奴隷と、ぬいぐるみ。 ~加害者少女は犬になる~
柳なつき
プライド
古ぼけた犬のぬいぐるみを手にすると、濁流のように、記憶があふれ出る。
身体ごと。過去に引っ張られて、戻っていってしまう。
俺は、いわゆる男子中学生監禁事件の、いわゆる被害者で。
あいつら六人は、いわゆる男子中学生監禁事件の、いわゆる加害者で。
間違ってはない――だけど。
被害者。加害者。その言葉で、俺の地獄をすべて表せる、わけもない。
――あのとき。
俺はたぶん十三歳で、奴隷だった。
たぶん、というのは。さらわれたのが十二歳で。俺の誕生日が五月。ぬいぐるみをもらったのは秋だったから、たぶん十三歳だったのだろう、と。
そう考えるしかないのだ。
その日も俺は、あいつらの玩具にされていた。
何か面白いことをやれ、と急に命令されて。ぐちゃぐちゃの思考のなかで、服を着せてもらえない俺が思い切り踊ったら滑稽で許してもらえるだろうか、と試してみたのだが。
笑顔が足りない、と。
主犯格の、
「お仕置きだ」
満面の笑顔で言われて。
カーペットに、這いつくばって。
赤い革張りのソファに座るあいつらに、土下座して。
「ごめんなさい、お仕置きお願いします、お仕置きをしてください」
そんな。バカみたいな台詞を。言って。……言わざるを得なくて。
いつものように。始まった。……痛みの地獄が。
「ちゃんと打たれた数、数えろよー。なあ時雨。今日は何回にする?」
「んー、1000回とか?」
「えっぐ、ってか俺、塾の時間なるわそんなん」
「冗談に決まってんだろ、100回だよ100回」
「ゆーて結構かかるじゃん、塾、間に合うかな?」
……笑いながら、時雨と誠のやつは話してるけれど。
俺の呼吸は荒くなっていた。
……死ぬ。そんなに、鞭で打たれたら。
100回だって気が遠くなるのに。
こいつら、ただでさえ容赦がないのに。
春に時雨の部屋に監禁されてから、ずっと。酷くなる一方だ。……底がない。
中学生のくせに、どこで手に入れたんだ、鞭も本格的なのを用意しやがって。
「あの、
「うける、ビビりすぎじゃない? 裸で土下座した上、こんな震えてさあ、恭にはプライドってもんがないのかね?」
……おまえらは、鞭で打たれたことが、ないから、そんなこと、言えるんだ。
言いたいのに――言えない。そんなこと、言う権利なんて俺には微塵もない。
言ったら、今度こそ殺される。殺されなくても、……殺されるより酷い目に遭うかもしれない。
プライド。あるよ。あったよ。
本当は。……本当なら、俺は。
東京の、私立中学に合格してたんだよ。日本で一番難しい中学だよ。
家族も親戚も、みんなみんな喜んでくれた。父さんと母さんと、俺にすごい懐いてる妹と離れるのはちょっと寂しかったけど、東京に住む叔父さん一家と暮らすのも、結構楽しみにしてたんだよ。
サッカーでも活躍してたんだよ。コーチからも、東京の中学行って勉強が忙しくなってもサッカー続けろよ、おまえなら全国狙えるかもな、とか言われてたんだよ。
小学校最後のバレンタインは、十五個もチョコ貰ったんだよ。ほとんど本命だったんだぞ。クラスの男子たちに騒がれてさ。でも。あいつら、いいやつだから。本気で妬んでるわけじゃなくてさ。東京行っても仲良くしようぜ、って約束していて。
それに、ちょっと、ほんのり、いいなって思ってた女子からも、……本命チョコもらってさ、ちょっといい感じに、なってたりしたんだよ。
全部全部、おまえらがぶち壊したんだよ、全部、俺の全部全部全部。
俺は本当なら今頃……東京で。叔母さんの家から、日本で一番難しい中学に通って。
いっぱい勉強して……サッカー部に入って、サッカーやって……。
東京でも、たくさん友達ができて。仲の良い先輩なんかもできて。
上京するタイミングで、スマホを買ってやるって言われてたから。小学校のやつらとも、連絡取り続けてさ。……あの女子とも、連絡先交換したりしてさ。
たぶんもう、半年くらい時間が経ってしまって。だからもう半年も、本のひとつも読めていない。
勉強が、遅れるどころの話じゃない。
『へえ。あの中学に合格してたんだ。すごいじゃん。顔だけじゃなくて頭も良かったか。奴隷にしがいのあるやつさらってきたじゃん、よくやった、
俺をさらってきた日、時雨はそんなことを言いやがった。
こんな、裸で這いつくばって、言いたくもないことを言わされて、鞭で打たれている自分。
時雨たちが言うには、……奴隷に、なった自分。
だれにも知られたくない、そう思うと、……ああ、まあ、殺された方が得策か、と思わないことも、……ないけどさ。
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