28 ノアの隠れ家にて


「メリー、今は人の事より自分のことを心配しよう」

 アルトに言われて我に返った。

 私、国を揺るがす大騒ぎの原因を作ったんだった。

 反逆者だわ。


 宗主は仲間を語らって、引き入れて仲間を増やしていた。味方を増やして悪事を正当化する。近隣諸国を味方に引き入れ、腐った組織が増大する。

 あの部屋の偉いさんで、こっちに付いてくれそうな人なんているのだろうか。

 みんなが捕まえようと押し寄せて来たら、どうしたらいいのか?


「メリーは婚約破棄されたんだよね」

 そっちなのか。

「うん……」


 アルトに言われて口を尖らせる。私が悪いのか。女としての魅力が無いのか。

 拗ねちゃいそうだし、落ち込みそうだし、あの男が悪いのだとか、男はみんなそうなのかとか、様々な感情がせめぎ合う。

 乙女心は複雑なのだ。


「味方がこいつだけって、親は?」

 チラッとオクターヴを見据えて聞くアルト。

「私の親は父が養子で、母が死んで、再婚して養母と義妹がいるわ」

「他には?」

「祖父がいたけど死んじゃったし」

 ちょっと俯いてしまう。手が胸にあるペンダントを探す。


「祖父は領地に力を注いでいたの。父は官僚でね」

「マイエンヌ侯爵領か」

「ええ、隣に男爵領があって、その向こうは帝国ね」

「なるほど」

 帝国には近い。

 だから、ケプテンみたいに自由都市になる道がある訳だけど。



 コルディエ王国の東に広がる広大な領地。

 北に白き山が聳え、蒼き水を湛える湖を抱く豊かなるマイエンヌ。

 遠いわ。侯爵領が果てしなく遠い。

 でも、焦ってはいけない。



 私を見てアデリナが謝る。

「メリー、ごめんなさい。全部あなたに押し付けてしまって」

「いいのよ、やったもん勝ちよ」

「わたくしは馬鹿ね。こんな騒ぎになるなんて」

「騒ぎを起こしたのは──」

「「「みんなで起こしたんだよ」」」

「そうそう」

 ああ、私はいつの間に、こんなに素敵な仲間に囲まれている。


「じゃあ逃げようかー」

「ノア、逃げるとこあるの?」

 相変わらず軽く言ってくれるけど、アルトがそれに横槍を入れる。

「メリー、その話だけど」

「うん、なあにアルト」

「アデリナの方が片付いたのなら帝国に行かない?」

「え、何で帝国……」


 アルトが成敗する本妻は帝国の人だったの?

 私にフェイントかけていた? マジックバッグもそうだし、用心深いわね。

 いや、あんな隠れ里みたいな村まで探し出して、皆殺しにして火を放って行った連中だ。私が浅慮なのか。用心しても、し過ぎじゃないな。


「僕も片付けたい」

「分かったわ。一緒に行こう」

 これは結構な覚悟が必要だと、手を握りしめる。

「ありがとう。僕はメリーに出会えて本当に良かったと思っている」

 アルトがその手に手を重ねる。

「私もよ。ずっと一緒に居ようね」

「うん」

 私みたいなのがアルトの側にいて大丈夫なのかなって思うのよ。思うのだけど。


「そう言えば、ねえ、アルト。落ち人って何?」

「え、と、落ち人の伝説というのがあるんだ」


 稀にこの世界に、違う世界から落ちて来る者を落ち人と呼ぶ。

 落ち人は重複しない。

 落ち人は一人と番になる。

 落ち人は見知らぬ力を有して、周りの人々の運命を変える。


 異世界転移転生した人の無双するお話みたいなものだろうか。

 私は【救急箱】しか持ってないけど。危険なものが出る事が多くて、あんまり使えないし、私自身は全然、全く強くないし。


「その落ち人に、私は当てはまらないと思うけど」

 私、何か特別な人間っていう感じじゃないもの。

 特に何が出来るっていう訳でもないし、

 頭がいいってわけでもないし、

 まるっきり普通の人間だもの。


「どっちでもいいけど、そう言っとけばメリーは保護されるだろ」

「まあそうね。どっちでもいいという所が気に入ったわ」


 そういや宗主様が言っていたな。

『落ち人はただ一人。ソレを殺せば次が来るであろうよ』

「つまり、私一人って事は、私が死んだらすぐ次がポンと来るの?」

「そんなに次がポンポン来たら、伝説にならんだろうが!」

 オクターヴが呆れたように言って、この話を締め切った。


「取り敢えず、一休みしてケプテンに戻ろうか」

「分かったー」



  ◇◇


 翌日の朝まだき、

 ノアは卵を大事に抱えて飛んだ。

 私たちはケプテンの宿に戻った。


 そっと部屋に転移して、街の様子を探ったけれど、いつものような日常の声が聞こえるだけ。部屋の外を窺ったけれど兵士が見張っている様子もない。


「取り敢えず何か食べといた方がいいわね」

 私は七輪を出してお餅を焼くことにした。

「何だ、これは?」

 不審そうな顔をしてオクターヴが聞く。

「お餅だそうです。ゆっくり噛んで食べますの」

「腹持ちが良くて消化もいいのです」

 アデリナとスヴェンが説明してくれる。

「アルト、換気は大丈夫?」

「大丈夫だ」


「ふん、こんな物をこんな風に食べていると、仲間意識も芽生えるな」

 車座になって焼けたお餅をお皿に乗せてまわす。

 ついでに何かないかと探して、ソーセージと串焼き肉とフレッシュジュースを見つけたので出した。

「嫌味かしら」

「いや、普通に美味い」

 ツンデレだろうか、ヤンデレじゃないのか。まあいいか。

 お湯を沸かしてミソスープにして飲むと、ほうっと吐息が漏れる。

 一息ついて、まったりした朝になった。



 その後、見計らったようにふたりの客人が訪れた。

「わしはフッカーと申します」

「俺はこのケプテンのギルドを統括しているジャック・マルケだ」


 会議室に来ていた軍人とギルマスだった。

 一緒に来たギルドのマスターが、あの画像を魔石に保存したという。

 じゃあ上映会はこの方にお任せしよう。この街であんまり恨みを買いたくないし、こちらは手を引くわ。


 実はケプテンの街自体は素晴らしいと思っている。自衛団やら警備の人々も親切で、街は賑やかで。

 ただあの商会がね。もっと他の商会も入れていいんじゃないか。よそ者だし、余計な事は言わないけど。

 伯爵は気分が悪くなって領都に帰ったという。大丈夫なんだろうか。

 ギルドのマスターはすぐに帰って、軍人が残った。

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