫌いとかじゃなくて、

 周りが絡むとどういう事になるのかという、

 それが大きな組織であればあるほど恐ろしいという……。


 アルトを見る。ん? またちょっと背が伸びてないか?

 目線が上になる。



  ◇◇


 馬車が宿の裏に迎えに来て、私達は馬車に乗り込んだ。幌付きの荷馬車で手前の荷物の奥に広いスペースが用意されていた。


「今は事を構えたくないので、しばらく辛抱してください」

「分かりました。よろしくお願いします」

 私たちは荷馬車の中に隠れた。

 荷馬車なのだがあまり揺れず、乗り心地は悪くなかった。


 将軍は引き継ぎの軍人と入れ替わって、ケプテンを後にする。

 ケプテンの要塞を出ると兵士が沢山待っていて合流した。荷馬車の窓から覗き見てびっくり。ちょっと怖くなった。この人たちに取り押さえられたら逃げられない。私は兵士に対して不信感で一杯なのだ。しかしケプテンの警備兵は親切だった。


 窓の外から馬車の中に目を向けると、オクターヴがアルトに告げ口をしている最中だった。

「こいつは目先のことしか考えんでやりたい放題だ。お前よくこんな女と一緒に居るな」

「こんな女って何よ、失礼な」

「別にメリーは可愛いし」

「お前のベッドに夜這いして来るからか」

 何か散々な言われようだけど、可愛さ余って憎さ百倍ってヤツか?


「それもあるけど、一緒にシャワー浴びた時すっごく可愛かったんだ」

 何をばらしてくれるのアルト!

「メリザンド! きさま子供相手に何という事を!」

「ちゃんと水着を着てたわよ」

【救急箱】に仕舞った水着を取り出す。

「それは何だ」

「水浴用にこういうの着るのだけど、私の世界では普通だわ」

 私の体に当てて見せる。

「何だコレは、この布切れは──」

 わなわなとオクターヴが震える。

「こっちはそうじゃない! 少しははしたないと思わんか!」

「やだ、オクターヴってばお父さんみたい」

「何だそれは」

「心配してくれてありがとう」

 げんなりした顔で「俺は親父か──」と呟いた。


「これで水浴をいたしますの?」

 アデリナが興味津々に聞く。

「もっとすごいのがあるのよ」

「おいらも混ぜて」

「にゃー」

 女子会になった。卵と白い猫も仲間入りだ。

 もふもふーー! あ、アデリナに取られた。

 パタパタと鳥が私の影から飛び立った。私の肩に止まる。

「ぴよ」

 ミモもお疲れさま。無事で良かったわ。


「ノアって、男の子? 女の子? どっち?」

 ずっと疑問に思っていた事を聞く。

「魔族は本来性別が無いんだ。だけど半魔は性別があったりなかったり、おいらどっちだろう」

 ローブの中を覗き込む。その仕草は可愛いけれど、本人も分からないのかね?

 そういえば聖女ジュヌヴィエーヴは、最後はどっちか分かんなかったな。胸があったかしら? 覚えてないな、エロシーンもはっきりとではなかったし。

 よし、今度水浴をしてノアに水着を着せよう。


 どういう訳か【救急箱】の中から《水着》がぞろぞろ出て来た。

「これは悩殺っていう必殺技かしら」

「そうなの? これ可愛い」

 ワンピース型の花柄水着を見つけてノアが体に当てる。似合いそうだ。

「これも水着なのでしょうか?」

 ビキニの紐パン水着を手につまんでアデリナが首を傾げる。

 男性陣がチラチラと横目に見ていたが、その頬が一様に赤くなっている。

 苦情が聞こえてこないな、やっぱり悩殺なのか。



 途中で将軍が入って来たので、慌てて水着を仕舞った。

「よろしいですか? 失礼しますよ」

 将軍は地図を広げて説明する。


「ケプテンを出て帝国に入る道は山道と川沿いの道があります。我々は山道を行きます。途中商業都市があるが素通りして、野営しながら行く事になります」

 どうも帝国に行くのに山越えをしなければいけないらしい。

「商業都市迄5日。その後、山越えの街道を進んで20日で帝国領、それから10日で帝都に着きます」

 ずいぶん長旅だ。途中村やら町やらがあるから補給は出来るらしいが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る