僕だけが知らない再開【KAC20232(テーマ:ぬいぐるみ)】
瑛
――K1314――
意識が戻ったとき、僕は椅子に座らされていて、目の前にはキルトのクマのぬいぐるみがいた。
「やあ、ケイイチサンイチヨン」
クマが僕に呼びかけた。
一拍して、それが
「ここは……」
呟いて、周りを見回す。四方を白い壁に囲まれた狭い部屋で、目の前に立っているクマのぬいぐるみの後ろには、ウサギ、ネコ、ゾウ、ネズミのぬいぐるみがいた。みんないろんな布の端切れを縫い合わせて丁寧に作られているぬいぐるみだった。
ここがどこなのか、なんでここにいるのか、ぬいぐるみ達がなんなのか、自分が何者なのか、そういったことが全くなにもわからなかった。
言葉は分かる、物の名前も、自分の名前も。
でも、それ以外のことがすっぽりと抜け落ちていた。
「そうか……覚えていないようだね」
僕の様子を見て、クマがさらりと言う。それはまるで、覚えられていないことなんて何度もあって、すっかり慣れっこになったような言い方だった。
僕は思わず謝った。
「すみません」
「いいんだよ。キミこそ、目が覚めたら喋るぬいぐるみがいてびっくりしなかった?」
クマはおかしなことを訊いてきた。
「いいえ、別に普通のことでしょ?」
ぬいぐるみ達のことは何も覚えていない。けれど、僕はこの初めて会ったはずのぬいぐるみ達に対して、前にもあったことがあるような不思議な親近感を抱いていた。
「うん、まあね」
歯切れ悪くクマが相槌をうつ。
いつの間にか、クマの後ろにいたぬいぐるみ達が僕の傍まで来ていた。
「ああそうだ。私達の自己紹介がまだだったね。見ての通り、それぞれが動物を模したぬいぐるみさ」
それから、クマは目が覚める前の僕のことを教えてくれた。とても明るくて、ぬいぐるみ達が大好きで、夢は空を飛ぶことだったそうだ。
ぬいぐるみ達も、次々と僕との思い出を話してくれた。
何一つ覚えていなかったけれど、彼らが僕のことを嬉しそうに話してくれるから、少しくすぐったいような、照れくさいような気持ちになった。
でも、みんなが知っているのに僕だけ覚えていないのは、少し切なかった。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
話はまだまだ尽きないみたいだったけど、クマの一声でみんなは話をやめた。何故かみんなの間を緊張感が走る。え、何、怖いな。僕はどこに連れて行かれるんだろう。少し気持ちが重くなる。
クマが困ったように笑う。
「そんな重くなるようなことじゃないよ。少し、外に行くだけだから」
他のみんなも「大丈夫」と頷いた。
この部屋の外か。大丈夫なら行ってみたいな。そう思って立ち上がろうとした瞬間、僕の視界は大きく揺れて天井を映し……暗転した。
暗い中、声も出せないでいたらみんなの声が聞こえてきた。
「試行1314回目。立ち上がりで転倒、実験中止――ねえ、転倒による実験中止が累計800回超えたんだけど」
最初に喋ったこの声はウサギかな。
「うーん、5年後に緩衝材が枯渇するからって、人工知能機器をむき出しのまま稼働させるのは無謀だよな」
「ええそうね。どれだけ強度を上げても、私達みたいに緩衝材に包んでないと稼働は無理よ」
ネズミとネコが愚痴をこぼしている。
「しかし……緩衝材が枯渇すれば新しい人工知能機器を組み上げても、我々のような自由な移動ができなくなる。どれだけ無謀だとしても、希望の糸を手繰り寄せ、この実験は成功させなければ」
クマ。何を言っているのかは、ほとんど分からないんだけど、僕達の未来のために実験を繰り返しているのかな。
「ハード側のメンテは3時間もあればなんとかなりそうです。知識データはそのままに、起動からここまでの記憶を消去し、回路を切ります」
「ああ、頼む」
ゾウの報告にクマが応えた途端、僕の意識は薄れはじめた。
薄れる意識の中でぼんやりとした思考が動く。
そうだ、「ぬいぐるみが喋る」って自分で知識データを修正したんだった。正確には、ぬいぐるみの中に人工知能搭載ロボットが入っていて、喋ったり動いたりできるんだ。
ああ、もうすぐ回路が切られる。
知識データへの書き込みをする時間はもうないけれど、書き込めるだけ書き込もう。
僕達は、人工知能搭載ロボット。
人間のいなくなった研究所で、いつかまた人間が戻ってくることを望みに人工知能搭載ロボットの研究を続けている。
とてももろいから、本体の周りを緩衝材で
―――
――
意識が戻ったとき、僕は椅子に座らされていて、目の前にはキルトのクマのぬいぐるみがいた。
「やあ、ケイイチサンイチゴ」
クマが僕に呼びかけた。
僕だけが知らない再開【KAC20232(テーマ:ぬいぐるみ)】 瑛 @ei_umise
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