監視人形
あーく
監視人形
それは、彼から貰った初めての誕生日プレゼントだった。
袋の中を覗くと、手のひらサイズのかわいらしいウサギのぬいぐるみが座っていた。
この前のデートのときだろうか?
ショーウィンドウを眺めていたら、欲しいというオーラがあふれ出ていたようだった。
「……ありがとう!大事にするね!」
早速アパートに戻り、飾ることにした。
できればいつでも視界に入る場所におきたい。
棚の上?それともテーブルの上?
そうだ、鏡台の上にしよう。
毎朝メイクをするので、ここに置くと毎日挨拶ができる。
ベッドからも見えるので寝る時も安心だ。
「これからよろしくね!」
ウサギも「こちらこそ!」と言っているように見えた。
今日からウサギとの共同生活が始まった。
朝起きると、まずウサギに話しかけ、部屋を出る。
朝食を食べてから部屋に戻り、スーツを着る。
その後、ウサギと他愛のない会話をしながらメイクをする。
と言っても、ウサギからは返事がないので独り言である。
そして、ウサギを手に取って挨拶をする。
「いってきます」
手に持ったウサギを元の位置に戻し、出社する。
これをルーティーンにしていた。
ある深夜の事だった。
残業でへとへとな体をベッドの上に投げ出し、ふと鏡台の方を見た。
ウサギがこちらを見ていた。
「ん?」
いつもの置き方だと、寝ている状態で目が合うことはおかしいのだ。
「どういうこと?」
どうやら、いつもより少し角度がついているようだった。
理由まではわからなかった。
体をぶつけた拍子に動いたのか、それとも、置く時に角度がついたのか――
疲れ切った頭でこれ以上考えることはできず、ひとまず眠ることにした。
翌朝になったが、昨日のことが頭から離れなかった。
どうしてウサギは傾いていたのか。
確かめることにした。
「いってきます」
いつものようにウサギに話しかけると、いつものように置いた。
ウサギの視線は真っすぐに向いていた。
玄関の外は曇り空が広がっていた。
仕事から帰ると、恐る恐る部屋の扉を開けた。
ウサギは――傾いていた。
背筋が凍った。
「う……動いてる……?」
カバンからスマホを取り出し、彼に奇妙な出来事を通話で伝えた。
「……もしかしたら呪いかもしれないね」
「呪い!?」
こういう類のものにはめっぽう弱かった。
ホラー映画を観た後は一人でトイレに行けなくなるほど苦手だった。
むしろ強盗かストーカーのしわざであってくれと願いたかったが、ありえない話だった。
合鍵は彼しか持っていないのだから。
本当は捨ててしまいたいが、彼から貰った大切なプレゼントだ、捨てるわけにもいかない。
愛情と恐怖の
もっとよく見てみよう。
勇気を出してウサギの正面に立った。
ウサギの目がキラリと光った。
「ごめんなさい!」
ウサギの耳を掴み、玄関を飛び出した。
雨に打たれながらとにかく走った。
ゴミ捨て場に着き、それを放り投げた。
一安心すると、引き返した。
雨音が慰めているように聞こえた。
アパートに着くと、シャワーを浴び、眠りについた。
胸が張り裂けそうな思いだった。
目が覚め、ふと鏡台の方を見た。
ウサギがこちらを見ていた。
「!!」
激しい動機に襲われた。
「本当に……呪い……?」
昨日、雨に当たったせいか、体調も悪かった。
平日なら会社に報告しなければならないところだった。
一人では心細いので、とりあえず彼に来てもらおう。
そう思った時だった。
ピンポーン
誰だろう?こんな時間に。
ドアの覗き穴から覗いてみると、彼だった。
すぐに扉を開け、中へ招き入れた。
「どうしたの?」
「いや、大丈夫か心配で――ほら、鍋も持ってきたよ」
ビニール袋にたくさんの具材が入っていた。
「やけに用意がいいのね」
「当たり前でしょ?僕らは離れてても通じ合ってるんだから」
それなら昨日の時点で飛んできて欲しかった。
彼に昨日起こった出来事を話した。
「ぬいぐるみが捨てても戻ってくる?」
「本当なの!信じて!」
彼は考え込んでしまった。
「だから、もう引っ越そうと思うの」
「にわかに信じがたいけど……それならしょうがないね」
こうして引っ越しの準備を開始した。
これで恐怖から解放される。
ホッと胸を撫で下ろした。
そんなこんなで、いま新築の前にいる。
引っ越し業者の人が荷物を運ぶのをただ眺めていた。
本来は安心すべきなのに、なぜだろうか、何やら胸騒ぎがした。
不安が拭いきれず、部屋の隅々まで確認する。
しかし、変わったことは特にない。
きっと、引っ越しの作業で疲れているのだろう。
そう思った。
荷物が全て運び込まれ、一息ついた。
あの奇妙なぬいぐるみももういない。
これから何気ない日常が始まると思い、やっと安心した。
せっかくの新築なので彼も呼んだ。
彼はいつものようにすぐ駆けつけてくれた。
「ここが新築か。いいじゃん」
彼は部屋の隅々まで見て回っていた。
「はい、これ合鍵」
彼に合鍵を渡すと、彼は帰っていった。
ベッドに大の字になる。
仰向けに寝転がり、深呼吸。
ふと鏡台の方を見た。
ウサギがこちらを見ていた。
監視人形 あーく @arcsin1203
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